12.初めての朝
俺の推測は半分当たり、半分は外れたと言っていい。
志賀が次に料理を持ってきたのは明日の晩ではなく、もっと早い時間だったのだから。
「……――先輩、せーんぱいっ」
翌朝のこと。
とびきり甘ったるい声に起こされた俺は、枕元に正座する志賀の姿に気づき、眠気まなこを丸くさせていた。
「あ、起きました? もう朝ですよ、先輩」
「……これは悪夢か、それとも幻か」
掛け布団を頭まで被って現実逃避――、
というのは許されず、志賀の手によってすぐに引っぺがされる。
「夢でも幻でもなく愛羽ちゃんです。あなたの可愛い後輩の」
「……なにやってんだマジで」
「起こしに来たんです。にしても先輩、朝はいつにも増して声が低いですね。髪もぼさぼさ。もしかして朝苦手だったりします?」
俺の髪をもてあそぶように触ってくる志賀。
よく見ると、昨晩と同じく制服の上にビブエプロンを身につけている格好だ。
つまりこの朝起こしに来る行為も、こいつの言う『初々しい新妻感』の一環なのかもしれない。
「ほら、もう朝ご飯も用意できてますから。一緒に食べましょ、先輩」
志賀の言う通り、居間に置いているテーブルの上には二人分の朝食が用意されていた。
手作り感のあるサラダサンドウィッチに、俺のものではないマグカップに入った熱々のコーヒー。
ついでに、俺が昨日買ってきたと思しきバナナが一本ずつ。
「バナナが朝食候補ということだったので、それに合うメニューにしてみたんです。ほんとは和食の方が新妻感あって好きですけど、こっちの方が早く準備できて有難いですね」
なにがどう有難いのか分からないが、ここまで準備されていたら無下にもしづらい。
ひとまず布団から出た俺は、洗顔などもそこそこに朝の食卓に着いた。向かいにはエプロン姿の志賀も座り、手作りサンドウィッチを口に運んでいる。
「もぐもぐ……うん、たまには洋な朝食も悪くないですね。レタスのシャキシャキ具合とトマトのフレッシュさがいい感じです」
「……普通に朝食を満喫しているところすまないが、ちょっといいか」
「はひ? なんへふは?」
「どうやって部屋に入った。鍵は閉めてたはずだぞ」
俺がそう訊ねると、志賀がずずずとコーヒーを啜ったのち、
「うーん、コーヒーもほろ苦でいい感じです。まるで先輩の恋心のように」
「気色の悪い比喩で誤魔化そうとするな。そして誰がほろ苦か」
「ダメですよ先輩。普段使ってる鍵と合鍵は別の場所に保管しとかないと。不用心です」
「そうだな、今まさに痛感しているところだ……けど、チェーンだってしっかり」
「Hey,S〇ri、ドア・チェーンロック・開け方」
ダメだこいつ。早くなんとかしないと。
「どうしたんですか先輩。そんな情熱的な目であたしのこと……もしかして、毎朝サンドウィッチを作ってくれとか考えて!」
「いや、どう警察に説明したものかと」
「犯罪者扱い! それはまあ、勝手に入ったのはちょっと悪かったと思いますけど」
「ちょっとじゃなく大いに悪いわけだが」
「先輩と一緒に、朝ご飯したかったんですよぉ。それに先輩だって、一人より二人で食べる方が楽しいはずです」
力強く断言される。
いや、俺は別にどっちでもいいというか、むしろ静かな方が好みなわけで。
「とにかく、勝手に入ってくるのはナシにしてくれ。心臓に悪い」
「え、じゃあ朝食を一緒するのはいいんですか?」
「いや、入ってくるのを禁じるわけだから、今後は一緒ってのもナシに」
「じゃあ了承できませんね。明日からも勝手に入ります」
犯罪的な方向に固い意志を示されてしまう。アパートの鍵、いくらで変えることができただろうか。
いや、普通は合鍵を奪い返すことを考えるべきなのだが。
「じゃあ朝食も済んだことですし、次は一緒に登校ですね。先輩も早く着替えてください。あたしはもう準備万端なので」
「……あのな、志賀がいるから俺は中々着替えられないでいるわけだが」
「え、あたしは別に気にしませんよ? なんなら着替えのお手伝いも――」
このあと、めちゃくちゃ叩き出した。部屋から。
……こんなに騒がしい朝はいつぶりだろう。
少なくとも、一人暮らしを始めてからは記憶にない気がする。




