第七十二話 ヴィティ、着飾る
私にからかわれてすっかりご立腹となってしまったフィグ様の背に乗って、両親が住んでいたという家を後にした。
まだ日は高いが、フィグ様のお屋敷に着くころには夜になっているだろう。
帰り道は、フィグ様のご機嫌が斜めだったこともあって、行きほど快適な旅にはならなかった。途中で何度も振り落とされてしまうんじゃないかと思ったし、フィグ様が無駄に低空飛行をしたりするせいで、近くの町の人を驚かせてしまったに違いない。
(後でお兄ちゃんに、お詫びの品を送っておいてもらおう)
竜神様によって被られた様々な害は、国費で落ちるらしい。お兄ちゃんから教えてもらった時には、正直唖然とした。フィグ様が今までに何をやらかしてきたのか、聞きたくもないが、おそらく、そこそこの大金が動いているはずである。
今後は、そんな無駄なお金を国に使わせないように、フィグ様をもっと厳しくお世話せねばならない。
『誰のせいだ!』
フィグ様の怒声が頭に鳴り響く。
「お誕生日のお祝いをお願いしただけじゃないですか」
なだめるように、どうどう、と鱗を軽くたたけば、フィグ様に『うざい』と一蹴された。なんとも酷い言われようである。
「でも、本当に嬉しかったです。私、お誕生日なんてお祝いされたこともなかったので」
そもそも、誕生日を知らなかったくらいだし。
「もしかして、この旅行もお誕生日のお祝いだったんですか?」
違う、と言われるだろうなと思いながらも浮かんだ疑問を素直に口にする。内心にとどめておくには、少しむずがゆかったから。
『だったらなんだ』
「え」
『貴様が、行きたいと言っていたのだろう』
「……そっ! そりゃ、そうですけど、本当に、本当なんですか⁉」
『嘘をつく必要がない』
私は思わずフィグ様の鱗をペチペチとたたく。嬉しさと困惑と驚きと……その他もろもろが一緒くたになって、どうにもこうにもじっとしていられなくなってしまった。
だって、まさか本当に私の誕生日を祝うためだなんて。それじゃぁ、まるで。
「フィグ様って、神様みたいですね……」
『みたい、ではなく神だ!』
うるさい、と頭の中で怒鳴り散らされても、私の心拍数は上昇を続けるばかり。
「フィグ様……!」
本当に、ここ最近のフィグ様の成長たるや。わが子を見守る親の気持ちが分かる。私の場合は、私を育ててくれた村長の気持ち、だろうか。
一体ぜんたい、どういう風の吹き回しなのだろう。
はじめからこれくらい優しさにあふれていれば、きっと、フィグ様は今頃国民から愛される神様だったに違いないのに。いやいや、今からでも遅くはない。フィグ様がみんなに好かれる日も、そう遠くはないだろう。
「フィグ様、本当にありがとうございます」
一番、フィグ様のことを良く知る私が、今こうして無意識にもフィグ様の首のあたりをギュウギュウと抱きしめる程度には、フィグ様は素晴らしい神様なのだから。
『は、離れろ!』
「昨日は、自分からしてきたじゃないですか! どうして私の時だけダメなんですか!」
『うるさい!』
私が反骨精神全開でフィグ様に抱き着くと、フィグ様はあろうことか空中で一回転して、私を半ば強制的に引きはがした。口からこぼれた悲鳴が、空いっぱいに響く。
(前言撤回! やっぱりフィグ様、酷い!)
