179 ルミナの異変
獣王たちとの不意の遭遇から一夜たった。
非常に弱気になっていたフランも、一晩経って何とか立ち直った様だ。まだ少し弱々しい感じもするが、昨日の様な不安げな表情は微塵もない。
俺は食事をしているフランたちに、今日の予定を聞かせる。
『今日は東のダンジョンに潜る。そして、出来るだけ早くランクを上げる』
「ん。賛成」
「オン」
2人も獣王の脅威を目の当たりにしたからな。俺の言葉に乗り気である。
護衛達だけだったら、どうにかなるかもしれない。全スキルを使い、本気を出せばいい勝負をする自信だってある。向こうが1人であればだが。
だが、獣王だけは勝てるビジョンが全く浮かばない。圧倒的なステータスに、謎のスキルの数々。そして上位者としての貫禄。そいつがいつ敵になるかも分からない状況だ。正直勘弁してもらいたい。
『修行とか練習とか、今日は脇に置いておくぞ。一気に依頼を達成する』
「ん」
目標は今日中の依頼達成である。それが無理だったとしても明日にはランクを上げるのだ。
ダンジョン内の罠や魔獣に関してはもう頭に入っているからな。全力で急げば下層まではすぐに到達できるだろう。
1時間後。
俺たちはダンジョンの入り口にやってきていた。
「よお、お嬢ちゃん。またダンジョンに潜るのかい?」
「ん」
「まあ、お嬢ちゃんほどの腕なら心配ないと思うが、ダンジョンの様子が少しおかしい。気を付けて行けよ」
「おかしい? 何かあった?」
「どうも今までには見られなかった種族の魔獣が出現するようになってな」
受付の兵士が言うには、今朝になってゴブリンやオークなどの、いわゆる邪人の出現が確認されているらしい。
「今のところダンジョンの構造や罠には変化が無いようだが、何があるか分からん。気を付けてくれ」
「分かった」
そうして俺たちはダンジョンに突入したんだが……。
兵士たちの言っていた通り、ダンジョンに入ってすぐにゴブリンに遭遇した。とは言え、今までこのダンジョンに出没していた魔獣に比べたらゴブリンは数段劣る。
むしろ難易度は下がったのではないだろうか。ダンジョンの構造や作り自体は全く変わっておらず、罠の位置も今までと同じだ。
ウルシの背に乗って駆け抜ければ、攻略はあっと言う間であった。15階層に到達するのに掛かった時間は3時間ほどだろう。
15階層までにゴブリン、オーク、コボルトなどの邪人たちを確認できている。だが、やはりこのダンジョンにはそぐわない魔獣たちなようだ。
隠密性もなく、罠を有効活用する訳でもない。むしろ罠に引っかかって自爆している個体も多かった。
一体どうしたんだろうな。ルミナが何かをしているのは確かだと思うが、こんなことをする意味が分からない。
「邪人、弱い」
『その分、攻略が楽になったけどな』
それに、今まではこのダンジョンで得られなかった、生産系のスキルを持った魔獣の魔石を多く得ることも出来た。
特に12階層以降に出没したハイオークは芸達者なようで、個体によっては鍛冶や皮革をLv4、5で所持している者もいたな。武術スキルもそれなりに高く、スキルのレベルアップが結構進んでいた。
特に上昇したのが鍛冶と皮革スキルで、共にLv3まで上がっている。それ以外にも20種近いスキルがレベルアップしていた。
ただ、問題もあるが。ここまでの印象では今まで出現していた魔獣の数が減り、その分を邪人が埋めている感じである。つまり、今後俺たちが依頼達成のために狩らなくてはいけない魔獣の出現率が低下し、探しづらくなっている可能性があるのだ。
『じゃあ、行くか。ここからは罠にも注意していかないとな』
「ん」
『ウルシも索敵頼むぞ』
「オン」
残っている依頼は、ただでさえ発見しづらい魔獣の、レア素材ばかりだ。集めるのに一苦労しそうだな。
