238 ガムドの説教
「次、ナリア」
「うええ?」
秒殺されたラシッドの次に指名されたのは、やはりデュフォーを茶化していた弓使いの女性だ。治療を受けているラシッドを横目でチラリと見ている。
「あらあら、綺麗な断面ね~」
「いて~よ~」
「ほら、暴れないの。男の子でしょ!」
「ぎゃーっ! 叩かないで……!」
「大げさなんだから!」
おばちゃんは今にも、「唾でも付けておけば治るわよ」とか言い出しそうだが、キチンとグレーター・ヒールをかけてやっている様だ。
ラシッドの腕からはドバドバと血が溢れ出し、結構凄惨な絵面なはずなんだが、おばちゃんは笑顔で治療を施していく。さすが、単なるおばちゃんに見えても、元ランクB冒険者なだけはあるな。
ナリアの視線が鑑定持ちの盾士、レッドに向く。その視線を受けたレッドが、驚愕の表情で顔をブンブンと横に振っている。フランのステータスは相変わらず弱いままだからな。信じられないんだろう。
「わたしはフラン」
「えっと……」
「こいつはナリアだ。では始め」
「ちょっ! くそ!」
ナリアは模擬戦開始と共に後ろに跳んだ。まだ混乱中だが、さすがに犠牲者2人を見て何もせずにはいられないと感じたんだろう。そのまま弓に矢を番え、フランに狙いを付けようとはしたんだが――。
すでにフランは目の前にいた。
「くそ、速い――ぎゃぁ!」
ナリアもラシッドと同様に右腕を切り飛ばされ、あっさりと敗北を喫したのだった。
次に呼ばれたミゲールという大男が、真剣な表情で歩み出た。冒険者たちが最初からマジな顔をしているのは今日初だな。
彼もレッドに視線を送るが、レッドは最早青い顔で頷くことしかできない。
「俺はミゲール」
「ん。フラン」
「では、始め!」
「はぁ!」
お、ミゲールはさすがに本気で斬り掛かってきたな。とは言え、まだ攻撃が雑だ。鑑定を覆す何かがあるとは理解したんだろうが、見た目からフランが非力であると予想したんだろう。何の工夫もなく大剣がフランの頭上に落とされる。
じゃあ、少しばかり、こいつとレッドを驚かせてやろうかね?
「ん!」
「馬鹿な!」
フランがミゲールの大剣を正面から受け止めた。俺と大剣が鍔迫り合いをする。だが、どれだけ大男のミゲールが力を籠めようとも、フランが揺らぐことはなかった。
そのままフランが力任せに大剣を押し返す。するとミゲールの巨体が宙を飛び、大きく尻餅をつくのだった。
信じられないと言った表情のミゲールとレッド。鑑定で見えるステータスでは、フランが大剣の一撃を受け止められる訳などなかったのだ。だが、実際にはあっさりと受け止められ、逆に押し返されてしまった。
だが、これだけじゃないんだぜ?
「スタン・ボルト」
「ぐあぁ!」
「馬鹿な!」
ついにレッドが驚愕の叫びを上げていた。スキルに表示されてもいない、雷鳴魔術をフランが使ったからだろう。
「はっ!」
「がふっ……」
フランの蹴りがミゲールの顔面を撃ち抜き、電撃によって麻痺させられていたその体が数メートルの距離を舞った。
ピクリとも動かないミゲールを見て、レッドは呆然と立ち尽くす。そして、乾いてひび割れた声で言葉を絞り出すのだった。
「なぜ……」
「どうしたレッド?」
そんなレッドに、ガムドが白々しく声をかけた。本当はこの展開を望んでいたはずなのに。
「ガ、ガムドさん! なんなんですかこの獣人のガキは!」
「何だと言われてもな」
「か、鑑定がおかしい! こんなに強いはずがないんだ! レベルも低いし、魔術だって使えない! 腕力だって……!」
取り乱すレッドを見て、ガムドがニヤリと笑う。
「こいつが誰だか分からんか?」
「分かりませんよ!」
「デュフォーたちを瞬殺するほど強い、雷鳴魔術を使う黒猫族の少女。それでも全く分からんか? 誰も?」
「……」
ガムドの問いかけに、全員が黙りこくってしまった。今、ガムドは結構大きなヒントを出したんだけどな。1人くらいは黒雷姫の名を出しても良いと思うんだが……。
そんな冒険者たちを見て、本気で呆れてしまったのだろう。ガムドが一際大きなため息をついた。
「はぁ、お前らが伸び悩んでいる理由がそこだ」
「……」
「多少実力が付いたくらいで天狗になって、情報集めもせず、運任せ行き当たりばったりで狩りを行う。鑑定に頼り過ぎて相手の実力を測る目も鍛えず、戦闘開始の合図を聞いても臨戦態勢も取れずに倒される」
ここぞとばかりに言うね。彼らの鼻をポッキリ折って、慢心を諫めることが目的だからな。むしろ今がこの模擬戦の最大の山場とさえ言えるかもしれない。
気まずそうな顔で黙りこくってしまった冒険者たちに、ガムドが改めてフランを紹介する。
「こいつはランクC冒険者、黒雷姫のフラン。今年のウルムット武闘大会ではランクA冒険者を倒して入賞を果たした期待の星だ」
フランを紹介された冒険者たちは、目を剥いて驚いていた。黒雷姫と言う異名は知らなくても、武闘大会で入賞と言うのがどれだけ難しいかは分かっているらしい。
「お前らが何年か前に揃って予選落ちしたあの大会だ」
「ええ?」
「嘘だ!」
「そう言えばそんな噂を聞いたような?」
「だって、黒猫族だぞ?」
「まったく、商人たちから少しでも情報を聞いてりゃ、嬢ちゃんの正体に直ぐに気づけたはずなのによ!」
ガムドの呆れ声に、冒険者たちは揃って項垂れた。自分たちの情報収集不足を痛感させられたんだろう。そのせいで痛い目も見たし。
「あと、世の中には鑑定を偽装したり、遮断するスキルもある。いつも鑑定だけに頼っていては、足をすくわれるぞ」
「はい……」
「世の中、上には上がいるって――」
この後、ガムドの説教は延々と続き、救護班のベスおばちゃんがあくびを始めた頃、ようやく終わりを迎えたのだった。
いや、俺は結構ためになったぞ。当たり前のことだが、改めて思い知らされたからな。こいつらの失敗は、いつ俺たちに振りかかってこないとも限らない。それを思い出せただけでも有意義な模擬戦になったと思う。
武闘大会では格上の怖さを知ったが、この模擬戦では冒険者としての基礎を思い出せた気がする。
「ふぅ。待たせたな嬢ちゃん」
「ん。まった」
「当面の目的は果たせたが。強者との模擬戦は貴重な経験だ。最後まで付き合ってやってくれ」
「勿論」
フランが不敵に笑う。さっきまではその笑顔を嘲笑していたはずの冒険者たちは、もう笑うようなことはしない。
むしろ猛獣の前に投げ出された裸の生餌の様に。怯えた表情で縮こまっているのだった。




