94 態度が悪くても悪人とは限らない
「おい」
「ぐぁ!」
フランがセリドの背中を踏みつけた。痛みで目覚めたセリドは、冷徹な目で見下ろすフランに気おされたようだ。
「な、何が……」
「なんでフルトとサティアを殺す?」
「な、何を言っている?」
「海賊が全部吐いた。お前が黒幕」
「まさか、海賊如きの戯言を信じたのか?」
この期に及んで言い逃れか? いや、証拠はないんだし、権力でいくらでも揉み消せるという魂胆か? もう無理だと思うけどな。
「海賊に2人の殺害を依頼した」
「そんなことするわけないだろう!」
『あれ?』
(師匠、どうした?)
『いや、もう少し質問してくれ』
「ん」
「なんで2人を殺したい?」
「知らん!」
やっぱりだ! 今の言葉、確かにセリドは嘘をついていないぞ?
「どうやって青猫族の闇商人を動かした?」
「何のことだ? 青猫族?」
「それと宿の暗殺者は何処で雇った?」
「訳の分からんことを……! 宿の暗殺者?」
本気で知らないみたいだぞ。まあ、青猫族のことは誤魔化したから知らないのも無理ないが……。宿に侵入してきた暗殺者のことも、分からないみたいだな。
どういうことだ? 海賊だけ、こいつの仕業?
「海賊と連絡を取った部下は誰?」
「知らぬと言っているだろう! 茶番はやめろ! 最初から私を嵌めるつもりだったのだろう!」
こいつ、本気で言っているな。まさかの、全くの無関係だった? いやいや、そんな馬鹿な。
「どうせそこにいるレイドスのスパイの書いたシナリオだろうがな!」
「セリド、サルートは我らの母上が信頼する騎士だぞ! レイドス王国のスパイなわけがないだろう!」
「后妃様は騙されているのです!」
フルト王子の言葉に言い返すセリド。本当にサルートをレイドスのスパイだと思っているみたいだった。
やばい、訳が分からなくなってきたぞ。
最初から考えよう。
青猫族の闇奴隷商人に双子が誘拐された。護衛が目を離した隙に抜け出したらしい。そして、レイドス王国へ売り飛ばされるところだった? まあ、俺達が助けなければ、サルートがあの場に居合わせただろうが。
どうやら双子には脱走癖があるみたいだし、護衛をわざと偏らせておけば簡単に脱走を助長できるだろう。セリドなら、護衛を薄くすることは簡単だ。
次に、宿の暗殺者。誰かの手引きで侵入してきた。狙いは双子だったみたいで、捕縛後にサルートに引き渡した。宿の見取り図や、護衛の穴も、セリドであれば簡単に手に入る。
その後、海賊の襲撃だ。セリドの部下に依頼を受けたという海賊たちが、襲ってきた。考えてみたら、王子たちを連れているのに護衛船の姿もないのはおかしいよな。これも、セリドなら護衛船を減らしたりできるはずなんだが……。
やっぱ、セリドが怪しいよな。
「船長」
「は、はい?」
「この船は、なぜ護衛の船を連れていない?」
「それは、そういう依頼だったからですね。護衛船団を連れて目立ちたくないからだと聞いていましたが……」
まあ、ここまでの話の流れを聞いていれば、きな臭い話だったと理解できるだろう。自分たちまで疑われるのはごめん願いたいだろうし。
「誰の依頼か分かる?」
「本部へ帰らないと、詳しいことは……。ただ、依頼主はセリド殿となっていたはずです」
「ば、馬鹿な! そんな話は知らん!」
「何を言われるか! 船団の手配などは、セリド殿の仕事でしょう!」
「それはそうだが……。私は部下を通じて船の手配を頼んだだけだ!」
「来た船が1隻だけで、不審に思わなかった?」
「それは、不審に思った! だが、この時期は船が不足しており、その代わり最新式の高性能船を用意したと聞いたので、一応納得したのだ!」
嘘はついてないね。船の手配にも関わっていないってことか。
「船の手配をしたのは誰?」
「お、おい、ネイマーリオ!」
セリドが王子たちの脇にいた部下の1人を見る。どうやら、セリドはこの男を通じてルシール商会に依頼をしたらしい。だが、ネイマーリオが首を横に振る。
「私はセリド様の命令通りに依頼を出しただけです」
「なっ! ネイマーリオ! 裏切ったな!」
セリドが驚きの声を上げる。まあ、そうだろうな。だって、ネイマーリオが嘘をついているのだ。
つまり、こいつがセリドに濡れ衣を着せるために、色々と画策したってことか。
しかし、その言葉を聞いたサルートは、我が意を得たりとばかりに大きく頷く。そして、部下に命じてセリドを無理やり立ち上がらせた。
「おい、その男は王族暗殺をたくらんだ反逆者だ。拘束しろ」
いやいや、そいつにはもう少し聞きたいことがあるんだよね。第一、犯人違いだし。
「ちょっと待った」
「なんだね、フラン殿」
「もう少し話を聞きたい」
「いやいや、それには及ばぬ。フラン殿にはセリドの陰謀を暴く手伝いをしてもらったのだ、これ以上はこちらで引き受けよう」
「でも、そいつが黒幕か判明してない」
「いやいや。これだけの証言が得られたのだ。この男が黒幕なのは確実だろう」
おや?
(師匠、どうした?)
『今、サルートの言葉に嘘があったぞ』
(?)
『ちょっとネイマーリオと、ついでにサルートにも質問をぶつけてみろよ』
(ん。分かった)
これは色々とおかしな事態になってきたかもしれん。
「じゃあ、ネイマーリオに質問がある」
「なんです?」
「本当に、セリドの指示だった?」
「はい、間違いありません」
やっぱ嘘だね。こいつが黒なのは間違いない。それが独自のものなのか、後ろに黒幕が居るのか……。
「サルートにも」
「なんだね?」
「サルートは、セリドが言うようにレイドスのスパイじゃないよね?」
「はっはっは。当たり前だろう。私は既に国を捨てた身。今はフィリアースに全てを捧げている!」
サルートは自信満々に言い切った。思わずだよねーと言いたくなる、説得力のある声だ。
でも、虚言の理は騙せないんだよね。
『フラン、サルートはレイドス王国のスパイだ。残念ながら、セリドが正しかった』
(まじ?)
『おう』
考えてみたら、奴隷商人を動かすのは、レイドス王国と繋がりがあれば簡単かもしれない。
暗殺者に関して、護衛の穴を教えるのはサルートでも可能だった。しかも、捕まえたことをセリドに教えてないみたいだし。あの後、憲兵に引き渡したって言ってたが……。口を封じちゃったのかもな。
海賊への依頼は、ネイマーリオがサルートの協力者であれば、セリドを嵌めることは可能だ。
と言うか、今の状況を見ていれば2人が共謀関係と言うのは火を見るよりも明らかだしな。
サルートの誘導と、セリドのムカつく態度にすっかり騙された!
(どうする?)
『いや、マジでどうしようか』




