第四十三話 ヴィティ、招集される
すっかり見慣れた兄と、見慣れないおじさま二人の視線を一身に受け、私は目を伏せた。
テラテラと輝くこげ茶色の大きなテーブルの木目を数えて、現実逃避をする。あ、この木目、ちょっと空を飛んでる時のフィグ様っぽい……。それに、こっちは……。
「ヴィティ」
投げかけられた声は、斜め向かいに座っている兄からのものだ。
「顔を上げなさい、ヴィティ」
いつもよりもうんと厳格で、初めて会った時を思い出させるような圧を声色にのせる彼に、私は逆らえるはずもなく。
「……なんでしょうか、マリーチ様」
普段は同僚だと思う。立場的にも、多分。
だが、この瞬間においては別だった。それはおそらく、場所の影響もあるだろうし、同席している人にも関係しているだろう。
竜の世話係および竜騎士を統括する、この国の連邦大臣、ならびに副大臣の視線が私を貫いた。
「ここへ呼ばれた理由はわかるか」
副大臣の口から飛び出したのは、穏やかだが、兄のそれよりも数倍は硬度を持った質問。
あいにくと、その答えを私は持ち合わせていない。今朝がた、庭掃除でもしようかと外へ出たところを、ちょうどやってきた兄に連行されたのだから。
お兄ちゃん、乙女を連行する趣味があるのかしら。わが兄の将来が心配だ。
私が「いいえ」と答えて、お兄ちゃんの方へと視線を送れば、ウィンクを返された。
(え、どういうこと?)
相変わらず緊張感のない兄に、私は長机の下で拳を握りしめる。出来る限りの愛想を作ってから、目の前に座っている大臣と副大臣の二人へ笑みを投げかければ、二人の態度も少し軟化したように見えた。
「それは突然すまなかったね。てっきり、竜騎士から何か聞いているかと思っていたが」
気遣うような言葉を投げかけてくれたのは大臣で、副大臣よりもいささかフランクだ。
厳格そうな副大臣と、柔和そうな大臣。一見すると正反対だが、その瞳の奥に光るものは、大臣の方がやはり侮れないものがある。
「竜の世話係として、君はよくやってくれていると聞いている。そこで、一つ頼みがあってね」
頼み、と言えば聞こえばいいが、これは恐らく命令だ。断ればどうなるか分かっているだろうね、とふくよかな笑みの裏側に、そんな大臣の黒い部分が見える気がする。
「身に余るお言葉、大変恐縮にございます。けれど、私は神に仕えども、その実情はただのハウスキーパーにすぎません。……どのようなご用件でしょう」
簡単になど飲んでやるものか。竜神様関連の頼みなんて、良かった覚えが一つもないだけに、皮肉交じりの笑みを返すのがいっぱいである。
お兄ちゃんは少し顔をしかめたが、私を咎めようとはしなかった。最も、お兄ちゃんは私の普段の態度を知っているだけに、私の我慢を察したようだが。
「どのような用件であろうと、主のために身を粉にし忠義を尽くす。それが、世話係というものでは?」
「まぁまぁ。そんなに難しい頼みではないんだ。ぜひ、引き受けてくれると嬉しいよ」
鋭い副大臣の視線を中和するように、大臣が態度だけは隣の厳格者を咎めて、私の方へと向き直る。
やっぱり、断らせる気などないようだ。とんだ、たぬき親父ね。
朝からこんなところへ呼び出され、詳細も分からぬままに何かを押し付けられるのだから、気分など良くなるはずがない。どうしても毒づいてしまう自分を必死に抑え込んで、私は大臣の話を待つ。
(これでヤバイ仕事だったら、お兄ちゃんを嫌いになりそう)
心の声は、フィグ様以外聞き取れないはずなのに、お兄ちゃんは小さく肩をすくめた。
「わたくしから、説明いたしましょう」
お兄ちゃんがひらりと立ち上がり、なかなか頼み事を口にしない大臣たちに代わって私に一枚の羊皮紙を取り出す。
「……これは?」
羊皮紙に書かれた文字を見つめて、勉強の成果を発揮する。タイトルにでかでかと書かれた『世話係募集』を読み取り、私は反射的に顔を上げた。
「竜神様から、世話係を増員するよう仰せつかったんです。我々も世話係のスカウトには日々苦心しているところでして、それならば一度、大規模な選考会を開いてはどうか、という話になりまして。ヴィティ、あなたにも、世話係として協力いただきたい」
