第七十三話 ヴィティ、再び祝われる
「竜神様がお待ちです。行きましょう」
「えっ! あ、はい!」
ノアさんに手を引かれるまま、私は二階へと向かう。屋敷の中に飾られていた花々は、旅行へ行く前より華やかになっている気がする。
(もしかしてこれも、誕生日の?)
まさかね、と私は首を振る。出過ぎた真似だ。主より世話係の誕生日を盛大に祝う訳がない。
全体的に美しく飾られた屋敷を歩き、いよいよフィグ様のお部屋が、というところで、お兄ちゃんが私とノアさんを出迎えた。
否、お兄ちゃんは目を見開いて硬直し、私とノアさんが二人してお兄ちゃんを数秒凝視したところでようやく我に返ったというように、私たちを出迎えなおした。
「ヴィティ……、綺麗だよ」
実の兄とはいえ、そんなに甘い顔と声で褒められては照れてしまう。
「そう、でしょうか」
「うん。世界で一番美しい」
あぁ、これだからイケメンって怖い。もうやめてお兄ちゃん。っていうか、隣にいるノアさんまでうっとりしちゃってるじゃん。ノアさんは、シスコンめって止めてくださらないと!
「お、お兄ちゃん。その、ありがとう。でも、今は、ほら、フィグ様をお待たせしてるんじゃないかしら」
そっと私が切り出せば、お兄ちゃんは「そうだった」といつもの口癖をこぼす。天然なのか、忘れっぽいのか、はたまたわざとなのか。
ノアさんも、ハッと真顔に切り替えて、
「それでは、わたくしは準備がありますので」
と頭を下げる。颯爽と踵を返すノアさんはいつも通り素敵だけれど、あの表情を見た後では、少しだけ可愛らしくも見えた。
お兄ちゃんは、ノアさんの後ろ姿を見送って、んんっと二度咳払いする。仕切り直しているつもりだろうが、もう遅い。
ノアさんとお兄ちゃん、こういうところは少し似てるのね……。
「ヴィティ、本当に似合ってる。きっと、フィグ様もお喜びになるはずだ」
お兄ちゃんは、もう一度私を褒めると、フィグ様の部屋の扉を軽くノックした。
『入れ』
「それじゃぁ、ヴィティ。また後で」
「え?」
どうやら、私だけ入室しろということらしい。
私がゆっくりとフィグ様の部屋の扉を開けると、着飾ったフィグ様の後ろ姿が目に入って、私の胸がドクン、と大きく跳ね上がった。
「失礼します、フィグ様」
『あぁ』
彼がこちらへ振り向く。その一挙手一投足、すべてが予定調和で。
束ねられた薄鈍色の髪が揺れるたび、キラキラと銀やら白やらに輝き、まるで周囲に雪が舞い散っているみたいに光が散乱して見える。
髪の隙間から覗く冬空みたいに透き通った瞳がどこか嬉しげに見えて、白磁の肌を華やかに彩る唇が、珍しくやわらかな弧を描いていた。
「……よく、お似合いです」
『ヴィティも……似合っているのでは、ないか。人間にしては。ワタシほどではないが』
余計な言葉が一つどころか二つもくっついているけれど、今日はそれを捨て置ける。
「えっと、その。お誕生日を、お祝いしてくださって、ありがとうございます」
改めて言うと、気恥ずかしいけれど、ようやく実感がわいてきて、少しだけ泣きそうになってしまう。
『泣くな』
一歩。フィグ様がこちらへ寄って、スラリと伸ばされた手が頬に触れる。ヒヤリとした感触と、衣擦れの音がクリアに伝わってきて、フィグ様が、私の涙をぬぐったのだと気づいた。
『笑っていろ。ヴィティは笑っている顔が、一番、悪くない』
「……ふふ、なんですか。それ」
一番悪くない、だなんて。そんな褒め言葉は聞いたことがない。
けれど、結果的に笑わされてしまったのだから、フィグ様の方が一枚上手だったということになる。つくづく良いようにあしらわれている。
ひとしきり私が笑うと、フィグ様が口を開いた。
『これからも』
彼の言葉に顔を上げれば、美しいお顔とばっちり目があってしまう。フィグ様の瞳には、不思議な引力があって、目を逸らすことは出来なかった。
『一生、ワタシの世話係でいると約束しろ』
