第五十話 フィグ、認める
今回は、ノアさんが苦手すぎるあまり逃げ出したフィグ様視点です。
(まったく! あんなやつが適合するなど!)
信じられん、とワタシは大きく鼻から息を吐き出す。フスーッと音を立てたそれは、無意識のうちに竜の力がこもってしまったのか、空気を凍らせた。凍ったいくつかの塵が、キラキラとダイヤモンドのように床へ落下する。
そもそも、なぜあの女が、世話係としてやってきたのか。全く理解できない。
以前、一日、ヴィティの代理だとかでやってきた時の働きぶりは、決して悪いものではなかったが、とても神を信仰しているとは思えない態度……どころか、ワタシを殺そうとしているのではないかと思えるほどの態度にも見えた。
ヴィティのようにわかりやすければ、いくらか救いもあるものの、心の内を読むことすら出来ず、何を考えているかさっぱり分からない。最も厄介な相手で、もはや生理的に無理、と言い換えてもいい。いや、言い換えるどころか、ワタシには耐えられん。
あんな能面女と一つ屋根の下? ヴィティがいるとはいえ、接触は避けられない。
(一体、何が目的だ)
二度と、顔を合わすこともないだろうと思っていたのに。
『まさか……あの女、ワタシをからかっているのか⁉ そうとしか思えん! 神を愚弄するなどと!』
でなければ、つじつまなど一向にあわないだろう。あの女は確か、軍人の家に勤めるハウスキーパーで、衣食住のどれ一つとして困った様子もなければ、ヴィティのように村のためだなんだ、と大義名分があったわけでもないはずだ。
ならば、考えられることは三つしかない。というよりも、今までの世話係は三つにしか分類できなかった。
神に恨みがあるか、金に執着しているか、はたまた、愛に飢えているか。
しかし。
『あの女……』
その三つ、どれにも当てはまらないような気がするのだ。人間とはかくも不可解な生き物だ、とワタシはこの二千五百年の間に嫌というほど学んできたが、あの女ほど不可解なものもない。
即刻お引き取り願いたい。一秒でも早く、この屋敷から立ち去ってほしい。理解不能、神もドン引きな規格外鉄仮面女の存在に、唯一心休まる自宅という聖域を侵されているのだ。由々しき事態である。
殺すと脅してでも……いや、半殺しにしてでも、屋敷から追い払ってやりたい。
『くそっ!』
ワタシは悪態をついて、ベッドへ身を投げ出した。
きっと、一年ほど前ならそうしていた。それが出来ないのは――
(ヴィティ……貴様、これで満足か)
シェリーカラーの髪を揺らして笑う、美しい娘。ヴィティのせいだ。
彼女は常に世話係の増員を望んでいたし、現に、先日は過労で倒れている。竜の血を飲んでもなお、倒れるほどに働きづめだったのだ。自分の体調管理もまともに出来ず、世話係として恥ずかしいばかりだが、その要因の一つに、ワタシも混ぜられていては落ち着かない。主のせいにするな、と一蹴出来れば良いのに、心根がそうはさせてはくれないのだ。煩わしい。イライラする。
あんな能面女でも、ヴィティが喜んでいるのなら、辞めさせない方が……良い……はず……。良い、のだ。
ヴィティの……ため……ぐっ……。
認めたくないが、心底、本当に、絶対に、認めたくないのだが、ワタシは、あろうことか神であるワタシは、あんな馬鹿で阿呆でノロマでドジで方向音痴でネーミングセンスが皆無で、でも憎めないところがあり、ま、まぁまぁ、人間にしては整った容姿で、素直で、人間にしては敏く、か……かわ……かわいい、ところも、あるような、ないような、そんなヴィティのためならば、我慢せざるをえないのである。
認めたくなどないが、認めざるをえないのだ。
いくら水と油ほどに馬の合わない新しい世話係を連れてこようとも、その存在を、無下には出来ない。
『ワタシが、神だぞ⁉』
とはいえ、やはり素直にだんまりを決め込むことは出来ず、せめてもの悪あがきに、と今朝がたヴィティが洗ってくれたばかりの新しい枕に顔をうずめてうめき声をあげた。