そう思ってたんだが……。
『よし、これで依頼1つ達成だ』
15階より下には邪人が出没しなかった。どうしてなのかは分からないが、俺たちには都合がいい。この辺のことも、ルミナに聞いてみるか。
その後、俺たちはあっさりと依頼を達成できていた。やはり15層以降には邪人が出現しないようだ。むしろ出現率の低い魔獣の出現率が上がったような気さえする。
『時間はまだ夕方か……』
「ルミナに会いに行く」
『そうだな』
ダンジョンマスターが眠るかどうか分からんが、あまり遅い時間だと訪ねるのも気が引ける。だが、この時間なら大丈夫だろう。
俺たちはディザスター・ボールバグと戦ったボスルームの扉を潜った。ルミナはボスと戦闘せずとも済む様にしてくれると言っていたが、俺たちは油断せずに身構えた。何やら異変が起きているようだしな。
ただ、緊張する俺たちを尻目に、ボスルームの中央にはダンジョン入口への転移装置が出現し、同時にルミナの住処への入り口が壁に出現した。
当然俺たちが向かうのはルミナの住処だ。以前と同じ部屋に入ると、ルミナが椅子に座ってボーっとしていた。そして、フランが声をかけるとようやく顔をこちらへ向ける。
「こんにちは」
「おお、フランか……」
もしかして気づいてなかったのか? なんか様子が変だが。ちょっと日に焼けたか? ルミナはフランを見ると、僅かに顔をほころばせた。だが、すぐに厳しい顔に戻る。
「ん。来た」
「そうか」
なんか素っ気ないな。前は見るからに歓迎してくれていたのに、今日は椅子を勧めようともしない。
「ダンジョンに、邪人が出た」
「そうか」
フランが話題を振ってもやはり素っ気ない。まるでフランを歓迎していないのが見て分かる。
「あの――」
「フランよ。今日はもう帰れ」
「え?」
「我も色々と忙しくてな。お前に構っている暇がないのだ」
それは拒絶の言葉だった。ルミナは呆然としているフランの肩を掴むと、入り口に押しやる。ルミナは一体どうしたんだ? 先日とは態度が大違いだ。
何か理由があるのかとも思ったが、やはり納得できない。
「帰れ。邪魔だ……」
「……あの」
「それと、ここには二度と来るな」
フランは目を白黒させて、驚いている。やはりルミナの態度が急に変わった理由が分からず混乱しているようだ。
俺は咄嗟に虚言の理を使ったが、ルミナの言葉に嘘はなかった。
いや、待てよ。忙しいと言うのも、構っている暇がないと言うのも本当かもしれないが、邪険にする態度が本心かは分からない。虚言の理は言葉の真贋を見極める事しかできないからな。
ここは、きっちり理由を聞くべきだ。フランの為にも。ここで言われるがままにダンジョンを後にしたら、本当に嫌われていたらどうしようという恐れが生まれ、ルミナに会いに来にくくなる。せめて、本心なのかどうか聞かなくては。
だが、フランは聞けないだろう。悄然とした様子のフランが、心の底から怯えているのが分かった。獣王の強さに怯えていたのとは違う。好意を持った相手に嫌われてしまうかもしれない。もしくは嫌われてしまったかもしれないと言う怯えだ。表面には出さないが、フランの胸の内には様々な思いが渦巻いているだろう。
両親を失い、奴隷に落とされ、1人で生きてきたフランがようやく出会えた同族。それもフランに好意的で、尊敬できる相手。そんなルミナにいきなり拒絶されたフランはどれだけの衝撃を受けたことか。そんなフランがルミナに対し、本当に自分を嫌ったのかと聞くことは無理だ。
ならば、ここは俺が聞くしかないだろう。俺の正体がばれる? そんな事より、フランとルミナの仲のほうが大事だ。俺はそう決心し、ルミナに問いかけた。
『なあ、フランを本当に拒絶しているのか?』




