14.二年A組での一幕
普段より疲労感15%増しの登校を終えて、朝の教室。
ホームルーム前の二年A組はすでに賑やかな様子だったが、俺はいつも通り自分の席で読書にふけりながら先生が来るのを待っていた。
「朝から随分と不景気そうな顔だね、アッキー」
聞き慣れた声が前の席から向けられる。
顔を上げると、志賀恋斗が登校してきていた。
俺と同じように椅子に座っているが、上背が俺よりも10センチ以上高いせいか、基本的に見下ろされるような目線になる。
「そんなに面白くないのかい? その小説」
「いや、そういうわけじゃないが」
「じゃあ、なんでアッキーはそんなつまらなそうな顔をしているんだい? ああ、元々そういう顔だっけか」
朝っぱらからまったくもって失礼な男だった。俺が無愛想な顔なのは否定できないが。
一応言っておくと、アッキーという呼び名は俺の苗字、秋月から連想したものらしい。今のところ使用者はこいつだけが。
「ほら、志賀君が登校してきてるわよ。声かけてみなさいよ」
「そ、そんな、恥ずかしいよ……」
「そんなこと言ってるうちは絶対仲良くなれないじゃない。せっかく同じクラスになれたんだから」
「で、でもぉ……」
どこからともなく聞こえてくる女子たちのひそひそ話。俺はいっそう不機嫌になった。
しかし眼前の色男は「?」という顔で、どうやら自分が新しいクラスでも目立ち始めていることに気づていないらしい。あるいは日常茶飯事過ぎて気にも留めていないだけかもしれないが。
どういうわけか、志賀恋斗は中学時代からやたら女にモテている。
いや、どういうわけもなにも、顔もスタイルも人当たりもよく、バスケ部でも活躍するほどのスポーツマンなのだから。モテて当然ではあるのだが……、
「それでアッキー、昨日のデブ研はどうだったんだい? 念願の榊原嬢と二人きりだったんだろう?」
俺からすると、喋り方や表情がどこか鼻につく同級生でしかない。
内向きな俺とはなにもかもが正反対なのに、どうしてこんな奴と中学時代からつるんでいるのが、俺にもよく分からない。顔も広く友人も多いはずなのに、教室では俺と話している時間が一番長いようだし。
……まあ、俺が冴姫さんに抱いている複雑な感情について、ほかの誰にも言いふらしていない点においては結構信用している。
「残念だが、冴姫さんなら今年度から予備校通いだ。部活にはほとんど顔を出さないらしい」
「おやおや、それは悲報だね。せっかくのチャンスだったのに」
「そもそもデブ研が存続するためには、二人きりじゃダメだったけどな。まあそれは免れたわけだが……」
「お、そっちは朗報かな? 新入部員が入ったわけだね」
「ああ、――おかげさまでな」
あえて皮肉るように答えてみせる。
色男の顔はいかにも白々しい笑みを湛えたままだった。
「おかげ様って、僕はなにも貢献したつもりはないけど?」
「嘘をつくな。なんだあの妹は。お前が送り込んできたんじゃないのか」
「なんのことかな。確かに先日、アッキーが何部なのかを聞かれてデブ研のことを教えはしたけど。まさか、愛羽が本当に入部する気だったとは思わなかったよ」
「やっぱりお前の仕業だったのか……」
今思うと、この兄にしてあの妹ありとでも言うのか。充分似た者兄妹なのかもしれない。
「手前味噌のようになって恐縮だけど、うちの妹も中々愛いやつだろう? 君のことも中々気に入っているみたいだし、ここは一つよろしく頼むよ、アッキー」
「なにがよろしくだ。そもそも気に入られるほど話した覚えもないし、何度訊いてもはぐらかされるばっかりだ」
「そこはなんというか、微妙な乙女心ってやつでね……きっと自分から話すんじゃなく、思い出してほしいんじゃないかな。アッキー自身に」
「思い出す? なにを」
「さあね。ただなんとなくそう思っただけで、僕も詳しいことは分からないよ。ああ見えて愛羽は意外と秘密主義だからさ……部活を辞める時だって、全然教えてくれなかったしね」
「部活?」
「ああ、そうだよ。愛羽も昔は僕と同じようにバスケ部だったんだ。でも中学の時に辞めてしまって、それで高校では君と同じ部活に入るって。それは聞いてなかったのかい?」
初耳の情報だった。
が、それが分かったところでやはり接点などは思い出せないが……。
ちょうどその頃、担任が教室に入ってきたため、この会話も中断せざるをえなかった。