バチンと再びウィンクを決める兄に、私は思わず副大臣に視線を送る。
副大臣様。私ではなく、この取り澄ました顔で、再びバチンとウィンクを決めるお兄ちゃんを咎めていただけませんか。そんな思いで。
それにしても――世話係を増やしてほしい、と常々思ってはきたものの、まさかそれをフィグ様から打診していただけるなんて。先日、私が倒れたことをまだ根に持っているのだろうか。それとも、何か別の理由か。しかも、大規模な選考会って……。
「協力、というのは?」
「もちろん、ある程度こちらで人数を絞りますが、最終面接、とでも言いましょうか。今までは竜騎士が担っていた面接に、あなたも加わっていただきたい」
「面接?」
「ヴィティ、あなたも受けたでしょう」
はて。私が首をかしげると、村長と共に面談をしただろう、と微笑まれる。あれを面接と呼んでいいはずがない。そもそも、あれが面接だというのなら、今回の選考会に私は不要だろう。
「お言葉ですが、マリーチ様」
「ヴィティの時は、少々急ぎで特殊でしたからね。ただ、今回は時間がありますから。しっかりと、面接を行っていきたいと我々も考えているんですよ」
それ以上は言ってくれるな、と無言の圧で押し切られ、私は口を閉ざす。存外に、私は急ごしらえの世話係だが、次は私という世話係がいる以上、最悪の場合は何か月先になろうがきちんとした人間を選びたい、という謎の意志が透けて見える。
いくら身内とはいえ、失礼すぎやしないだろうか。
「もちろん、ご協力いただけますよね?」
大臣と同じような言葉で私に麗しの笑みを投げかける兄。なるほど、この兄のやや歪んだ性格はこの環境下で生み出されたものか、と今までのあれやこれやに思いを馳せずにはいられなかった。
とはいえ、選考会というものがどんなものかは知らないが、同じ職場で働く人を私が先に選べるというのはありがたい。一緒に働くのだから相性もあるし、これからの働きやすさにグンと差が出る。
ある程度は人選も済ませてくれるというのであれば、それほど普段の世話係としての仕事にも支障はなさそうだ。
「わかりました。お引き受けいたします」
私が頭を下げれば、大臣と副大臣の「よろしく頼むよ」と心のこもっているんだか、こもっていないんだか、な返事が聞こえた。
「お兄ちゃん!」
王城帰りの馬車で、私が声を上げると同時に、馬車がガタンと大きく揺れる。普段絶対に着ないような、豪奢な服のあちらこちらが揺れて、衣擦れの音が耳に煩わしい。
大臣に会うに相応しい恰好を、と着替えさせられたまま、再び兄につられて屋敷へと戻っているが、この服も早く脱いでしまいたい。
「なんだい?」
「なんで、王城なんか!」
先の内容であれば、まったく必要などなかったろうに。それこそ、お兄ちゃんがあの羊皮紙一枚持って、屋敷を訪れてくれれば済んだ話だったのだ。わざわざこんな疲れるようなことをする必要性もなかった。
「いい機会だっただろう? 大臣たちも、ヴィティに会いたがっていたしね」
ヴィティは知らないだろうけど、今やちょっとした有名人なんだよ。そう笑いかけられ、頭をくしゃくしゃと撫でつけられる。
「なんだか、知らないところで色々と巻き込まれてる気がするんですけど!」
さすがは神というべきか。仕える主が大仰だと、周りもそれに合わせざるを得ないということか。
「ヴィティは、特別だからね」
私が深く吐き出したため息は、お兄ちゃんの意味の分からぬ言葉と共に、夏らしい風にさらわれていった。
ついに、ヴィティの願いがフィグ様に届いて竜の世話係増員チャンス到来!?
ヴィティも面接に加わって、新しい世話係の乙女を選ぶことになるようです。
その前に……願いを聞き入れてくれた神様にお礼を伝えましょう♪♪
次回「ヴィティ、訝しむ」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




