136 ゼライセの野望
魔石兵を倒した後、俺達は錬金術ギルドを探索していた。驚くほどに人の気配がない。時折感じられる気配は、ネズミかゴキの物くらいだろう。
多くの者は魔人にされ、それ以外の者も実験動物扱いされて死んでしまったらしい。地下にあったゼライセの資料を見て分かった。胸糞悪くなるような経過観察の記録や、投薬の結果が残されていたのだ。
期待していた魔石も残されていないし、本当につまらん。とりあえず研究資料をまとめて、ガムドかユージーンに渡そう。
『ウルシ、隠し通路とかもないのか?』
「オン」
『そうか……』
「フランさん、どうですか?」
「資料はあった」
「そうですか。こちらも似た様な物ですね」
声をかけて来たのはユージーンだ。弟子の凶行に責任を感じているのか、厳しい表情で錬金術ギルドを調べている。
「これで何かわかる?」
「多少は。ですが、この資料はわざと残していった物でしょうし、手掛かりはなさそうです」
「わざと?」
「ええ。核心の部分だけは抜いて、結果の部分だけが残されていました。これを元に研究を再現するのは無理です。しかし、この結果が虚言ではないと裏付けるだけのデータは残されている」
なるほど。あれだけ自己顕示欲の強い男だ。自分の研究成果を自慢したいんだろう。だからわざとそれっぽい研究資料を残して行きやがったわけか。
「例えばこれは魔石兵の資料ですが。邪気を動力として、核となった魔石のスキルを1つだけ覚えさせることができると有ります。しかし、具体的な方法は書いてありません。先程の魔石兵を見れば嘘ではないと分かりますが……。この資料だけでは再現できないでしょう」
こっちは魔人の研究資料だな。個体によって魔石を埋め込む箇所が違うとある。確かに俺が斬った魔人たちは、それぞれ魔石の場所が違っていたな。でも、それを判別する方法や、埋め込む方法は書かれていない。
「これは?」
「これは……魔石兵器とありますね。ふむ」
俺たちが見つけた資料だ。ユージーンに解説してもらったが、これもなかなかヤバそうな研究だった。
普通の魔道具と違って魔石を単なる動力源にするのではなく、魔石に秘められたスキルを使用できる使い捨ての特殊な道具らしい。ヤバそうなのは、核となる魔石によってはユニークスキルやエクストラスキルも使用可能と言うところだった。エクストラスキルだったらたった1回だけの使い捨てでも、十分使い道がある。
「この才能を世の為に使っていれば……」
ユージーンが嘆くのも分かるな。
「魔石兵器、凄そう」
「ええ。本当に実現しているのであれば、かなり有用な道具でしょうね」
ユージーンがそう言った直後だった。突如俺たちの背後に人の気配が湧き出した。
「盗神の寵愛」
「!」
『誰だ!』
馬鹿な、気配なんて何もなかったぞ! フランが背後の気配に向かって俺を振り抜くのと、突如現れた人物が何事か呟くのが同時だった。
凄まじい魔力が発せられたのが分かる。俺は大慌てで障壁系スキルを全開にした。そして振り返る。
そこに居たのはクソサイコイケメン、ゼライセだった。
何をされた? 奴が呟いた「盗神の寵愛」という言葉。多分、神の加護系統のスキルと思われたが……。
「じゃあ、これは、返してもらったよ?」
俺に左腕を切り落とされているのだが、その顔に浮かんでいるのは爽やかな王子様笑いだった。残っている方の手に握る小瓶を、フランに見せつける様に掲げる。
「む。なんで?」
『馬鹿な、次元収納に仕舞ってたんだぞ!』
ゼライセの手には、俺の次元収納に入っていたはずの魔魂の源が握られていた。
「ふっ!」
「あははは。そう怖い顔しないでよ」
「む、斬れない」
「フランさん、既に幻影です」
「いやー危なかった。転移して逃げるのが遅かったら、真っ二つだったねぇ」
俺が空しく空を切る。ゼライセはすでに幻影だった。ギルドの前で見せた幻影の術か。いつの間に。
「しかし、君は本当に何者だい? 僕たちの計画を邪魔しただけじゃなくて、魔石兵をあんなにあっさりと倒しちゃうなんて。これでも結構悔しがっているんだからね」
「黒猫族で単なるランクD冒険者」
「あはははは、冗談きついね。僕の魔石兵はね、下手な倒し方をしたら内部の邪気が一気に溢れ出して、爆発するような設計だったんだよ? それを邪気ごと一瞬で消滅させるなんて、単なるランクD冒険者にできるわけないじゃないか」
「できたものは出来た」
