第六十八話 ヴィティ、墓参りする
村長が私たちの姿を見つけたのは、それからしばらくしてからだった。もう少し早ければ、フィグ様との熱い抱擁シーンを見られていたところだった。危ない危ない。
村長は竜の姿を見たという村人たちに呼ばれて、ブドウ畑を見回っていたところだったらしい。
懐かしい、しわがれた声で呼ばれて、私は一目散に村長の胸元へ飛び込んだ。
『ヴィティ』
後ろから氷柱のごとく突き刺さる声に、村長が肝を冷やすまでは。
村長も、村人たち(もちろん、世話係の噂を知っている女性を除いて、だが)も、私とフィグ様を歓迎してくれた。
どうやら、私が世話係になってから、村には膨大な支援金が振り込まれているらしく、まさに神様フィーバーに沸いていたらしい。今年はいつもよりたくさんのワインを出荷しますよ、とフィグ様に宣言していて、フィグ様もまんざらではなさそうだった。
この村のワインが好きだっておっしゃっていたのは、本当だったみたい。
しかも、豪勢な晩餐をふるまえるくらいには村もお金を持てるようになったようで、大盤振る舞いだと村人たちは湧き上がっていた。
あまりストレートに褒められることに慣れていないからか、終始満足げだったフィグ様が、名残惜しそうに
『まだ行くべきところがある』
なんて断ったので、残念ながらその話はお流れになってしまったけれど。
ちなみに、私は次の行先を知らない。村に行くと聞かされていたから、てっきりこれで旅程は終了。このまま、村長の家かどこかにでも泊まらせてもらうものかと思っていた。
村長は当然、
「さすがは竜神様! 困っている方々をお救いになられるため、奔走されているのですね」
と目を輝かせていて、私は村長に現実を教えてあげたくなってしまう。もちろん、フィグ様のお力で、私の口は縫い付けられてうまく話すことも出来なかったのだけれど。
「もっと、ゆっくりしていっていただきたかったですが、お引止めするのも心苦しい。ヴィティをよろしく頼みます」
村長が深々と頭を下げて、早々に私たちを見送ろうとするものだから、さすがにそこはもっと引き止めて欲しかった、と私は村長を睨みつけた。
久しぶりの再会なのだ。もっと喜んでくれてもいいじゃないか。
もちろん、村長からすれば、きっとまたいつでも私が帰ってこれるだろう、と思っているに違いない。何も知らないおじいちゃんは、一度そうだと思い込んだら、それ以外の可能性は考えられないんだから。
けれど、
『ここのワインは悪くない。また、寄らせてもらう』
そうフィグ様が返事をしたから、これには私もびっくりした。
「また、来れるんですか⁉」
『来たくないのか?』
「いえ! だって、これはサプライズ、なんでしょう?」
『ふん。サプライズでなくても、来たければ来ればいいだろう』
フィグ様が珍しくまともなことをおっしゃられている、と私が口を大きく開ければ、村長に
「こら、ヴィティ。わがままを言って迷惑をかけるんじゃない」
と頭を小突かれた。「いて」と声を上げると、フィグ様はそんな私たちを見て鼻で笑う。相変わらずむかつく神様め。
「竜神様。今度来られる時は、村総出でお出迎えをさせていただきますので、ぜひ、これからも何卒よろしくお願い存じ上げます」
深々と頭を下げる村長に、フィグ様が軽く手を挙げて答えると、村長は鼻血を出してぶっ倒れた。
「うわぁ……」
まさか、村長がここまで竜神様に惚れていたなんて。確かに、見目だけは麗しいけれども。知りたくなかった村長の一面にドン引きした私の手を、フィグ様がこれ見よがしに引いて歩き出す。
『行くぞ』
「行くぞ……って、ちょっと! これ以上どこへ行くんですか⁉」
『ついてくればわかる。そう遠くはない』
とはいえ、フィグ様は竜の姿になって、私をあっという間に空高くへと連れて行った。
フィグ様の背から村を見下ろすと、眼下で大きく手を振る村人たちの姿が見えて、私も大きく手を振った。
