22.迷探偵・愛羽の事件簿(終)
「先輩、なんだかいつにも増して不機嫌そうな顔してません? なにかあったんですか?」
「不機嫌はその通りだが、理由は明白だろう。自分の胸に訊いてみろ」
「あたしの胸……? きゃっ、先輩のえっち」
「……チッ」
「わっ、先輩の顔が余計ひどく! これはなにか相当な理由がありそうですね」
きょろきょろと注意深そうに辺りを見回し始める志賀。まるでとんちきな探偵である。
犯人もお前なんだけどな――と俺が突っ込むよりも早く。
志賀は「あっ」となにかに気づき、台所の方へ向かっていた。
「ふむふむ、なるほど」
「おい、勝手になに物色して」
「すべての謎は解けました――先輩はずばり、晩ご飯がまだですね。すなわち、空腹で不機嫌なんです!」
ビシッと、勢いよくこちらを指差してくる。
初々しい新妻感とやらはどこへやらだ。
「近所迷惑だからいちいち叫ぶな。苦情を受けるのは俺なんだからな」
「まあまあ。ここはあたしの可愛さに免じて許しましょう」
「二重の意味で、自分で言うことじゃないな……で、なんで俺がまだ晩飯を食べていないと?」
「ふっふっふっ、よくぞ訊いてくれました。実に簡単な推理ですよ、ホームズ君」
……たぶん、ワトソン君と言いたかったのだろうが。
これ以上話が逸れるのは面倒なのでもはや突っ込むまい。
「まず、シンクにまだ洗いものが出ていません。先輩はお総菜を買ってくることが多いそうですが、それでもご飯茶碗は使うはずですから」
「もう洗い終わって片づけたという可能性は?」
「先輩はそんなすぐに洗いものをこなすような人じゃないと思います」
すでに論理性を欠き始めている上にかなり失礼な憶測だった。
まあ、あながち間違っていない辺りが癪だが……。
実際のところ、茶碗一つでも億劫がることは本当によくある。
「それに、お総菜のごみも昨晩から増えていません。そして先輩の苛立った様子! 空腹は人を苛立たせるもの、これが動かぬ証拠です! どーですか、先輩っ!」
「……まあ、確かに晩飯はまだだが」
「やっぱり! さすがあたしですねっ」
えっへん、と言わんばかりに胸を張る志賀。
なにがさすがなのかは不明なので同調はできない。そもそも動かぬ証拠であれば炊飯器の中でも覗いておけばよかっただろうに。手つかずの白飯が残っているのだから。
「でもよかったです。本当は用事がなければ、あたし渾身の手料理を振る舞って一緒に食べる予定だったので」
「なんだその予定は。初耳なんだが」
「昨日言ったじゃないですかぁ。もっと先輩に気に入っていただける料理を作ってきますって」
「今朝のサンドイッチで終わったものとばかり」
「勝手に終わらせないでください! むしろ始まりだったんですから。あたしと先輩の、楽しい楽しい新婚生活のっ」
恐ろしいことを言うな。空腹に響く。
「ということで、本当はなにかしら作ってあげたかったんですけど……今晩はあたしも時間がなかったので、この通りの晩ご飯です」
珍しくはにかむような笑みで言うと、志賀は手に持っていたビニール袋をテーブルに置いた。
中に入っている茶色い紙袋はワックバーガーのものだ。寄り道ついでに買ってきたのだろう。
「先輩は、今日もなにかお総菜を?」
「その予定だったが、色々あってな……今日はカップ麺だ」
「ふーん、色々ですがか。なるほどなるほど」
「なんだ、その意味深な笑みは」
「いえいえ、なんでもないですよぉ。それより早くカップ麺作っちゃいましょ。あたしもお腹ぺこぺこですし」
スクールバッグから取り出したいつものビブエプロンを身に着け、いそいそと台所へ向かう志賀。
……訊くまでもなく、どうやらここで一緒に食べていくつもりらしい。
普段なら文句の一つでも言っただろうが、今はさすがに腹が減り過ぎていて、そんな気力もどこへやらだった。
※(終)となっていますが、この小説が終わるわけではありません。念のため(^^;