馬鹿にした風でもなく、けれど、神様然とした威厳のある面持ちで、真剣に言われては断ることも、誤魔化すことも出来なくて。
私が首を小さく縦に振れば、フィグ様は見たことがないほどやわらかに笑った。
『それでいい』
満足したのか、フィグ様は私の手を取って、『行くぞ』と部屋の外へ足を向ける。
「行くって?」
『人間は、応接間でパーティを開くのが好きなのか?』
柔らかな笑みはあっという間に、人を小ばかにするようないつもの傲慢な笑みに変わった。
「応接間?」
パーティ、の言葉に私がまさかと目を丸くすれば、フィグ様は、ふんと鼻を鳴らした。
応接間の扉を開けると、
「「ヴィティさん、お誕生日おめでとうございます‼」」
それはもうたくさんの声に包まれた。
ノアさんが私にグラスを手渡してくれて、竜騎士様たちがお祝いの歌を歌ってくださり、お兄ちゃんは私とフィグ様のグラスに揃いの酒を注ぐ。
「お兄ちゃん、これ、お酒っ……!」
「ヴィティも、今年で成人だからね」
「このお酒でしたら、初めてでも飲みやすいと思いますよ。一口だけどうぞ。苦手でしたら、他のものに変えますから」
ノアさんがそういうなら、と私がグラスにそっと鼻を近づけると、爽やかなマスカットの香りが抜けていく。甘みと酸味が絶妙に混ざり合い、遅れて柔らかな草木の渋みが残る。
「村長さんからいただいたんだ。ヴィティのためにって」
確かに、村でもブドウと共に植えていたけれど。まさか、自分のためにお酒をつくってくれていたとは思いもしなかった。大体、昨日会った時は、そんなことは一言も言っていなかったのに。
「さ、ヴィティさん、乾杯のお言葉を!」
他の竜騎士様たちからもそんな声が上がり、あれよあれという間に、みんなの輪の中心へと引っ張りだされてしまった。
ええい、ままよ!
「皆様、ありがとうございます! 乾杯!」
私がグラスを天高く掲げると、みんなからわぁっと歓声が上がる。フィグ様の方を見れば、彼もまたグラスを掲げ――そして、私に美しい神様の笑みを向けた。
(だから、そういうのがずるいんだってば!)
八つ当たり気味にグラスを口へ運ぶ。
果実水にも似た、スッキリとした味わいが舌に広がったかと思えば、ほのかな甘みが香りと共にやってきて、アルコール独特のツンとした辛みがピリリと舌を駆け抜けた。
渋みはあるが、えぐくはなく、物足りないくらいの爽やかな後味が、もう一口、と促すようだ。
「……おいしい」
私の感想に、竜騎士様たちが大いに盛り上がり、そこからはフィグ様のお誕生日パーティ同様、心ゆくまで祝われ、心ゆくまでドンチャン騒ぎとなった。
一人、また一人と出来上がっていく中、ノアさんから美味しい食事のプレゼントをもらい、お兄ちゃんから髪飾りとドレスは自分が贈ったものだから、と押し付けられ、フィグ様にはやっぱり変に絡まれて。
それでも、最高に幸せ。
遅くまで続いた宴会がお開きとなったのは夜も更けて日をまたいだころ。
『ヴィティ』
やっぱりお酒に強いらしいフィグ様の冷たい手が妙に心地よくて、アルコールの回った私は、お酒のせいか、その手を離したくない、と思ってしまった。
「フィグ様、ありがとうございます」
『ふん。普段からそれくらい、ワタシを崇めたらどうだ』
「フィグ様」
『無視か』
「これからも、よろしく、お願いします」
あ、眠い……。
もしかして、これも夢なのかな。
私がくぁ、とあくびをすれば、フィグ様がくしゃくしゃな、嘘偽りない笑みを浮かべたような気がした。
お兄ちゃんやノアさん、そして竜騎士様たちからのサプライズパーティーを受けたヴィティ。
嬉しそうな彼女に、フィグ様もご満悦です。
楽しいお誕生日サプライズもおしまいですが、ヴィティは次なる問題と対峙することに……?
次回「ヴィティ、突き付けられる」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




