13.青春っぽい朝とか
学校へ行く支度を済ませて部屋を出ると、ドアのすぐ前に志賀が立っていた。
志賀はハンドミラーを見ながら前髪の辺りをいじっていたが、俺が現れるとすぐに視線を向けてきて、
「やっと出てきた。先輩って結構のんびり屋さんなんですね」
と、前のめりになって距離を詰めてくる。
こうも分かりやすくあざといと、可愛いよりウザさが勝るのだから不思議なものだ。
「あえて時間をかけたんだ。誰かさんが先に行ってくれてるのを期待してな」
「そうだったんですね。で、その期待は叶いましたか?」
……絶対分かってて訊いてるだろ、こいつ。
ひとまずドアの鍵を閉め、出発する。
案の定、志賀はあとをついてきた――というか、アパートの階段を下りてからは普通に隣を歩き始めている。互いの腕が触れ合いかねないほどの距離感で。
「あーあ、桜も散ってきちゃってますね」
アパート前の並木道に差しかかると、志賀がぼんやり呟いた。
まだ四月も半ばだが、アスファルトの歩道には桜の花びらがたぶんに降り注いでいる。
「先輩は四季の中だったら、どの季節が好きですか?」
「いきなりなんの話だ」
「好きな季節の話ですよ。それとも、春は嫌いですか?」
そういう意味で訊き返したんじゃない。なんでそんな質問に答えなければいけないのか、それが分からないのだ。
そもそも、なんで俺たちは一緒に登校なんてしているのだろう。
いくら部屋が隣同士だからって、並んで歩くような間柄ではない。
「志賀、正直に言うと俺は困惑している」
「はい?」
「昨日も訊こうとしたけど、はぐらかされたからな。なんで俺なんかにこんな絡んでくるのか……分からないんだよ。後輩だっていうけど、中学の時なんかほとんど接点なかっただろ」
ようやく素直な疑問をぶつけることができた。
これにはさすがの志賀も真剣になって答えて――なんて期待していたのだが。
「こうして一緒に登校しているあたしたちって、どんな風に見えるんでしょうね」
志賀の口からこぼれたのは、俺の疑問に対する返事とは到底思えないものだった。
「やっぱり男女ですから、恋人同士に見えたりしますかね」
「なんの話だ。またはぐらかす気か?」
「いえいえ。先輩があまりに無粋なことを言うので、現実に引き戻してあげようかと」
こちらの顔を覗き込みながら、にんまり微笑みかけてくる志賀。
なにが現実か。むしろ俺の方が現実的な問いかけをしているように思うのだが。
「だってもったいないじゃないですか。あたしたち、今すごーく青春してるって思うんですよ。桜の舞う朝の通学路を、うら若き男女二人で歩いてるわけです。こんな時にする会話をつまらない疑問で埋め尽くすなんてナンセンスです」
「ナンセンスとまで言うか……」
「はい。こんな春の日にはもっとふさわしいお話しをしましょう。桜の花びらが落ちるスピードでも、膵臓が食べたくなる話でも、それか食べたいものを声に出してみるでも構いません。あんパン、とか」
「そこは膵臓じゃないのか……じゃなくて、またなにをわけの分からないことを――」
呆れてぬるい突っ込みになりかけた、その時。
まったく突拍子もなく、俺の左腕に志賀が抱き着いてきた。
当然、二の腕の辺りが柔らかな二つの膨らみによって包まれる。
「ちょ、なんだいきなり」
「ふふっ、さすがの先輩も動揺しましたね」
満足げな笑みを孕んだ眼差しがこちらを見上げてくる。
なにが『さすが』なのか分からない。突然しがみつかかれば誰であろうと普通は驚く。
「先輩の腕、結構温かいですね。こうしてるとなんか癒されます」
「俺の方は温かいどころか暑苦しいんだが……」
「あはは。あたしもちょっとドキドキしてるからですかね。体温上がってきちゃったかもです」
確かに、腕から伝ってくる志賀の心音はなんとなく速いような……。
いや待て。なにを当然のように感じ取っているんだ。
こいつのペースに振り回されていたらダメだ。なんとかして早く振りほどかないと――、
「……やっぱり、思い出してはくれないですよね」
囁くような声で、志賀がなにか呟いた。
俺は「は?」と訊き返していたが、ほどなく左腕が解放され、
「なんでもありません。ただの独り言ですから」
などと笑いつつ、志賀は俺のもとから離れていく。
そして、しばらく先まで駆けていったのちに振り返り、
「さすがの先輩も恥ずかしいみたいなので、今朝はこれくらいにしておいてあげますね! また学校でー!」
なんて手を振りながら叫んでから、足早に通学路を走っていった。
「……どうしろってんだよ、こんなの」
疲れ切った声で愚痴りながら、無駄に火照らされた体で再び歩き始める。
普段通りのはずの通学路が、この時ばかりはやけに静かな道に感じられて不思議だった。




