第四十八話 ヴィティ、止める
スリーズさんは、絶対に私が守って見せる!
「ようこそ! スリーズさん!」
そんな気概で、盛大にスリーズさんをお出迎えしたら、スリーズさんはパチパチと目を瞬かせて、きょとんと首をかしげた。
「……お出迎え、ありがとうございます?」
さすがに予想していなかったのか、語尾にクエスチョンマークがついているのが透けて見える。
あぁ、スリーズさん。しっかりしているようで、こういう素のところは愛らしいお方なのですね! お姉さま! 素敵です!
私がうっとりと見つめていると、
「こら。ヴィティ、ノアを困らせるんじゃないよ」
と呆れたような声が聞こえた。
「いえ。マリーチ様。まさか、歓迎していただけるとは思わず、驚いてしまっただけですので、お気遣いなく。ヴィティ様、今日からよろしくお願いいたします」
スリーズさんは、相変わらず表情を一つも変えないまま、完璧なお辞儀をしてみせる。
「こちらこそ、よろしくお願いします! スリーズさん!」
私がスリーズさんの手を取って大きく縦に振っても、スリーズさんは、やはり、ぴくりとも表情筋を動かさなかった。
「ノアと呼んでください」
「では、ノアさんと! ノアさん、私のことも、ヴィティと呼んでください! 様付けなんて、慣れていなくて」
「ですが、ヴィティ様の方が、こちらに長く勤めていらっしゃる世話係ですから。いわば、メイド長のようなものだと、認識しております」
「そんな! 一年と変わりませんよ! それに、ノアさんの方が、ハウスキーパーとしての歴は長いわけですし、年齢も、ノアさんの方が上なので!」
私が全力で突き返すと、ノアさんは「では」と一瞬だけ眉を下げて、
「ヴィティさん、よろしくお願いします」
と再び丁寧なお辞儀をした。手をブンブンと振られている最中でも、完璧なお辞儀が出来るなんて、やっぱりノアさんはすごい!
私とノアさんのやり取りを見守っていた兄は、私たちの手が離れた瞬間を見計らって促す。
「それじゃぁ、早速、竜神様にご挨拶へ行きましょう」
どうやら、知り合いとはいえ、一応、竜騎士として、竜の世話係の案内をするつもりらしい。
けれど――
「ちょぉっと待ったぁあ‼」
私が全力でお兄ちゃんとノアさんの間に割って入る。
そう簡単に行かせるものですか!
竜の血など、飲まなくてもいいものを飲ませて、万が一にでもノアさんを失う訳にはいかない。ならば、力づくでも、あの忌まわしき儀式を止めるだけである。
「そうはさせませんよ! ノアさんは、私が案内します!」
「ヴィティ……」
はぁ、と呆れたようにため息をつく兄も、今回ばかりは私を止められないだろう。いくら国の命とはいえ、お兄ちゃんだって、ノアさんが竜の血を飲むことは望んでいないだろうから。
「フィグ様だって、まだお昼寝中です! 先に、世話係としてのお仕事をお教えしたっていいでしょう?」
「ヴィティ。もしそれが事実だとするなら、竜神様を起こしに行くのが、今日のあなたの仕事では?」
「いいえ! 主様のお昼寝を、私たち人間の都合で邪魔することなど許されませんもの!」
「そういう時ばかり、いいように神様を使うのはやめてくれ。ずるいぞ」
「ずるくないですよ! だいたい、それはこちらのセリフですから!」
『うるさい』
ギャーギャーと玄関先で繰り広げた兄妹げんかの間に、雪塊が一発投げ込まれる。
私とお兄ちゃんは、ピタリと口を止めて、ギチギチと音が鳴ってるんじゃないかと思うほどぎこちなく顔を動かした。
『……主に昼寝をさせることすら、満足に出来んの、か……?』
私とフィグ様の目がばっちりと合った次の瞬間、フィグ様の目がカッと見開かれた。
「フィグ様! あの! 違うんです!」
「竜神様! 今はちょっと!」
私とお兄ちゃんの押し合いへし合いを無視して、フィグ様が固まる。私と兄も、ようやくそのフィグ様の姿に再び口を閉じて……。ゆっくりと、今度は後方へと顔を向けた。
すました顔のノアさん。その視線の先に、驚愕を顔に張り付けたフィグ様。