そう遠くはない、と言ったフィグ様の言葉は嘘ではなかった。
竜となって飛んでから数刻と経たないうちに、フィグ様は高度を落とし、私を地上へとおろしたからだ。
目の前に広がるのは大きな湖。
それから、いくつかの古くなった建屋だった。
「……ここは?」
『ヴィティの、生まれた場所だと聞いた』
フィグ様は、ボソリと呟いて人の気配すらない廃村を見つめる。
「私の、生まれた場所?」
村から少し離れた湖のほとり。そこに両親は住んでいた。流行り病で、村ごとなくなってしまったと聞いていたけれど。
「まさか、ここが?」
『シャヴォンヌ、というらしい』
それは、美しいヴォヌール語の発音だった。グルゲン語しか話せないフィグ様の口から飛び出したとは思えないくらい。
「……シャヴォンヌ」
『貴様の、ファミリーネームと同じだな』
先ほどまで廃村の方を見つめていたフィグ様が、湖の方へと今度は視線を投げる。
どこまでも澄んだ湖は、水草や周りの丘陵、木々の緑を写し取って、エメラルドグリーンに深く輝いている。水際に堆積した小さな岩も、丘から続く砂浜も、海というものを見たことがない私には新鮮だった。お兄ちゃんと一緒に本で学んだあの海は、こんな感じなのだろうか。
対岸には、切り立った山の岩肌が見えて、落ち着いた印象を与えている。
手前には、もう何年も放置されているであろう木製のボート。色あせていて、所々穴が開いているから、使い物にはならないけれど。
この湖を、きっと、みんなで渡ったり、泳いだりした日もあったのだろう。
『墓参りを、したいと言っていただろう』
フィグ様に手を摑まれて、私は湖から視線を離した。
(お墓参りがしたいって言ったことも、覚えていてくれたのか)
村にあるお墓は、私が簡易的に作ったものだから、本当の両親のお墓参りに来るのは初めて。まさか、それすら叶えてもらえるなんて、夢にも思ってみなかった。
「フィグ様、私、お墓の場所は……」
そもそも、シャヴォンヌに来たのだって初めてだ。両親の墓を、村長たちがどこに作ったのか知らない。フィグ様は、分かるのだろうか。
『当たり前だ』
フィグ様は、ズカズカと村へ足を踏み入れる。とはいっても、その足はすぐに村の入り口で止まった。
多くの木製の十字架が、しっかりと村の入り口にいくつも立っている。村長たちもお金がない中でやってくれたことだから、むしろ残っているだけでも奇跡だと感じるような造りだ。
おそらく、流行り病を危惧して、村の奥までは足を踏み入れることが出来なかったのだろう。もしくは、長時間の作業が出来なかったか。
私はそれでも、その十字架一つ一つに両手を合わせて祈る。両親の名前は知らないから、刻まれた名前のどれが、両親のものなのかは分からなかったけれど、皆、シャヴォンヌの名を冠していたから、きっと一族で住んでいたのだろう。ならば、皆家族だ。
『今日は、ここで過ごす』
祈りを終えた私に、フィグ様は再び私の手を引いて歩き出した。今度は、湖の方へ。
『流行り病はすでに消えた。湖畔に、一つ残っている家がある。竜騎士の手も入れさせたから、間違いない』
「どうして、この村で?」
『貴様の、生まれた場所なのだろう。一つくらい、思い出とやらがあっても良いに決まっている』
随分と、人間臭い考え方をするのだな、なんて私がフィグ様を見やれば、彼はフイと顔を背けて、
『人間とは、そういうのが好きな生き物だろう』
と付け足した。
村長たちとの挨拶もそこそこに、ついに生まれ故郷シャヴォンヌへとたどりついたヴィティ。
両親たちが眠った地をヴィティに見せてあげるなんて、フィグ様のサプライズはさすがですね。
生まれ故郷で迎える二人きりの夜。なんだか特別なものになる予感! です!
次回「ヴィティ、思い出を作る」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




