第三十二話 ヴィティ、怪しまれる
『おい。それは何だ』
フィグ様に届いた小包……もとい、お誕生日プレゼントを受け取った私は、後ろからかけられた声に思わず小さな悲鳴をあげてしまう。
『主に対して失礼な』
むっと顔をしかめられたが、誰だって音もなく後ろに立たれたら驚くに決まっている。
「フィグ様、もう少し存在感をアピールしてくださいませんか」
『十分すぎるほどだろう』
「神様ってもっと、現れたらまぶしい! ってなったりするものかと思ってました」
『いたら見てみたいものだな』
よし、なんとか話を逸らすことが出来た。私は安堵して、応接間へと向かう。
『で、その箱は何だ』
逸らせてなかった。いや、むしろ先ほど頭の中でガッツポーズしてしまったことを見透かされたからか。
「……これは、たんじょ……ゴホン、失礼しました。お客様からの贈り物です」
私のわざとらしい咳払いに、フィグ様は端正な顔をゆがめる。
『貴様へか?』
「いえ、フィグ様にですよ。でも、フィグ様、普段から受け取られないでしょう? だから、応接間へ置いておいて、後で竜騎士様にお渡ししようかと」
精一杯の嘘を並べ立てて、ニコリと笑みを付け加える。お兄ちゃんから、嘘を吐くときは本当のことを混ぜながら、と教わった。どこで使うんだと思っていたが、こんな時に役に立つとは。後は、とにかく笑顔で乗り切る。実践も完璧だ。
『適当に捨て置けば良いものを』
「そういう訳にはいきませんよ。ご好意ですから」
『好意で神から施しが受けられると思っているところが無様だな』
「好意がなくとも施しをされる慈悲深いお方のことを、神様と呼ぶのですものね」
『まるでワタシだな』
「……はぁ」
『おい、なんだその顔は』
いえ、と私は顔を二、三度横に振って、それでは、とフィグ様の横を通り過ぎる。ボロが出る前に、一刻も早くこの場を立ち去らなければ。
この後、花も届くと聞いている。フィグ様にはお昼寝いただきたいくらいだが、こういう時ばかり、なぜかフィグ様はお元気で、私の周りをウロチョロとするのだから困ったものだ。
小包を無事に運び入れた私は、次の仕事へ移ろう、と応接間の扉を閉めて固まった。
「……フィグ様」
『なんだ』
「ど、どうしてこちらに」
『主は応接間を使ってはならん、と?』
「そういうわけでは。ですが、今は、ちょっと……」
確かにフィグ様とは玄関先で別れたつもりだったのに。どうして、応接間の前でフィグ様と再び顔を合わせているのだろう。とにかく、その中に入られては困る。今は非常にまずい。
『なぜ、主が制限を受けねばならんのだ』
「語るに語れない深い事情があるんです」
『何を隠している』
「秘密を隠してるんですよ」
『貴様……』
「本当にフィグ様には申し訳ないと思っております。私も、世話係の分際で、家の主にここへ入るな、なんて横柄にもほどがあるということは、重々存じ上げておりますし」
『ならば』
「でも、だめなんですってばぁ!」
無理やりにでも応接間に入ろうとするフィグ様と応接間の扉の間に割り入って、私はなんとか踏みとどまる。
『どけ』
「どきません!」
『……貴様』
「これだけは、本当にダメなんです!」
『ここで、竜騎士の男と何をしている』
「見てたんですか⁉」
『……それと関係があるのか』
あると言えばあるし、ないと言えばない。だが、本当に中へ入られるのはまずい。フィグ様に見られたら全てが終わる。
『……何を、隠している』
もはや、おでこ同士がぶつかってしまうのではないか、という距離にまでフィグ様は近づいて私を覗き込んだ。体を避けようにも、背中には絶対に開けてはならない応接間の扉があるし、両脇はフィグ様が応接間の扉の取っ手に両手をかけているせいで身動きがとれない。どこに視線を動かしても、フィグ様一色だ。いや、フィグ様は多色だけど。
『おい』
こちらを見ろ、と声がかかった瞬間には、顎をクイと持ち上げられる。目の前に整った美しい顔。冷ややかなアイスブルーの瞳がまっすぐにこちらを貫いて、私は息を止めた。
あいにくと、フィグ様のことは主人か神かくらいにしか思ってはいない。いないが、身動き一つで簡単に唇が触れてしまいそうな距離に美丈夫がいれば、誰だって顔くらい染めてしまう。ドギマギとうるさい心臓を落ち着けるために、私はフィグ様を精一杯に睨みつけた。
「おやめください……」
『強情な』
フィグ様の顔が近づく。
(神々しすぎて耐えられない。というか、これ以上づかないで!)
ぎゅっと目をつぶって、両手でフィグ様の体をドン、と突き放しにかかったが、それすらフィグ様に止められてしまった。凍ってしまいそうなほど冷たい吐息が耳元を撫でる。
『貴様の主人は、このワタシだ』
その声色には不機嫌さが滲んでいた。いや、それだけではない。どこか寂しそうな、悲壮感とでもいおうか、そんなものが透けて見えるようだった。
私がゆっくりと目を開けると同時に、フィグ様の体が離れる。一瞬ぶつかった瞳は、冬空よりも遠くて、雪のように儚かった。
「フィグ、様」
名前を呼んでも、彼は振り返らない。スタスタと私を置いて歩き出したフィグ様の背中から拒絶があふれる。
(どうして……?)
そんなに、秘密にされたのが癪に障ったのか。怒るでもなく、むしろ悲し気に見える姿は、今までのフィグ様からは考えられない。彼が本気ならば、力を使って、私をこの場に縫い留めることだってできたのだ。だが、フィグ様はそれをしなかった。しなかったのに、まるで何かを諦めたかのような態度。
(あの、神様が?)
すっかり見えなくなってしまったフィグ様の背中を思い出して、私は呆然と立ち尽くす。
一体、何がフィグ様のご機嫌を損ねたのか。そりゃ、竜騎士と世話係が、何やら人様の家で秘密を共有していたら面白くないかもしれない。主なのに、屋敷の中を制限されるのだって、気に食わないだろう。
だが、フィグ様は拗ねるタイプではないはずだ。気に食わなければ気が済むまで怒り、こちらが非を認めるまで、残虐にいたぶって愉悦に浸るタイプ。心底質の悪い負けず嫌いなのである。あんな風に拗ねて、どこかへ消えてしまうなんて、今までのフィグ様なら絶対にありえない。また、何かその辺に落ちていたやばいものでも食べたのだろうか。
何か、嫌な予感がする――
窓の外から、雨の気配がした。
ヴィティのへたくそな嘘、やっぱりフィグ様に怪しまれてしまいました。
お誕生日パーティを準備していることはバレなかったようですが、逆に、フィグ様との亀裂を生むことに……?
拗ねた神様がとった行動とは!?
次回「ヴィティ、主を探す」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