「本当は魔石兵に足止めさせて、隙を見て魔魂を盗るつもりだったのに。あんな一瞬で倒すから、全く隙なんか無かったよ。その後もずっと後を付けてたんだよ? なのに全く隙を見せないし。結局余計な怪我をしちゃったねぇ。でも、これを取り返せたし、結果オーライかな?」
「どうやって盗った?」
「魔石兵器で盗神の寵愛っていうスキルを使ったんだよ。効果範囲にあれば、どんなものでも絶対に盗むっていうスキルさ。君の情報を集めさせたら、時空魔術の使い手だっていうじゃないか。多分次元収納に仕舞っているんだろうなって当たりを付けたんだよ。いやー、盗神の寵愛が無ければ、諦めざるを得なかったね。ああ、こっそり近づいたのは、完全隠形を封じた魔石兵器だね」
落ちているゼライセの左手にはめられていた手甲と、首にかかっているペンダントにヒビが入り、砕け散る。そうか、あれが魔石兵器か。やはり危険な代物だったか。使い捨てでも、十分やばい。
「あーあ、とっておきが壊れちゃった。どっちも僕の奥の手だったのに。2つで1億ゴルドもかかってるんだよ? 全く、大赤字だよ」
「そこまでして、それが欲しかった?」
「まあね。君には感謝してるんだよ? だって、君が海賊から取り戻してくれなかったら、僕の元に戻ってくることもなかっただろうし。色々と邪魔はされたけど、これで帳消しってことにしておいてあげる」
「それは、何なのですか?」
お、今まで黙っていたユージーンが話に入ってきたな。自分も見たことのある謎の魔魂を無視できなかったんだろう。
「師匠もこれが何なのか分からなかったかな? ふっふっふ、聞いて驚いてね? なんとこれはキメラの魔魂でーす!」
「ば、馬鹿な! キ、キメラ……ですって?」
「珍しいの?」
「珍しいなどというレベルではありません! 世界でも現存するのは5つないと言われる、封印指定の超危険物です!」
「あははは! 驚いた? すごいでしょ。いやー、バルボラの錬金術ギルドの名前でレイドスの錬金術研究所に打診したら、10億ゴルドで譲ってくれたんだ。まあ、僕のお金じゃないし、良い買い物だったよ」
「目的は、何なのですか?」
「そりゃあ、最強の魔獣を生み出すのさ! 世界さえ滅ぼせるほどのね!」
物騒だな。というか、そんな大それたことが出来るアイテムだったのか?
「目的は達成したし、今度は本当にさよならだね。ばいばい」
「あ、待ちなさい! ゼライセ!」
ユージーンが絶叫するが、すでにゼライセの姿はなかった。
「ゼライセ……」
「キメラって何?」
「ああ、フランさん。キメラと言うのは、最悪の人造魔獣のことです」
元々はキマイラの様な異種混合型の魔獣を生み出す研究によって作り出された魔魂らしい。
だが、その結果として生み出されたのは、当初の予定とは全く違う――当初の予定を大幅に上回った力を持った、脅威度Aオーバーの生物兵器であった。しかも制御を全く受け付けず、数個の都市を滅ぼしてしまう。
その後も研究は続けられたが、制御するには至らず、キメラによっていくつかの国が滅んだのち、世界各国の協議によってその魔魂は封印されることが決定される。その後、研究資料は廃棄され、研究者は全員処刑されたらしい。
キメラの魔魂の作成には非常に希少な素材が必要であり、既に絶滅している生物の素材も含まれている。現在、手に入れることなど不可能なはずだったのだが……。
「現在のレイドス王国は混乱していますからね。そのどさくさに紛れて、危険さを認識していない者によって魔魂が持ち出されたのかもしれません」
「レイドスが混乱中?」
それは聞き捨てならないな。俺たちにとっては敵認定の国だし。
「10年程前に国王が急死し、その後4つの大公家によって権力争いが勃発したのです。現在ではその争いに拍車がかかり、半ば内乱状態なのだとか。今だに大きな戦に発展していないのが不思議な程なのですよ」
「なるほど」
そうだったのか。じゃあ、サルートやリッチの黒幕はどこかの大公家だってことか? それともそれぞれが好き勝手に謀略を仕掛けているのか? そこがもっと知りたいんだが、ユージーンはそれ以上のことは知らないようだった。
「私はゼライセのことを領主様や冒険者ギルドに報告をします。キメラの魔魂を手に入れたなどと言う話、放っては置けませんから」
きっと世界中に手配書が出回るだろうな。でも、ゼライセは喜んでしまいそうだ。でも仕方ないな。放っておけないっていうのは、俺も同意見だし。
これ以上は手掛かりもなさそうだし、一旦アマンダ達と合流するか。




