第三十話 フィグ、モヤモヤする?
マリーチさんがヴィティと距離を詰めたことで、フィグ様の心に変化が?
今回はそんなフィグ様視点です。
どうにも最近、あのマリーチとかいう竜騎士がヴィティに馴れ馴れしい。昨晩も、キッチンを見に行ったら、すでにヴィティの試作品とやらを食べていたし、見回りが休むなと言いたいところである。
まったく、なんだというのだ。忌々しい。ヴィティは、ワタシの世話係だぞ。
「フィグ様?」
『なんだ』
「髪、終わりましたよ」
『気に入らん』
「……三回目ですが」
『かまわん。貴様は、ワタシの世話係だろう』
「……わかりました」
従え、と目で促せば、深いため息が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
ヴィティに何度も何度も優しく梳かれた髪は、いつも以上にサラサラで小気味良い。渡された手鏡で、つやつやと輝く美しいシルバーの髪を見つつ、スタイリングに頭を悩ませているヴィティを見つめた。
どう考えたって、あの竜騎士よりワタシの方が美しいだろう。あんな男のどこが良いのだ。
「それにしても、フィグ様、最近は早起きですね」
竜騎士が帰っていく朝は、ワタシがようやくヴィティを独り占めできる時間だと気づいた。日が高いうちは、ヴィティも料理や掃除、洗濯をしていてあまり隙がなく、話しかけても邪見に扱われるので、ゆっくりとヴィティをいじめる時間も取れやしない。
別に、かまってほしいわけではない。ただ、世話係がきちんと仕事をしているか確認するのが主の務めだからな。
「日の出が早くなってきましたから、目が覚めてしまいますよね」
『ふん。そもそも竜はそうそう眠らずとも良い』
「そうなんですか? それは便利ですね」
『貴様も、竜の血を飲んだのだ。多少は無理がきくはずだが』
「……今以上に働け、と?」
『神に仕えているのだから、当然だ』
ここ最近は特に忙しいのに、と文句が頭に直接響いてきたが、知らぬふりをする。
「あ」
ヴィティの手が止まり、ワタシは手鏡ごしに彼女の様子を観察する。途端、柔らかくて暖かい感触が首のあたりに伝い、ワタシの鼓動がドクン、と大きく一つ跳ねた。ヴィティの指先が、首の裏をつっと這う。
「こんなところに鱗が」
ワタシが慌てて首を押さえると、ヴィティはきょとんと首を傾げた。
『なっ! ばっ! べ、別に! これは……』
「以前からありましたっけ? 湯浴みやお着替えをお手伝いしていないので、知りませんでしたが。もしかして、竜の名残ですか?」
まさか、人間に擬態するのが面倒になってきて、少しばかり手をぬいて変身しているとはいえまい。変身が下手なんですか、とからかわれるのがオチだ。
『そ、そんなところだ』
「あまりの挙動不審ぶりに、フィグ様の秘密を感じますね」
にやりと笑うヴィティは、とても乙女とはいいがたい顔である。この娘、顔はいいくせに、性格がすこぶる歪んでいる気がするのだが。
「もしかして、他のところにも」
首筋を押さえるワタシの手に、ヴィティのあたたかい体温を感じる。そう思った直後には、腕のあたりをおおっていたローブをまくりあげられた。腕も、見えるところまでしか取り繕っていない。
「あ、やっぱりここにも」
『やめろ!』
ワタシがギロリとヴィティへ視線を投げつけると、ヴィティは勝ち誇った笑みでこちらを見つめ返してくる。肝が据わっている女は嫌いじゃないが、このドヤ顔はうざい。
「良いじゃないですか、鱗。綺麗だし、竜の姿ももう一度見たいです」
『……ふん』
世辞ではなく本心でほめられ、ワタシは深く椅子にかけなおした。照れ隠しではない。別に、ワタシが美しいのは当たり前だ。
ヴィティもこのやり取りに飽きたのか、再びワタシの髪をまとめていく。彼女のほっそりとした白い美しい指先が髪をかすめる感覚が心地よくて、怒りがするすると収まってしまうから不思議だ。
(竜の血を与えたことで、ヴィティにも特別な力が使えるようになったのか?)
