第三十一話 ヴィティ、準備する
いよいよフィグ様のお誕生日が近づいてきた。
盛大なパーティをすると言っておきながら、直前まで秘密にしたい、なんてお兄ちゃんの意見を飲むんじゃなかった、と今更ながら後悔している。
「矛盾してませんか?」
フィグ様が普段、訪れることがない応接間(これは、ただ単に客が来ないからということもあるし、客が来てもフィグ様が対応することがないからだ)のカーテンに、飾りつけ用のレースを縫い付けていきながら、私はお兄ちゃんをねめつける。
「何がだい?」
「盛大なパーティを、内緒で準備することですよ」
「どうして?」
「どんな物事も、大きくなればなるほど隠せなくなっていくって、常識だと思っていましたが」
口は嫌味たっぷりに、手は出来るだけ素早く丁寧に動かす。
「物事の大小と秘密にする難しさは、本当に関連性があると思うかい?」
「そういう屁理屈はやめてください」
「ヴィティとお揃いだね」
「わかりましたよ。私が悪かったです!」
さすがは家族。頭の回転が速いのは、どうやら兄も同じらしい。嫌味に嫌味で返されて、私は、もう、とやるせない気持ちを吐き出す。
お兄ちゃんはほとんどフィグ様と接触することがないから良いかもしれないが、私は四六時中フィグ様と一緒にいるのだ。心が読まれる以上、誕生日パーティのことを考えないように取り繕わなければならない。ただでさえ、隠し事なんて得意じゃないのに。
この間なんて、大きな花瓶を竜騎士様と運んでいたところを、うっかりフィグ様に見られて、二人してしどろもどろになりながらなんとか切り抜けた。お兄ちゃんはそういう肝心な時にいないのだからずるい。
「そうだ。明日は花が届くから、それはそこの花瓶にいれておいてくれ」
「そういう大きなものの時だけ、お兄ちゃんはいないんですから」
「こればかりは仕方ないよ。神様の思し召しってやつだね」
「それ、気に入ってるんですか?」
「俺と神様を呪ってやるって脅し文句が、一番のお気に入りだけどね」
「昔の話ですから!」
「おや、今は思ってないのかい?」
「このやり取りが続くようなら、お兄ちゃんを呪いたいとは思うでしょうね」
全く、口ばかり動かしてないで、お兄ちゃんも手を動かしてほしい。
さすがにこの国を守っているとだけあって、表向きかは知らないが、国のお偉いさま方からもお祝いが届くらしい。お兄ちゃんは、そのお祝いに対するお礼状を今のうちからしたためているのだ。
普通、もらった本人であるフィグ様が書くべきなのだろうけど、フィグ様は、一切筆を執らない。どうせ『勝手に送り付けてきたくせに、なぜワタシが礼を述べねばならんのだ』とか言いそうだ。まぁ、確かにそう言われれば一理ある。神様に、義理だの人情などを求めるのは間違っている気もするし……。
私は飾りつけのレースを縫い留めて、ピン隠しに花を模した布飾りを最後につける。これまた宝石があしらわれていて豪華だが、庶民の私からすれば触るのも恐ろしい代物だ。
これをただの誕生日パーティの飾りで使うってどういうことなの。したたかな世話係がいたら、盗まれてしまいそう。
「……そういえば、フィグ様と仲直りは出来たんですか?」
「あぁ。すっかり忘れてた」
言われて思い出した、とでも言うように、お兄ちゃんはお礼状から顔を上げる。
「忘れてたってそんな」
「まだ、誤解も解けていないどころか、むしろ、ますます勘違いされてそうだね」
困ったな、と全く困った風のない表情で笑い、お兄ちゃんの視線は再びお礼状へと戻る。
一体何の誤解かも分からないし、ますます仲が悪くなっては私に被害が出るのだが。また先日のような吹雪にさらされでもしたら、今度こそ餓死しかねない。
「本当に、早くなんとかしてくださいね」
「まぁ、そうしたいのは山々なんだけど……」
何せ、フィグ様がお兄ちゃんを避けているところがあって、そういう意味でも二人でゆっくり話し合う時間が取れないのだそうだ。
