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171 獣王


「今、ウルムットに多くの貴族が集まって来ているのは分かるかい?」

「ん」


 実際、ギルドに来る途中にも見かけたしな。


「その中に、ある人物がいてね」

「ある人物?」

「獣王だよ」

「へえ! 今年はそんな大物が来るのねぇ」


 エルザが心底驚いた様子で声を上げた。どうやら有名人らしいな。


「大物?」

「あら、フランちゃんあまり獣王のこと知らないのね」

「名前だけは知ってる」


 俺は名前すら知らん。


「獣人なら詳しく知っておいた方が良いわよ」


 獣王と言うのは、その名の通り獣人の国の王の事らしい。獣王は獣人族の頂点であり、国民でなくとも獣人であれば獣王に敬意を払い、その影響力はどの国も無視できない。


 獣人の国は他の大陸の国なのだが、クランゼル王国とは友好国で、ウルムットの武闘大会には親善目的で数年に一度やってくるらしい。


「それがよりにもよって今年だったのさ」

「なんか、来てほしくない様な言い方ね?」

「まあ、僕にも色々あるんだよ。それに、今年はフランくんもいるしね」

「ん?」


 どういう意味だ? 俺たちは獣王なんて殿上人、会ったこともないが。


「そもそも、遥か昔に最初に黒猫族を奴隷にしたのは青猫族だけど、実はそれを当時の獣王が裏で糸を引いていたという噂があるんだ。獣王は赤猫族の進化種族である金獅子から選ばれる習わしだけど、青猫族はその配下だったらしい」

「へえ、それは知らなかったわ」

「まあ、黒い歴史だしね。獣人国でも積極的に語られることはない話さ」


 フランも知らなかった様だな。真剣な顔でディアスの話を聞いている。


「勿論、黒猫族が最初に奴隷化されたのは昔の話だし、その時の獣王はとっくに死んでいる。でも、青猫族は今でも獣王とつながっているという話があるんだよ」


 つまり、黒猫族を奴隷にするのは、獣王の意思と言う可能性がある訳か。


 考えてみるとその可能性は確かにある。地球だって、立場の弱い人々を生贄にして奴隷階級や下層階級に落とすことで、大多数の人々の不満を解消すると言う政策が執られていた歴史があるしな。


 黒猫族を奴隷にして売り飛ばせば外貨も獲得できるし、より悲惨な存在を創り出して国民の不満を抑えることもできる。


 戦闘力が低く、進化できないと言われている黒猫族は、生贄にするには格好の種族だったに違いない。


「特に当代の獣王は非常に評判が悪くてね。なにせクーデターに近い方法で、前王を倒して王位についた人物だ」

「ああ、それは私も聞いたことあるわ。親殺しの簒奪者」

「そんな人物が黒猫族に好意的な態度を取るとは思えない。むしろ、より弾圧が強まる可能性だってある」


 それは俺たちにとっても見過ごせない情報だ。場合によっては、他の獣人全てを警戒せねばならなくなる。


(獣王……)

『さっきの馬車って、もしかして獣王が乗ってたのか?』


 凄まじく強い獣人が護衛についていた豪華な馬車を思い出す。獣王は獅子らしいが、馬車の屋根には獅子の像が掲げられていた。その可能性は高いだろう。権力だけじゃなくて戦闘力的な意味でも厄介だな。敵になると決まったわけじゃないが、彼らと戦って勝てるとは思えない。獣王自身も進化種族なようだし。


(だとすると……暗殺?)

『いやいや。まだ敵とは限らないから! 物騒なこと言うな』


 やばい、フランの中で獣王の印象が最悪だ。もし会う事があったら気を付けないとな。いきなり斬り掛かる様な事はしないと思うが……。俺が気を付けねば。


「もし、そんな人物の耳にフランくんの話が入ったら? 興味を持つかもしれない。その結果何が起きるか……。幾らでも悪い想像ができるだろう?」

「だからダンジョンに籠らせて、出来るだけ獣王と出会わない様にしようってこと?」

「そうだよ。それに武闘大会までにランクCに上がってもらえば、ギルドの指名依頼でフランくんを守れるからね」

「指名依頼?」


 それは俺も聞いたことが無いな。エルザが詳しく説明してくれたが、要はギルドが個人を指定して請け負わせる依頼の事らしい。無論、冒険者側には断る権利がある。


 これがなぜフランを守ることになるのかと言うと、ギルドの指名依頼とは非常に重要な案件であり、これを受けている冒険者はギルドからの全面的な支援が約束されているらしい。また、この指名依頼を受けている冒険者を邪魔するという事は、冒険者ギルドに喧嘩を売るということだ。


 世界に跨る大組織であり、今や人々の生活に欠かせない存在となった冒険者ギルドに正面切って喧嘩を売る度胸のある国などそうはない。なのでフランが指名依頼を受けていれば、獣王が権力を盾に無体を働く可能性が減るらしかった。


「でも、指名依頼なんてそうそう出せるものじゃないわよ?」

「大丈夫だよ。ダンジョンについての依頼ってことにすれば。何せ僕しか交渉できないんだよ? ダンジョンマスターの求める物を探すとか、いくらでも理由はあるさ。指名依頼の1つや2つ、どうとでもなる」

「だからランクCに上がらせたいわけね。指名依頼はC以上の冒険者じゃなきゃ受けられないから」

「そういうことだよ」


 じゃあ、本当にフランの為に色々と考えてくれていたってことか。胡散臭いから全く信じられなかったぜ。虚言の理がなかったら今でも疑っていただろう。


「でも、最初から全部教えてあげればよかったじゃない」

「だってフランくんに本当のこと言ったら、逆に獣王に興味を持っちゃいそうで」


 まあ、否定は出来んな。実際、少し興味を持ってるし。


「ということで、フランくんには早急にランクを上げてもらいたい」

「ん。わかった」

「できれば武闘大会までにね。推薦枠は残しておくから」

「推薦はいらない」

「おや? なんでだい? 推薦枠なら本戦から出場できるよ」

「予選に出場したい」

「フランちゃん。予選は完全にランダムで割り振られるから、凄い強い人と当たっちゃうかもしれないよ?」

「構わない」


 フランにとって武闘大会は、色々な奴と戦えるイベントだからな。


「わ、分かったよ。予選から出場できるように取り計らおう。普通枠をどうにか用意するよ」

「フランちゃん、戦いが好きな子だったのね~。ああん、そんなフランちゃんも可愛いわ~」


 どうやら予選から出場させてくれるらしい。それにしても疑問が残る。フランが獣王に出会うのが危険だというのは分かった。だから、出会わない様にダンジョンに送り込み、最悪を想定してランクを上げようとしてくれている。


「なんでここまでしてくれる?」


 そこだ。冒険者を守ると言っても、肩入れが過ぎるんじゃないか?


「色々あるんだよ。まあ、ある人との約定、と言っておこう」


 約定ね。それで分かった。ルミナと何か話が付いているんだろう。黒猫族を極力保護するとかね。エルザがいるせいで名前は出せないようだが。


「次にあったらお礼を言っておくと良いよ?」

「ん。わかった」

「あらん? また内緒の話? 仲が良くて羨ましいわ」


 まあ、またダンジョンに行くし、その時にお礼を言えばいいか。そのおかげで、色々便宜を図ってもらってるわけだしね。


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