第二十五話 ヴィティ、生還する
「メロウが、詐欺師……?」
「い、いえ! そうと決まったわけでは! ただ、その……そういう可能性も、あるかと思いまして……」
精一杯包みに包んだ表現を、バリバリと勝手にはがした挙句、絶望する男を前にしては、私も同情心を抱かざるをえなかった。誘拐犯に同情するのもなんだが、愛した女性が詐欺師で、私をさらった意味もなくなったともなれば、彼の絶望がいかほどか想像に易い。
「俺にプレゼントしてくれた壺も、聖水も、石も、全部偽物だってのか⁉」
「そもそも、お金を要求するプレゼントなんて聞いたことがありませんし……」
「幸せになるってのも、嘘だっていうのか!」
「そ、それは……その、ほら、信じる者は救われると言いますし!」
「これ以上、俺は何を信じればいいんだ⁉」
声高に叫んだ男に、私は思わず口をつぐんだ。彼の言いたいことは、嫌というほどにわかるから。
こういう時、本来ならば神を信じるのだろう。信じるものを失った人々がたどり着く先は、大抵の場合、神様である。形の見えないものに、すがりたくなるのが人の性。
だが、残念ながらこの国に住まう竜神様は、決して信仰の対象にはなりえない。特に、この男の場合は、先ほどまで愛する女性を奪われたと思っていたのだ。信じられるわけがないだろう。
私も、フィグ様の世話係として、かなり慣れてはきたものの、いまだフィグ様を信仰するかと問われれば答えは否。知れば知るほど、彼に救いを求めるのは間違っているような気がしている。
「もう、何もかも終わりだ……」
「そんな! 終わりどころか、まだ何も始まってないじゃないですか!」
私は、出来る限り男を励まそうと、必死に彼へ訴えかける。自暴自棄にも近い男の瞳はどこかうつろで、このままでは危険だ。男も、私も、バッドエンドまっしぐらである。
「メロウさんが本当に詐欺師かどうか、彼女を探してきちんと話をしてみなくちゃいけません。本当のことを確かめるんです!」
「そんなことできるわけない!」
「やってみなきゃ分からないじゃないですか! 現にあなたは、私と……竜の世話係に出会えたんですよ」
「だが……その、唯一の手掛かりもなくなった……」
「いいえ! 諦めるにはまだ早いです。本当に竜の世話係になっていたのだとしたら、竜騎士様に聞けばわかるかもしれません。それに、もしも、メロウさんが本当に詐欺師なら、きっとまた同じようなことを他の男の人にもしているはずです」
「だったら……?」
「たくさんの人に、メロウさんのことを聞けばわかるかもしれません。もしかしたら、また会えるかも」
詐欺師の女に会ったところで、何が変わるのかは分からない。男はまた、同じように彼女を愛し、金を使い、今度こそ奈落の果てへと落ちてしまうかもしれない。それでも、それが彼の愛だというのなら、私にそれを止める権利などなかった。
「俺は……どうすればいい……」
「それは、あなたが決めることです。選んだことで、後悔することもあります。その時は、もう一度選べばいい」
私が男を見据えれば、男は困惑しながらも小さくうなずく。うつろだった瞳が、ほんの少し輝きを取り戻す。
「俺に、出来るか?」
「出来ますよ。私にだって、出来たんです。何度だって、悩んで、選んで、後悔して、また悩んで……。でも、そうやって一歩ずつ歩いていくだけです」
辛いことも、嫌なことも、全部受け止めて生きていくしかないのだ。竜神様を恨んでも、竜神様に救いを求めても、何も変わらない。決して他人におすすめする生き方ではないけれど、悲しいかな、私は、自分で選んだ道を自らの力で歩いていく以外に、生き方を知らない。
偉そうに講釈を垂れるなんて、フィグ様みたいに慣れていないから、私は曖昧な笑みを顔に張り付けたまま目を伏せた。男が、これで少しでも私を解放してくれる気になれば、最高だが。せめて、ナイフを捨てるか、この縄をほどいてくれればいいのに。
