1304 邪神の童心
「「「「「がんばれ!」」」」」
数多の応援の声が、聞こえた。歌も聞こえてくる。ゴルディシアの時のように、歌や演奏の効果があるわけじゃない。だが、彼らの想いは、確実に届いている。
それに、一際強い力もあった。これはメアやソフィたち、神剣使いの力だ。彼らの神剣からも、力を貸してもらえているのだろう。
泣きそうになるくらい、心強い。
「力が、溢れてくる!」
フランの体を、膨大な力の渦が取り巻いている。
それでいてフランを優しく包み込み、フランを傷つける様子もない。
当然だ。これは、フランを想う人々の祈りが力となっているのだから。フランを気遣い、フランの無事を願う人々の想いが、フランを傷つけるはずがなかった。
力は、戦場にいる仲間たちからも流れ込んできている。
「ふはは! 我が力、ある限り使え!」
「フランちゃん、凄いわ!」
ジャンやアマンダだけではなく、ベリオスの魔術師や赤騎士、北征騎士たちまでもがフランの想いに応えてくれている。
神剣化した俺、その内に眠る邪神の欠片の力、大勢の人々の祈りの力。
それらが混ざり合い、フランは相対する邪神の欠片にすら引けを取らない、超越者としての力を手にしていた。
足跡の絆は、邪神と戦う時にしか使えない能力だ。だからこそ、その効果は段違いに強かった。
しかも、フランの得た力はこれだけではない。
フランは自身の心臓の辺りに手を添え、深く息を吐いた。それはまるで、自らの血に意識を向け、語りかけているかのようだ。
いや、実際に自分の血の中に眠る、可能性を呼び覚まそうとしているのだろう。
「……感じる!」
フランが力強く目を見開き、叫ぶ。より鋭敏になった感覚が、何かを感じ取ったのだろう。
「我が血に眠る、神なる獣の荒ぶる力よ。目覚めろっ! 神獣化っ!」
濃密な黒雷が花の蕾のようにフランを包み込む。この光景は見たことがあった。進化の先にあるもの。獣人族の到達点。再びフランは至ったのだ。
黒雷が弾け、中から少しだけ髪が伸びたフランが姿を現す。相変わらず外見は変わらないのに、その魔力は大きく変質している。
自身の放つ神気の強烈さを見て、フランは猛々しく笑った。
身に纏う威風は、正に神獣であった。猛々しく、神々しい。
だが、同時に強すぎる力でもあった。余りにも強力すぎる力だ。それは、動かずともフランの体を蝕み、傷つける――はずだった。しかし、フランはまったくダメージを受けていない。
今のフランは、潜在能力解放時ですら足元にも及ばないほどに強化されているだろう。それでいて、フランの負担は驚くほど少なかった。反動も代償も、俺が引き受けるからだ。
いや、正確には、俺の中の邪神の欠片が引き受けてくれている。
俺と邪神の欠片は一蓮托生。あいつもまた、俺の一部なのだ。
〈――!〉
邪神の欠片が喜んでいる。フランの力になれることを。ようやく、俺の中にいる邪神の欠片のことが理解できた。
フェンリルさんが喰らった邪神の欠片が、混ざり合った存在。だが、その中でも特に強く表に出ている欠片がある。肉体系の欠片よりも、精神系の欠片の方が支配力が強いらしい。
俺にずっと接触していたのは、邪神の童心。
邪神の中にありながら、純粋で無邪気な存在。しかし、稚気があるせいで、善悪を理解していない部分もあるようだった。時には他の邪神の欠片に影響されて、残酷にもなる。
〈――!〉
でも、こいつはずっと、フランと遊びたかっただけなんだろう。ようやくその機会が訪れて、ひたすらに喜んでいた。
「邪神の欠片も、ありがと」
〈――!〉
おいおい、喜び過ぎだろ。うれションしかけてる犬みたいな反応だ。すると、俺の刀身から邪神気が漏れ出し始めた。
『これは……』
あ、新しい能力が発現しただと? 邪神の影って、使っていいのか?
〈――!〉
『わ、分かったって! 分かったから泣くなよ!』
泣き落としはズルいだろ! 頭の中でギャン泣きされたら、使わないわけにはいかない。
どうやら、敵が邪神の欠片である場合にだけ使用可能な権能であるらしかった。
『我が内なる神よ。邪なれど頼もしき神よ。友なる神よ! 虚ろなる躯にて顕現し、我らが姫の助けとならん! 邪神の影!』
俺の言葉に応え、俺から溢れ出した濃い邪神気は激しく蠢き、人型を取り始める。
そして、数秒もせずに、その場に新たな人影が生み出されていた。一見すると、竜人のようにも見える。
群青色のロングツインテールに、姫カット風の前髪と触角。肌は抜けるように白く、その瞳は虹色に輝いている。幼いと言えるほどに小柄なその体には、邪神気が幾重にも薄く張り付き、まるで黒いゴスロリドレスのようだ。
額から後方に伸びる角に、こめかみのあたりを覆う大きな鱗。腰の後ろからは長い尻尾が伸び、肘から先は鱗に覆われて肥大化している。
竜のようになっている大きな手で握られるのは、邪神気を圧縮して作り上げたハルバードである。美しい少女には不釣り合いなはずの巨大武器が、なぜか異様にしっくり来ていた。
目が離せない存在感がある。ふと思いだすのは、この世界に来る時に出会った3女神様である。なんとなく、彼女たちに通ずるものがある気がした。
〈邪神の童心の顕現に伴い、仮称・師匠の所持スキルから、地竜魔術、竜鳴、竜鱗鋼化、竜血流動、炎竜魔術、竜咆哮、竜鱗炎化、竜鱗強化、神竜化が一時的に消失しました〉
やっぱこの美少女が邪神の童心なのか! もっとヤバイ姿で現れると思ってたよ!
僅かに混じる竜の要素は、スキルによるものであるらしい。
「ふはははは! 儂、復活! 久々のシャバなのじゃ!」
「誰?」
「フランよ! こうして話すのは初めてじゃな! 儂は邪神の童心! 仮初の体ではあるが! お主たちの力になるのじゃ!」
「ほほー」
の、のじゃロリだー! いや、冗談で邪神ちゃんとか思ったことあるけど、マジもんだったぁぁぁ!
フランはなんでそんな冷静なんだ!
「邪神ちゃんと呼ぶがいい!」
「わかった」
自分で邪神ちゃんて言ったー! 絶対俺のイメージのせいだよな~? フランに俺の性癖だって思われたら死ぬっ! 違うんだ! 地球のオタク文化に汚染されてるだけなんだ! 決して、のじゃロリの邪神ちゃんすこーとか思ってないから! マジで!
震える俺の前で、邪神ちゃんはフランと並ぶ。
フランと変わらない背丈のちっこい体からは、恐ろしいまでの邪神気が立ち昇っている。
フランでなくては、確実に支配されてしまうだろう。
だからこそ、邪神の童心は俺やフランに執着を見せるのだろうが。
それにしても、邪神の童心は立ち姿に全く隙がない。明らかに、高レベルの武術スキルを所持している。というか、王級か?
〈邪神は、戦の神としての面も持ちます。戦闘に関することであれば、全て最高レベルで可能です〉
『そういえばそうだったな。今の言い方だと、他にも司る属性があるのか?』
〈是。彼の神は、元々人の神でした。故に、人が持つ様々な業や力を司っています。戦神、情報神、娯楽神、知識神。そして、人が幻想する破壊と勝利の化身たる竜神〉
竜神まで! だから竜系のスキルを使えるのか!
「邪神ちゃん、いく」
「うむ!」




