1242 レイドス再侵攻
「ポティマ?」
フランの問いかけに、蛇は答えない。ただ、穏やかな目でフランを見つめている。
「我が加護を得るには心が弱かったが、我が使徒となるに足る信仰を持っていた。故に、その魂を我が許に招いた」
神の言葉に、蛇が頷いた。本当にポティマであるらしい。だが、生前の狂った様子は微塵もなく、そこにいるのはただ穏やかな美しい大蛇だ。
なんというか、綺麗なポティマって感じ? 神に拾い上げられ、満たされたからなのか。精神的に安定させられたのか。
清浄な空気を纏っているように感じられた。
「我が使者として、一時の間働くことを許した。無論、その者が望んだからこそだが」
フランと蛇がしばし見つめ合う。すると、フランの体が一瞬光った。なんだ? 何か変わった様子はないが。
「我が力との親和性が僅かに増した。既に加護を持っているが、僅かに強化されたと思えばよい。この者の、詫びの気持ちであろう」
「……そう」
フランがほんの僅かに微笑んだ。ポティマは項垂れるように、鎌首を垂れる。
数秒の静寂の後、神が再び口を開いた。
「では、本当にさらばだ。北に行くのであれば、気を付けると良い」
「ありがと、ございます」
次の瞬間、世界に色と音が戻ってくる。神の世界から、戻ってきたんだろう。
「……ん」
誰にでもなく、フランは何かを納得したように軽く頷くのであった。神の加護を確認したらしい。本当に強くなったのだろう。
ただ、浸ってばかりもいられない。クリムトの叫び声が聞こえてくるのだ。
「フランさん! 精霊が騒いでいます! 北から、レイドス軍が来るようです!」
案の定、時間は全く進んでおらず、クリムトですら俺たちの異変に気付いていないようだった。
「フランさん?」
「なんでもない」
訝し気なクリムトに、やる気に満ちた表情のフランが向き直った。
「クリムト、敵はレイドスの軍隊だけじゃない!」
「どういうことですか?」
フランはクリムトの執務室に戻ると、今経験した神様との邂逅を語って聞かせる。信じてくれるか不安だったが……。
「では、神が邪神の欠片の復活を伝えてきたのですね?」
「ん。信じてくれる?」
「フランさんであれば、有り得ないことではありません。師匠さんも、特別な剣ですしね」
クリムトはあっさりフランの説明を受け入れていた。彼の中では、フランは神託を受けてもおかしくない存在であるらしい。
過大評価な気もするけど、本当に神様には出会ってるしな。
「邪神の欠片が復活しているとなれば、国どころかこの大陸の一大事です。各国にも知らせを送らねば。そちらは国に任せましょう。フランさんは、国境線の確認をお願いできますか?」
「分かった。見てくる!」
「無理はしないように! 一人で突っ込んだりせずに、報告に戻って来てくださいね! 場合によっては、避難を行わなければならないのですから!」
「ん」
窓からこちらを見るクリムトに手を振り、フランはウルシの背に飛び乗った。
「ウルシ! いく!」
「オンオン!」
ウルシはアレッサの城壁を飛び越え、そのまま全速力で国境線を目指す。すると、2時間ほど進んだあたりで、俺たちは異変を感じ取っていた。
風にまで影響を与えるほどの強大な邪気の源とは違う、大地の上を蠢く無数の小さい邪気を感じ取ったのだ。
北方の地を、黒い影が覆い尽くしていた。しかも、大地を侵食するかのように、その範囲を広げていく。
さらに近づくと、邪気の正体が分かった。
それは死霊の軍勢だ。漆黒の邪気に身を包まれた、万を優に超えるゾンビやグールなどの死霊たちである。数が多すぎて、数えることもできない。多分、10万を優に超えるだろう。
ゾンビたちの足取りが、かなりしっかりしている。邪気によって、ステータスが強化されているようだ。
しかも、死霊の軍勢の中央にはさらに凶悪な力を放つ一団がいた。
『公爵のゾンビたちか!』
(たくさんいる)
『南征公爵も西征公爵もいやがるぜ』
あれがアレッサに雪崩れ込めば、凄まじい被害が出ることだろう。
(師匠、どする?)
『偵察してから、アレッサに戻るぞ』
後続もドンドン南下してきているようだし、ここから東と西にも、邪気が蠢いているのが感じられる。
ここで俺たちが立ちふさがって戦い続けたところで、広い国境線を守り切ることはできないだろう。
まずはアレッサのクリムトに報告して、どう守るか指示を仰ぐべきだ。
ただ、この辺りにはクランゼル王国の騎士団がいたはずだが……。
(師匠、あそこにいる)
『お、退却中か』
無謀な突撃を敢行するような指揮官じゃなくてよかったぜ。まだ肉薄という距離ではないが、死霊たちに追われていることは確かだった。
『じゃあ、死霊どもに嫌がらせをしておこう』
(ん!)
少しでも敵が警戒して歩が緩めば御の字って感じだが、そう上手くはいかないだろう。死霊たちに、恐怖心なんぞないだろうしな。ただ、騎士たちへの援護にはなる。
『騎士たちを追ってる死霊どもを狙って、削るぞ』
「わかった」
「オン!」
俺たちは上空から騎士たちに近づき、声をかける。
「退却を援護する!」
「む! その姿は黒雷姫殿か! 助かる!」
フランのことは知ってくれているので、やりやすくて助かるな。
「少し大きな音とかするかもしれないけど、気にしないで」
「わ、わかった!」
これで、騎士たちは一直線に逃げ続けてくれるだろう。
『いくぞ!』
「ん!」
「ガルルルル!」




