10.駆け込み新妻感
「要するに、志賀は一人暮らしをしたいがために俺を利用したわけだな」
志賀がお隣さんになった手口について、そう要約してみる。
「え~。利用なんてそんな、人聞き悪いですよぉ」
案の定、不満げな声が飛んできた。
「先輩のおばあさんに頼んで、ちょっとだけ後ろ盾になってもらっただけです」
「それを利用って言うわけだが……しかしまさか、芥川さん家の孫だったとはな」
そういえば、兄貴の方の志賀とそんな話をしたこともあった気がする。
どうでもいいことだったからすっかり忘れていたけど……あいつが芥川さん家の孫なら、その妹だって孫なのは当然だ。
「そんな根回しまでしてやりたいものか? 一人暮らしなんて」
「いいじゃないですか。お兄ちゃんだって寮暮らししてますし」
「そりゃ、あっちはバスケ部の特待生だからだろ? 俺もさっきまで忘れていたが、確か次期エース候補かなんかなんだろ」
「次期じゃなくて、もう現エースだと思いますけどね。お兄ちゃんのことだから」
一瞬、志賀の表情が曇ったように見えた。
なんだろう。兄貴の活躍に思うところでもあるのだろうか。
「それより、先輩だってあたしにとやかく言える立場じゃないと思うんですけど」
「どういう意味だ」
「だって、こうして一人暮らししてるわけですし」
「俺はまあ、親の都合とかもあったしな」
父親は昔から国内外を飛び回る仕事だった。
そのため、俺は母親と共にさっきのばあさんの家(父親の実家)に厄介になっていたが、通える範囲に行きたい高校がなかったため、一人暮らしをすることに決めたわけで。
「あとはまあ、生活力を養うためとか言ってだな」
「へえ、生活力。その結果が出来合いのお総菜に硬過ぎご飯ですか」
「別に、いつも総菜ってわけじゃ……たまには料理くらいする」
「お料理ですか。たとえばどんなものを?」
「野菜炒めとか、チャーハンとか」
俺にとっては定番メニュー。
けれど志賀は「ふっ」と鼻で笑い、
「いかにも男子の自炊って感じですねぇ」
「そりゃ、男子だからな」
「ふふっ、しょうがないですねぇ。ちょっと待っててください」
そう言い残すと、志賀はそそくさと立ち上がり、玄関を出ていった。
内心、どうやって追い出そうかなんて考えていたが。
まさかこんなにあっさり――かと思えば、五分と経たずにまた玄関のドアが開き、
「ただいまでーす。台所のレンジ、借りますね」
なんて声が聞こえてきて、更に数分後。
チーンと電子レンジが鳴ったのち、うちのものではない皿を手にした志賀が居間に戻ってくる。
「はい先輩、どーぞ」
テーブルに置かれたのは、一杯のカレーライス。
レンジで温めたばかりだからか、微かな湯気とスパイシーな香りを漂わせている。
「どうぞって、なんだよこれ」
「見れば分かるじゃないですか。愛情たっぷりの手作りカレーですよ」
「愛情たっぷりかはともかく、カレーライスなのは分かるが……というか、なんでわざわざそんな格好を」
実は戻ってきた志賀は、制服の上にピンク色のビブエプロンを着けていた。
察するに作り置きのカレーを持ってきてうちでレンチンしたのだろうが、それだとエプロンを着用する必要性は感じられないが。
「気分ですよ気分。この方が初々しい新妻感出るじゃないですかぁ」
「制服の上から着ておいてなにが新妻か」
「えっ、制服脱げって言うんですか。そんな、初日から裸エプロンなんて……先輩のえっち」
文句の割に志賀はなぜか嬉しそうだった。
俺は頭が痛くなってきていた。相変わらずのウザさに呆れているのもあるが、大部分はたぶん空腹のせいだろう。
なにより、志賀の愛情云々はともかく……手作りカレーは本当においしそうだしな。