こんなのは、神のやることではない。
……だが。待てよ。
良いように考えれば、手足が増えたということ。掃除や洗濯はヴィティがしなくても良いし、なんなら、料理だってあの新入りにさせればいい。ヴィティはその分手が空くし、そうすれば、もっとワタシと長い時間を共にすることも出来よう。
うむ。なかなか良いじゃないか。
持ち前の神がかったポジティブシンキングで、無理やり、あの新しい世話係の存在意義を見出す。
そもそも、ワタシは神だからな。哀れな人間の生きる意味とやらを見出してやらねばなるまい。
『ふん。あの女、とことん利用してやる』
竜の血を飲んでもケロリとしていたあいつのことだ。ヴィティよりも丈夫な体に違いない。先の代理の時でさえ、およそ人間離れした仕事量をこなしていたし、ヴィティに仕事をさせる必要すらないだろう。
『悪くない』
完璧な計画だ。
そうと決まれば、早速ヴィティの部屋をワタシの部屋の隣に移動させねばならない。ヴィティと少しでも共にいるために、ヴィティの引っ越しだ。
あの女に初仕事をくれてやろう。仕事をやるのも主の務めだからな。ヴィティは今まで、文句は多かったが真面目に仕事をこなしていたし、休暇を与えるのも悪くない。
あぁ、そうだ。今までは面倒だった屋敷の管理とやらも、あの女がいれば問題ないのだ。ワタシとヴィティが屋敷に残らず、どこかへ出かけたとしても、留守はあいつに任せていればいい。竜騎士と違って、屋敷を荒らすような真似もしないだろう。
『……良いぞ、さすがはワタシだ』
神だから、これくらい当たり前だが。
ワタシはもはややけっぱちともとれるテンションで笑う。そうでもしなければ、この、ヴィティへの感情も、あの新しい世話係の存在も認めることが出来ない、とは言うまい。
『はっ! もしや!』
ついでに、ヴィティにかまってばかりだったうざったらしい竜騎士マリーチも、ヴィティから遠ざけることが出来るのではなかろうか。兄妹だかなんだか知らんが、ヴィティにベタベタと鬱陶しいことこの上ない。あのシスコンめ。
今までは、竜騎士と竜の世話係という関係性だけに見逃してやっていたが、竜の世話係が増えたのだから、一人にばかりはかまっていられなくなるだろう。しかも、どうやら新入りと竜騎士は知り合いのようだ。互いに会話の一つや二つ、花咲くこともあるに違いない。
『ふっ……すべての舞台が整ったな……』
全て、計算通り。これぞ、神の成せる業。
ワタシは、いよいよ本格的に笑みを抑えきれなくなった。
ヴィティと一緒にいられることが、そんなに嬉しいのか?
今なら開き直って言える。イエス、だ。間違いなく、イエス。
この感情をなんと呼ぶのかは知らん。だが、神の寵愛を受けられるヴィティは、さぞ喜ぶに違いない。なんてったって、このワタシの愛を存分に受けられるのだから、これを幸せと呼ばずして、なんと言う。
ワタシが神でなければ、この国は当の昔に滅びていただろうな。こんなに素晴らしい神の生まれた場所に、国を建設した初代の王の顔を拝んでみたいものだ。いや、拝んだか。もう千年は前のことで、男の顔など微塵の興味もないから、すっかり忘れてしまったが。
とにかく、明日からはヴィティを囲い、あの女に全てを任せればいいのだ。
そうと決まれば――
ワタシは、偶然部屋の前を通ったヴィティが
(寒気が……。夏なのに、ここはやっぱり夜になると冷えるわね)
と心の内に呟いた声を聞きながら、明日からの予定を立てるのだった。
なんとか持ち前のポジティブシンキング(?)で、ノアさんとの距離感を見出したフィグ様。
おかげで、自らの気持ちにも素直になれたようです!
ヴィティともっとイチャイチャするために、彼女の仕事をノアさんに押し付けようと画策するフィグ様ですが、そんなことを露ほども知らないヴィティは……!?
次回「ヴィティ、干される?」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