私がそんなことを考えながら、視界の端で男の動きを見つめていると、
「……あんた、お人好しだって言われないか」
不意にそんな声がかかった。これには苦笑するしかない。
「よく、言われます。損な性格だって、自覚もあります」
「だろうな……。普通、誘拐犯に説教たれる女なんていないよ」
別に、望んでしたわけではない。ただ、誘拐された私よりも、私を誘拐した男の方が不遇すぎて、自分の立ち位置が分からなくなってしまっただけである。メソメソしているだけ、というのも、私の性には合わない。
「……解放、してやるよ」
「いいんですか⁉」
「あぁ、良いさ。代わりに、自警団をここへ連れてきてくれ」
「え?」
「俺は、誘拐犯だ。一度はあんたを……お嬢さんを殺そうとした。罪を背負ったままじゃ、メロウの顔を見ることも出来ない」
「ですが……」
「お嬢さんが、言ったんだ。自分で選べって」
男は私の後ろへと回ると、あっさりと縄をナイフで切って、それから小さく息を吐き出した。
元々、詐欺師……もといメロウなる女性に気に入られるほど気のいい男だったのだ。おそらく、彼女がいなくなったことで錯乱していた状態から、抜け出したのだろう。
自由になった体で、しっかりと彼と対峙すれば、男は憑き物が落ちたような表情を浮かべた。
「やり直してみるよ。メロウのことも諦めない」
「……わかりました」
彼の決意に水をさすことは出来ない。同情心が邪魔をしそうになるものの、それをぐっとこらえる。
「竜神様に、逆恨みして悪かったって言っといてくれよ」
私は小さくうなずいたけれど、実際、伝えることはないだろう。
正直、竜神様を恨んでいる人なんて五万といるだろうし、現に私だって、以前本気で呪おうとしたことがある。それに比べれば、この男のなんと可愛らしいことか。
竜神様を信じてくれるというのであれば、フィグ様もドヤ顔を見せてくれるだろうけど。
「自警団の方を探してきます」
「今度は迷子になるなよ。それから、知らない人についてっちゃだめだ」
男に言われ、私は再び苦笑した。まさに先ほど、私をさらった知らない人に忠告をされるなんて。
村では、迷子になることもなかったし、知らない人に声をかけられるなんてこともなかった。それが、ここでは違う。自らが常識と思っていたことは、まったく常識でもなんでもなくて、一歩間違えれば大変な騒ぎになってしまうのだ。今回はたまたまうまくいっただけのこと。こんな奇跡は、そう何度も起こらない。
「お嬢さん! 市場は出て右だよ!」
扉を開けて、さっそうと左を向いた私に声がかかる。男は、あからさまに困ったようなため息をついた。
「俺が馬鹿みたいだな……」
男は肩をすくめて苦笑する。
「なんで、誘拐犯が、誘拐したお嬢さんと一緒に自警団のところまで歩いていかなくちゃいけないんだろうな」
どうやら、自警団のいる市場のあたりまで案内してくれるらしい。つくづくこの男も、お人好しである。
埃っぽい倉庫から出ると、王都には夕暮れが迫っていた。
「ヴィティさん!」
遠くから自らの名を呼ぶ声が聞こえた気がして、私はキョロキョロとあたりを見回す。細い路地の隙間から、夕日の赤と共に見慣れた青年のシルエットが浮かびあがった。
さっきまであんなに気丈に振舞えていたというのに。その姿にどうしてか無性に涙がこぼれそうになって、私は思わず駆け出した。
可哀想な誘拐犯に同情した挙句、説教をたれる逞しさを見せつけたヴィティ。
無事に解放され、ようやくマリーチさんとも出会うことが出来そうですが……この事件をきっかけに、ヴィティの想いに少し変化が生まれたようで?
次回「ヴィティ、改める」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