「フィグ様も、一体どうしてお兄ちゃんを嫌がっているのかしら」
お兄ちゃんもなかなかの性格の悪さだから、フィグ様に煙たがられているのだろうか。同族嫌悪のようなものが生まれているのかもしれない。
「失礼なことを考えてないかい」
「そ、そんなわけないでしょう」
「嘘が下手だね」
お礼状を書きつけながらも、口角が上がっているお兄ちゃんが楽しそうで、私もそれ以上は追及するのをやめた。
よくよく考えれば、今は仕事中ではあるものの、フィグ様もおらず、兄妹水入らずの時間である。せっかくなのだから、今まで離れていた分の家族との時間を埋めたって良いだろう。
「……お兄ちゃん」
「なんだい?」
飾りつけを終えた私は、お兄ちゃんが書いたお礼状をたたんで封筒へと入れていく。以前までだったら、絶対に並んで座ることなどしなかっただろうけれど、今日はあえて彼の隣に腰かけた。
「珍しいね」
「改めて、家族だったんだなって思いまして」
「その割には敬語が抜けないようだけど」
「それは諦めてください。今更、なんだか落ち着かなくて」
「責めてるつもりはないよ。ただ、俺も距離をはかりかねていて……その、ヴィティが嫌なら、今まで通り、竜騎士として接するよ」
お礼状の最後に自らの名前をサインして、お兄ちゃんはようやく顔をこちらに向けた。
自らと同じ新緑の瞳が、切なげに揺れている。美しい顔立ちが、その儚さを助長させて、見る者すべてを虜にしてしまうのではないか、と思う。
妹にそんな顔を向けるんじゃない。事案が発生してしまいますよ。ありえないけど。
「……そんなつもりじゃないんです。ただ、整理がついていないだけで。つい数か月前までは、村でブドウを育ててたんですよ。それが今じゃ竜の世話係。神様のお誕生日をこんな風にお祝いするだなんて」
元々神様など信仰していなかったのだから、違和感しかない。
「まだ、竜神様のことは信じられない?」
「信じられない、というよりも……フィグ様は、フィグ様です。そりゃ、竜の姿はお美しかったですし、神様みたいな力もお持ちですけれど……私にとっては、何も特別な方ではないというか」
「尊敬や、憧れと形容する方が正しい、と?」
「そうかもしれませんね。今のところ、尊敬もできなければ、憧れも抱けませんけど」
私が蝋で手紙に封をすると、お兄ちゃんは苦笑した。
「でも、竜神様のおかげで、俺たちは平和に暮らしていられる」
「お兄ちゃんは、どうして竜神様を信じられるんですか?」
「まぁ、軍人の養子だからね。国の歴史については学んできたよ。竜神様のこともね」
「……私、まだフィグ様のこと、全然知らないんです。聞いても、はぐらかされたりしますし」
「竜神様は、ただ、あの山から生まれて、この国にいらっしゃるだけだからね。ご自身でも、戸惑っているのかもしれない」
「もっと、フィグ様のことを知りたいって思うのは、変でしょうか」
何気なく呟いたその言葉に、封筒を重ねて脇へと避けた私とは対照的に、お兄ちゃんは手を止めた。
「……変では、ないと思うけれど。その気持ちは……世話係としてかい?」
「えぇ。主のことを知らない世話係なんていないでしょう?」
「それは、そうだね」
お兄ちゃんはお礼状へ再び顔を戻したが、その表情はどこか複雑そうだった。
「さ、準備をしてしまおう。竜神様がそろそろ、起きてこられる時間だ」
仕切りなおすように言われ、私は再びお礼状をたたむ。
上等な紙の手触りは、フィグ様の滑らかな肌や、つややかな鱗の感触を思い出させた。
フィグ様のお誕生日が近づいてきました。
ヴィティもマリーチさんは、意図せずして、準備期間に家族としての絆を深めてることが出来たみたいです。
が……果たして、パーティはフィグ様にバレないよう準備完了するのでしょうか?
次回「ヴィティ、怪しまれる」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




