第四十五話 ヴィティ、選ぶ
私のもとに竜騎士様が伝言を届けに来たのは、王城へ行ってから二週間が経ってからのことだった。
大々的な選考会、と銘打ったはいいものの、結局集まった人数は多くなく、私の出番となる最終面接日があっという間にやってきたのである。
『アットホームな職場です』と書かれたそのすぐ下に『竜の血を飲む必要があり、場合によっては死に至ります』なんて書かれている募集要項で、よくぞ集まってくれたものだと言いたいくらいだ。
そのほとんどが、金に目がくらんだか、竜騎士様に目がくらんだか、はたまた、少し変わった趣味を持つか、といった様子で、そういった者は皆、竜騎士様との面接で不採用を言い渡されている。結局、最終面接にまで残った女性も片手に満たない。
身分を問わず募集したため、最終面接に残った乙女は三者三様らしいが、少なくとも、凡人であるとは思えなかった。
「ヴィティ?」
大きな扉の前で立ち尽くした私に、隣から声がかかる。
「大丈夫かい。顔色が悪いようだけれど」
兄に顔を覗き込まれ、私は曖昧に笑みを作って見せた。
正直、胃が痛い。いくら、竜の血を飲んで死ぬかもしれない、なんて奇天烈なうたい文句を了承して応募してきたとはいえ、選んだ女性を殺してしまうかもしれないのだ。
これは、国を守る神の命令であり、国の命令。逆らえば、私が竜騎士様の手によって殺される。なんて言われても、殺人未遂は立派な罪である。
「……本当に、選ばなくちゃだめですか」
「最終的に判断するのは、選ばれた人間だ。今回は、事前に拒否権を与えているし、実際に竜の血を飲む前にも確認を取るよ」
私の時には取らなかったじゃないか、とねめつければ、お兄ちゃんは肩をすくめた。
「ヴィティが進言してくれたから、少しだけ倫理的な処置をとってもらえたのさ。それまでは、国のお偉い様方は、神の血で死ねるなんて光栄だろう、くらいに思っていたよ」
神様が神様なら、国のお偉い様方もお偉い様方である。
この国が生まれる前から、竜神様がいたというから、この生贄めいた儀式も、当たり前の文化として定着してしまっているのかもしれないが、国を守ってもらうために――多くの命を救うためには必要な犠牲だ、と言い切れる人間に反吐が出そう。
「実際、俺たち竜騎士が貴族や軍人から選ばれるのも、そのためだ。竜騎士なんて、死刑執行人だからね。普通の人では、心がもたない」
世俗から離れれば離れるほど、死という概念からは遠のくらしい。日々、生きるのに精いっぱいだった私からすれば、どんな命だって、等しく同じものなのに。
「とにかく。逆らうのなら、俺はヴィティを処刑しなくちゃいけなくなる」
竜騎士というよりも、軍人としての言葉だろうか。わざとそうしているのか、サラリと言ってのけた兄は、まさに初対面の時に向けた厳しい視線を私へおくる。
唯一の家族を、この手で葬らせないでくれ。水草の色を写し取った、澄んだ湖のような瞳の奥に悲哀が見えて、私は目を伏せた。
「……それでも、緊張せずにはいられないんです」
仮に、竜の血の話を置いておいたとしても、私は、人を評価できるような人間ではない。一緒に働く仲間を選べるような立場でもないだろう。
「ヴィティ」
ぐずる私を、厳格な声で呼ぶ。兄は、もうすっかり竜騎士として覚悟を決めていた。
「この先には、大臣も、副大臣もいらっしゃる。国の人間だ。俺たちの命なんて、それこそ軽くあしらえるようなね。ここから先は、もう、後戻りできないよ」
私の退路を断つ一言を添えて、彼はドアノブに手をかけた。
「大丈夫。ヴィティは、俺の知る限り、最も神に愛されている乙女だ。ヴィティの選んだ人なら、きっと、竜神様にも認めてもらえる」
ダダをこねるよりも先に扉が開かれてしまって、私は閉口せざるを得なかった。
扉の向こうに座っていた面々の瞳が、一斉に私と兄へと向けられる。
大臣と副大臣からは、共犯者を歓迎するようなあたたかな目で。最終面接に残った乙女からは、値踏みするような冷たい目で。
(あぁ、もう! みんな、断ってよ!)