『ふん! 大人しくしておけ!』
憤った私への主命令は、ほんのちょっとだけ譲歩の色が滲んでいる。
(なんて。こんなフィグ様とのじゃれ合いもちょっとだけ楽しいだなんて、私も、この間から変かも)
妙に高鳴った鼓動が、先ほどの恐怖のせいだけではないことには見て見ぬふりをした。
フィグ様に抱えられて、見慣れた屋敷の庭へと着地したころ、あたりはすっかり暗くなっていた。
ちょうど夕食時なのか、お屋敷の方からやけに良い匂いが漂ってくる。今日は、私とフィグ様がお出かけしているから、ノアさんが料理を作ってくださっているのだろう。
『着いたぞ』
「わかってますよ。降ろしてください」
『ならん』
「なっ!」
主人に抱きかかえられながら、庭を横切る世話係など、一体どこにいるというのだろう。それも、一度ならず二度も。前回同様、小窓から私たちを見つけた竜騎士様と目が合って、私は咄嗟に顔を伏せる。
「……もう! いいです!」
今日だけは、特別だから。そう自分に言い聞かせて、大人しくしている方が得策だと切り替える。言い合いをしてフィグ様の足を止めるよりも、さっさと屋敷の中へ入ってしまった方がいい。
さすがに、屋敷の中ではフィグ様も私をおろすだろうし。
「おかえりなさいませ」
玄関扉が内から開かれ、お兄ちゃんの声がする。
『邪魔だ』
「準備は出来ております。フィグ様はこちらに」
『わかっている。先にヴィティを連れていく』
「へ⁉」
スタスタとお兄ちゃんの横を通り過ぎるフィグ様は、なぜか私を抱えたまま屋敷の中を突き進む。一体どういう状況だ、これは。というか、フィグ様、そっちには浴室くらいしかありませんよ⁉
私がパニックになりながら、後ろをついてくるお兄ちゃんへ目くばせを送ると、お兄ちゃんはニコリと麗しの笑みをこちらへ投げかけた。
「ヴィティ、今日は君が主役だ。お誕生日おめでとう」
お兄ちゃんの声がまるで合図だったとでも言うように、フィグ様が浴室の入り口を開けて、私をおろす。瞬間、中で待ち構えていたノアさんが私の手を取った。
「ヴィティさん。失礼いたします」
キラリと職人の目つきに代わるノアさんの姿に、私は過去の記憶……それも、とある一瞬をドンピシャで思い出した。
浴室の扉が閉められ、兄とフィグ様が外へ追いやられたかと思うと、身ぐるみをはがされ、湯浴みが始まる――
(これ、初めてここに来た時と一緒……!)
あの時はもっとたくさんの女性がいたが、完璧超人ノア様にかかれば私の湯浴みと着替えなんぞは一人で十分らしい。
抵抗する隙が与えられないどころか、抵抗すれば命まで簡単に奪われてしまいそうな鬼気迫るノアさんの顔に、私は大人しくされるがまま。
湯浴みの後は、髪をブラッシングされ、王城へ出向いた時ぶりの豪奢なドレスを着せられる。粉をはたかれ、紅をひかれ……まさに、フィグ様とご対面したあの日の如く。
「ノ、ノアさん」
「もう少しで終わりますから、静かにしてください」
ピシャリと言われれば、私も黙る他ない。
(っていうか、これ、ノアさんも私の誕生日だって知ってるってこと⁉)
一体、いつからそんな話になっていたのだろう。まったく気が付かなかった。フィグ様にサプライズを仕掛けた時のことを思い出し、フィグ様もこんな気持ちだったのだろうか、とその胸中の複雑さに同情が隠せない。
嬉しいけど……嬉しいけど……!
困惑と驚きが、嬉しさに負けてしまって怒るに怒れない。なんなら、すでにワクワクしてしまっている自分がいる。
「終わりましたよ」
最後に、髪留めを飾られて、ノアさんがほんの少しだけ微笑んだ。
「ヴィティさん、お誕生日おめでとうございます」
お綺麗ですよ、と褒められて、渡された鏡。
そこに映っていたのは、確かに、自分とは思えないくらいに整えられた――まさに、誕生日の主役に相応しい私の姿だった。
実家を離れて、フィグ様のお屋敷へと戻ってきたヴィティたち。
早速着替えをさせられて、着飾ったヴィティですが、その訳はもちろん……?
マリーチさんやノアさん達からのお誕生日サプライズがまだ残っておりますよ~!
次回「ヴィティ、再び祝われる」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