今までの世話係にそのような変化を感じたことはない。だが、ヴィティは、どうにも今までの世話係とは違う気がする。うまくは言えないが、人間のくせに、どうにも気になる存在なのだ。
(面倒くさい)
ヴィティと仲の良い竜騎士の男にイライラすることも、ヴィティを思って何やら奇妙な気持ちになるのも、今まで感じたことのない何かが体中を駆け巡ってモヤモヤする。
一体これは何なのか。まさか竜が病などにかかるわけでもあるまいし。
「フィグ様、これでいかがですか?」
ワタシの髪はいつの間にかヴィティと同じハーフアップにまとめられている。手鏡をヴィティに渡せば、後ろの結び目にブルーのリボンがつけられているのが見えた。
『……おい』
「四回目ですか?」
『リボンの色を変えたら、終わりにしてやってもいい』
「いつもは青がお好きでしたのに、今日はやっぱりそういうお気分なんですね」
どういう気分だ、とツッコみたくなるのをこらえて、ヴィティが布をまとめた小箱へとかけていく姿を見やる。彼女の髪によく映えるグリーンのリボンが揺れている。
「何色になさいますか?」
ヴィティが開けた小箱には、様々なリボンやら布、レースにカメオに宝石。すべて、些末な貢ぎ物だが、中にグリーンのリボンを見つけて、捨てずに置いておくものだな、と過去の自分を褒めた。
『グリーンだ』
「わかりました」
まさか、ヴィティはリボンの色を揃えたことなど微塵も気付かない。彼女の頭の中には、確かに今の時期にはいいかもしれない、だの、フィグ様は何でも似合うだの、そんな言葉がつらつらと並んでいるだけである。かけらほども繋がりを意識されていないことが、どうにも腹立たしい。
『できたか』
「えぇ、終わりましたよ。いかがです?」
今度こそ、自らの髪の後ろにヴィティと揃いの色のリボンが見え、ワタシはふんと鼻を鳴らした。
『悪くない』
はじめからこうしてくれれば、良かったのだ。まだまだこの世話係も、世話が焼ける。
「それでは、お着替えはいつも通り用意しておりますから、私はこれで……」
『待て』
彼女の腕を掴んで引き寄せると、ヴィティは驚いたように目を見開いた。
あぁ、そうだ。この顔。コロコロと変わる表情は見ていて飽きが来ない。
『服を選びなおせ』
「はぁ?」
今度は不満そうに眉をしかめる。だが、どんなに不満があろうと、最後には必ず仕事をやってのけるから、人間というのは面白いものだ。反旗をひるがえしてみろ、と言えば、どんな反応をするのだろうか。結局、力のあるものに従順な人間のなんと愚かで可愛らしいことか。
「……何が不満なんです」
『貴様こそ』
「確かに、私は、フィグ様がまだ選んだお洋服も見ていないのに、選びなおせとおっしゃったことに不満しかありませんが」
『別に理由などない』
ただ、もう少しだけヴィティをからかいたくなってやっただけである。別に、ここですごすごと言われるがままにしたら、彼女としばらくは顔を合わせられないから、なんてことはない。
(……さっきから、ワタシは一体誰に言い訳をしているんだ)
チッと一つ舌打ちをすると、ヴィティのじとりとした視線が突き刺さった。舌打ちしたいのはこっちだ、と心が読めずとも顔に書いてある。
『早くしろ』
「わかりましたよ! 早くしろって言いますけど、お仕事を停滞させているのはフィグ様なんですからね!」
捨て台詞でさえ、彼女が愛おしく思えるのは、やはり人間が弱くて馬鹿な生き物だからだろうか。
ワタシは美しく揺れるグリーンのリボンを見つめ、自らの髪をしばるリボンをそっと指で撫でつけた。
マリーチさんと仲良しなヴィティの様子に、なんだかモヤモヤとするフィグ様。
残念ながら、その心情がなんなのか、フィグ様はご存じないようですが。
そんな中、フィグ様のお誕生日が近づいてきて……。
次回「ヴィティ、準備する」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