自分から世話係を増員しておいてほしいと言っておきながら、勝手だとは思うが。
少しばかり境遇が違うとはいえ、かつての自分と同じ道を歩もうとしている乙女たちに、懇願にも似た瞳を向ければ、乙女たちは私を値踏みしていた瞳に、それぞれの炎をたぎらせた。
静かながら、訴えかけるような目が、口以上に多くを語る。
瞬間、私は理解する。
彼女たちも、自らの命にかえてまで貫きたい何かがあるのだ、と――
村のためなら、この身を差し出そう。そう決めたあの日の自分と、乙女たちの姿がやけに重なって見えた。
目の前に座っているのは、ただの乙女ではない。あの応募要項を馬鹿がつくほど真面目に受け止め、竜騎士様による圧迫面接を乗り越え、最終面接までたどりついた乙女たち。
竜の世話係になる条件。竜の血という『毒』を跳ね返せるだけの胆力を最低限持ち合わせた、猛者たちなのだ。
それ相応の覚悟でもって、こちらも挑まねばならない。
私がようやく背筋を正して、最後の空席に腰かけると、隣で竜騎士マリーチがフッと笑ったような気がした。
一人目の女性から、すさまじかった。何がすごいってもう、肝が据わっているなんてレベルじゃない。目だ。目が据わっている。この国の裏を掌握してるんじゃないか、と思うほどの眼力だった。この世のすべてに対する怒りが凝縮されている。
第一声も衝撃的。
「アタシが、竜神様を殺す」
おい、誰だ。この乙女……ガチ猛者を最終選考にまで残したやつ!
「面白いでしょ?」
(最悪だ!)
私が思わず兄へギロリと目を向ければ、彼は何食わぬ顔で女性にいくつかの質問を続けていた。変わり身の早さが腹立たしい。
選ばれし純潔なる乙女からは程遠いともいえる女性だが、その容姿は確かに端麗だ。どこか妖艶な雰囲気があり、ざっくりと胸元が開いたドレスからは、その豊満な胸がこぼれそう。フィグ様の好みは知らないが、ボインが好きなら、間違いなく彼女を選ぶだろう。
名前は、と今までの面接で竜騎士様が変わるがわる取ってきたメモに目を落とすと、メロウ、と書かれていて、私は数度まばたきをした。
(この名前、どこかで?)
でも、どこだったか思い出せない。なんとなく、この女性を雇うのはヤバイ気がする。フィグ様を殺すという精神ももちろんだが、それ以外にも……。
「あ!」
「どうかした? ヴィティ」
思い出した、と反射的に声を出したら、兄は目の前の女性以上に悪人の顔つきで微笑んだ。
「メロウ・グラーノ。右の扉へ。先に竜騎士がいます。そこで話をお聞きしたい」
私が長机の下で、兄の太ももをツンツンとつつけば、彼は大層美しい顔を嬉しそうに歪めた。
「こんなにも簡単に、ネズミ自ら罠にかかりにくるとはね」
フィグ様よろしく冷たい声は、私にしか聞こえない声量。
どうやら、この後彼女は竜騎士によって捕縛され、お縄となることだろう。
どうやって種をまいたのか知らないが、私は一人、兄の恐ろしさに打ち震えるのだった。
二人目は、先のメロウの雰囲気にすっかりあてられてしまったのか、三人の中では最もまともそうで、かつ、優しそうな女性であったというのに、辞退を申し出た。きっと、彼女が一人目だったなら、その明るさに即決していたことだろう、と思うのだ。キラキラと輝く琥珀色の瞳なんて、最高に可愛らしかったのに。
残念だ、と私が肩を落とすと、三人目がすっと立ちあがる。
「ノア・スリーズと申します。ハウスキーパーをしております」
寸分の狂いもなく、お手本のようなお辞儀をしてみせた彼女に、私は目を奪われる。
ブラックチェリーのように深い色の髪が揺れる。切りそろえられた前髪から覗く、ワインレッドの瞳にはこれでもかと強い意志がたたえられていた。
良さそうな人じゃないか。そんなつもりで隣を見やれば、メロウの発言にすら楽しんでいた兄が、それはもう見たことのないほど驚いた顔で、目の前の女性を見つめていた。
いよいよ新しい竜の世話係を選ぶことになったヴィティ。とはいっても、選択肢はなくなったようなものですが……。
三人目のノアを見た、マリーチさんの反応の訳とは?
次回「ヴィティ、感激する」
何卒よろしくお願いいたします♪♪
※メロウとノア、思い出していただけましたでしょうか??
誰だったかな? と思った方は、ぜひ第二十話「フィグ、違和感を覚える」と、第二十三話「ヴィティ、勘づく」の二話を読み返してみてくださいませ!




