番外編 二 ヴィティ、ぬくもりを感じる
人生二度目となるお誕生日は、村が近いということもあって、村長さんや村の人たちからもお祝いをされ、フィグ様とお兄ちゃんからは大量のお花やケーキをもらい、ノアさんからは素敵な靴をいただいた。
フィグ様と結婚して三か月。早いものである。
正直に言えば、世話係として接していた時間の方が長いせいか、フィグ様との関係性はあまり変わらない。
フィグ様も、二千五百年、神様として生きてきて、高慢な態度が染み付いているせいか、それとも妻というものがどんなものかを知らないからか、私に対して態度を変えるよう要求することはない。
もっとも、今日のお誕生日パーティで、奥様の尻に敷かれている男の人たちをたくさん見たから、フィグ様としても今後一切触れないでおこう、と思っているかもしれないが。
当の本人は私の髪をいじりながら、くぁぁ、とあくびを一つ。フィグ様の体重が肩のあたりにかかる。
「フィグ様」
重い、と言っても聞き入れてはくれないけれど、抵抗しないわけにはいかない。このままソファになだれこんでお休みされてはたまったもんじゃない。
「寝るなら、ベッドへ行ってください」
『ヴィティは、まだ起きているのか』
「もう少しだけ」
『勝手に贈っているだけだろう。そんなものに礼など必要ない』
「フィグ様はそうかもしれませんが、私は皆さんにお礼したいんです。私のために、こうして色々と用意してくださったんですから」
『ふん……。まったく、貴様は本当に動いていないと気が済まないのか』
面白くなさそうに呟かれ、ますます体重を預けられる。私は、これでは手紙も書けやしない、と羊皮紙に滑らせていたペンを置いた。代わりにサラサラとしたフィグ様の髪を撫でて、ご機嫌を窺う。
「もう。どうしちゃったんですか。さっきまであんなに楽しそうにしてらしたのに」
つい数刻前まではガブガブと浴びるようにお酒を飲み、村人たちとドンチャン騒ぎをしていた。フィグ様の大好きなワインということもあってか、いつも以上に嬉しそうだったのに。
夜も更け、お開きとなった瞬間にこれである。
湯浴みは済ませてくれたものの、まるで子供みたいだ。
フィグ様のこういう態度は、今までも何度かあった。フィグ様が私のことを愛してくださっていると知ってから察するに、おそらくだが、これは甘えたい時。
だが、こうしたお子ちゃまスイッチが何によって入っているのかは不明だ。
『なっ⁉ ば、馬鹿にするな!』
「すみません」
あからさまな動揺を見せるフィグ様の姿に思わず笑うと、冷たい視線が飛んできて、私は慌てて口をふさいだ。
フィグ様がかまってちゃんモードに移行した理由を探しつつ、彼のサラサラとした髪を撫でる。
(今日は、村長さんや村の人たちとおしゃべりしてばかりで、あんまりフィグ様と話さなかったものね……それでかしら?)
求めている答えは絶対にかえってはこないと知っているので、あえて口には出さず
「確かに、私も少しはしゃぎすぎてしまいました。お手紙は明日でも書けますから、そろそろお休みしましょうか」
とフィグ様の欲しがっているであろう言葉を選ぶ。
さすがに甘やかしすぎだとは思うけれど、たまには妻らしい態度もとるべきだろう。
『……寝るのか?』
「はい。ですから、フィグ様もご自分のベッドでお休みになられては」
『ふん』
イエスの代わりに鼻息が一つ。次いで、体にかかっていたフィグ様自身の重みがなくなる。
フィグ様に提案した手前、これ以上お礼の手紙をしたためるわけにもいかず、私は羊皮紙をいくつかまとめて立ち上がった。
『どこへ行く』
「え?」
自室に決まっていますが、と目をしばたたせれば、フィグ様は私の手をぐいと引いた。
『今夜は、ここで寝ろ』
フィグ様の美しい双眸に貫かれ、私の鼓動がドクンと跳ねる。
何度か、共に夜を過ごした。が、何度こうして言われても、緊張してしまうもので。じとりと手に汗が滲み、私の顔に熱が集まる。
「え、と……そ、それじゃあ、これだけ、置いてきますから……」
私が羊皮紙をチラと見やれば『明日でいいだろう』とフィグ様に一蹴され、そのまま腕の中へと閉じ込められた。
フィグ様のゆったりとした鼓動の音が、ドクン、と一度だけ聞こえる。
『冷えてきたからな。ヴィティの体温は、ちょうどいい』
まるで暖炉みたいな扱いだな、と思うものの、見上げたフィグ様の顔もほんのりと赤く染まっていた。
肝心なところで、まだまだ素直になりきれないらしい。
「最近は、フィグ様もあったかくなった気がします」
『そんな訳がなかろう』
どうやら体温のことだと思ったらしいフィグ様が、いたく真面目な顔できょとんと首をかしげる。フィグ様の体は、ずっと冷たいままだから。
だけど、そうじゃない。
「心のこと、ですよ」
私が、トン、とフィグ様の胸のあたりを人差し指でなぞると、フィグ様はカッと目を見開いて、それから、ぶわりと一気に頬を染める。
『うううう、うるさいぞ! こい! 寝る!』
ガバリと体は離れても、手だけはしっかりと握られたまま。
フィグ様の上等なベッドにボフリと体を沈めれば、フィグ様の優しいぬくもりを感じた。
「フィグ様、お誕生日のお祝い、ありがとうございます」
『ふん。別に……ワタシが、したくてしただけだ』
「これからも、ずっとお祝いしてください」
『強欲なやつめ』
フィグ様の口角がきゅっと持ち上がって、再び体に手を回される。抱き寄せられ、額に柔らかな感触。
『……言われなくても、いくらでも祝ってやる』
ベッド脇に飾られた、澄んだブルーの、氷の花束が輝く。フィグ様と同じ瞳の色だ。
「来年も、たくさん、お花飾りましょうね」
『ヴィティが望むならな』
フィグ様、大好き。柄にもないことは分かっているけれど、素直に口にして、プレゼントのお礼だとフィグ様の額にもキスをする。
自分からしておいて、恥ずかしくなり、慌てて毛布にくるまると、フィグ様のひんやりとした手に力がこもった。
フィグ様の手は冷たいのに、どうしてか、心地よいあたたかさに包まれて、私はその後、ぐっすりと眠りについたのだった。
引き続き、番外編をお楽しみくださり、本当にありがとうございます!
番外編その三は、完全なる作者自己満足なお話ですので、ここが実質の最終話です!!!!
読んでやってもいいぞ、と言う方は、番外編のその三は、おまけのあとがきと合わせてお読みいただけましたら幸いです。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます*