「えぇっと……」
私が口を開きなおしたと同時、
『貴様! なぜここにいる!』
「その節は、世話係代理としての名誉をたまわり、光栄に存じます」
怒鳴り散らすようなフィグ様の声と、澄み切った空のように凛としたノアさんの声がシンクロした。
「フィグ様! おやめください!」
『ヴィティ、邪魔をするな!』
「そうですよ! フィグ様! やっぱり、こんなことはやめましょう!」
『うるさいうるさいうるさい‼』
貴様ら全員まとめて追い出してやる、と口から火でも噴くんじゃないかと思うくらいの怒号をフィグ様があげる。
そんな私たちを、当事者であるノアさんがもっとも冷静に見守ってくださっていた。
どうしてこんなことになったのか。
フィグ様の体を必死に抑えながら、私は思考を巡らせる。
ノアさんの姿を見たフィグ様が、何を思ったか、ノアさんを追い出そうといきなり竜の力を行使した。それを私が間に割ってはいってフィグ様を止め、お兄ちゃんがノアさんを守った……ところまでは、まぁ、もう、一万歩くらい譲っても良いとしよう。
問題はその後で、ノアさん自らが
「世話係として、こちらで働かせていただくことになりました。ひいては、正式にそのお役目を賜りたく存じます。竜の血を頂戴できませんでしょうか」
なんて切り込んだものだから、私もお兄ちゃんもてんやわんやである。しかも、フィグ様はノアさんと相性が悪いのか、それはもう全力で拒否するかの如く、あろうことかノアさんに背を向けたのだ。クラウチングスタートを切って、走り出したようにも見えた。
「竜神様!」
しかし、ノアさんも諦めない。フィグ様を上回る速度でその背を追い、二階の踊り場で、見事なまでの壁ドンをフィグ様にぶちかました。
「どうぞ、竜の血をお恵みください」
もはや、世話係のそれではない。もちろん、その時の表情も一糸乱れぬすまし顔だったに違いないのだが、背中越しにも鬼気迫るものが見えた。
どうしてそこまで竜の血を飲むことにこだわるのか……もとい、竜の世話係になることを望むのか。
さすがの私とお兄ちゃんも、ノアさんのその強い執着心にはポカンと口を開けてしまった。
だが、そうして呆けてばかりもいられない。
フィグ様はドン引きしながらも、自らの血が人間にとって毒であり、これを与えれば、なかなかの高確率でノアさんとおさらばできる、と考えたのだろう。さすがは神である。神は神でも、死神のそれだが。
「フィグ様!」
私が声を上げた時には、時すでに遅し。
フィグ様は、自らの手だけを竜の姿の時のような、氷柱のように美しくとがった鉤爪に変化させ、反対の手の甲にそれを突き立てたのである。
そこからの、私とお兄ちゃんの行動たるや。褒めてつかわれたい。
全力疾走で、ノアさんをフィグ様からはがし、フィグ様をノアさんからはがし――
「冷静になって話し合えばわかるはずです‼」
今に至る。
「ノア、君も落ち着いて! どうして君がそこまでこだわるのか、俺は知らない! けれど、命を自ら捨てるような真似はやめるんだ! 俺が、竜騎士として責任をもって、君を竜の世話係と認定する!」
必死にノアさんを抑え込むお兄ちゃんに、ノアさんは一瞬だけ、それはもうほんの一瞬だけ、笑みを浮かべたような気がした。
「いいえ、マリーチ様。わたくしは、決めたのです」
ノアさんは、たった一言そう告げると、奇跡のような体さばきで、フィグ様の手から滴るその血を両の手に受けた。
「ノアさん!」
「ノア!」
私とお兄ちゃんの声が同時に響くも、あぁ、無情。
ノアさんはゴクリと、手を染め上げた真っ赤な竜の血を、飲み干してしまった。
相性最悪なフィグ様とノアさんの間に挟まれ、あたふたする兄妹二人。結局、ノアさん自身のすさまじい執念により、竜の血を飲むことを阻止することは出来ず……!?
果たしてノアさんの運命は!?
次回「ヴィティ、同盟する?」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




