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竜の世話係  作者: 安井優


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第二十四話 マリーチ、奔走する

今回は、竜騎士マリーチさん視点です。

 一体どうしてこんなことに。


 俺は、入り組んだ王都の路地を駆けまわっていた。主の誕生日祝いの準備をするために、買い物へ来ただけのはずだった。もちろん、ヴィティさんに王都を見せてみたかった、という気持ちがあったことも確かだ。公私混同と言われても、申し開きの余地もない。

 初めて出会ったあの日から、彼女こそ、自らが探し求めていた女性なのではないか、という淡い期待を抱いている。そのせいか、どうにも今までの竜の世話係に比べて、気持ちが入ってしまっていることも自覚している。彼女のことは丁重に扱っていたつもりだったし、お節介ともとれるほど気を回していたつもりだった。

 だが、結果はどうか。王都の人ごみではぐれなかったことや、次の目的地が最後の仕事だったこともあって、ほんの少しの油断を招いた。招いた結果、ヴィティさんとはぐれ、彼女を見失ってしまっただなんて。

 主にばれたら、クビどころの騒ぎではない。いや、主はもはや関係なく、ヴィティさんを一人にしてしまった自分が許せなかった。


「一体どこに」

 はぐれてから、そう時間は経っていないはずだ。しかし、路地が細かく入り組んでいるせいか、それとも、ヴィティさんがすでにこの周辺からいなくなっているのか。その姿をとらえることは出来ない。珍しいシェリーカラーの髪も、整った愛らしい顔立ちも、庶民のものよりも少し上質だが、派手すぎない洋服も。しかと目に焼き付けていた彼女の面影一つ、見つけることすら叶っていない。

 すれ違う人々に聞いても、彼女を見かけたという者はおらず、俺は額の汗をぬぐう。

 一度、城へ戻って他の竜騎士たちと合流すべきか。だが、そうしている間に、万が一のことがあったら? 見る者が見れば、彼女が特別な娘であることは分かるだろう。貴族とはいかずとも、庶民でないことは明らかで、そんな女性が一人で歩いているともなれば格好の獲物になり得る。何より、あの見た目だ。いくらでも買い手はいる。

「くそっ……」

 この辺りは王都の市場から少し離れているとはいえ、まだまだ普通の住宅地。もちろん、非合法な世界への入り口はないし、そういった場所からはかなり距離があると分かっている。それでも、彼女の姿が見えない以上、その線も考えなければならない。

「自警団に声をかける方が早いか」

 一瞬の迷いすら惜しい。俺は市場の方へと足を向けた。




 市場は、こちらの焦燥など意にも介さず、相変わらず騒がしい。先ほどまで、あんなにも楽しかった店主や客のやり取りでさえ、今の俺には煩わしかった。

 人波をかき分けて、自警団を探す。派手な色合いの制服が一刻も早く目に飛び込んできてほしいと願いつつ、あちらこちらへとせわしなく視線をさまよわせる。が、こういう時ほど中々見つからないもので、俺は思わずガシガシと頭をかいた。


 そうして、市場の角を何度か曲がり、俺はようやく自警団の男に声をかける。

「すまない。女性が一人いなくなった。至急、応援を頼みたい」

「はっ! 場所はどちらに?」

「市場を抜けた先の、ゴルドブレナーのあたりだ。竜騎士にも応援を」

「竜騎士様にもですか?」

「いなくなったのは竜の世話係だ」

 自警団の男は、それを聞いてどこか苦々しく顔をゆがめた。またどうせ逃げられたのでは、と言いたげな顔に、俺は思わず苦笑してしまう。

「彼女は逃げたりしないさ。だから、探してほしいんだ」

「も、申し訳ありません! すぐに!」

 自警団の男は敬礼をすると、さっと方向転換して駆けていく。これでしばらくすれば、もう何人か手分けして探してくれるだろう。少しばかりの安堵の息を吐いて、俺は再び、ヴィティさんを見失ってしまった場所まで、足を動かした。




 探し物とは、時間が経てば経つほど見つかりにくくなる。

 過去、ずっと後悔していたことが不意に頭をよぎって、俺の胸に嫌な予感がゾワリとはしる。

 少しでも両親を助けるために、村を出て、ベル家の養子になったのがもう二十二年も前のこと。あの時は、それが最良の選択だと疑わなかったが、ベル家に奉公するとはいえ、養子としての扱いである俺が、家族を助けられるほどの金を実際に仕送り出来ていたかと言われると分からない。もちろん、今なら自信をもって、両親の助けになれると言えるだろうが、そうなる前に両親はこの世を去ってしまった。妹が生まれたと聞いた、すぐ後のことだった。

 妹だけでも、と思ったが、村へ帰ることは出来なかった。ベル家への恩返しもせねばならず、そのために軍人としての訓練に明け暮れる日々。当然、暇は与えられなかったし、妹を育てる器量もない。しかも、自らの村は両親を殺した流行り病で壊滅的な被害を受けていて、妹の安否すら定かではなかった。

 そうこうしているうちに、もう二十二年。探し物はまだ、見つかっていない。


「ようやく、見つけたと思ったのに……」

 また、ぐずぐずしている間に失ってしまう。そうして、ずっと見つからないままだ。

「絶対に、ヴィティさんは見つけ出す」

 俺は自らの言い聞かせるようにして、ぐっと奥歯を噛みしめた。足を動かし、ひたすらに入り組んだ家々の間を抜けていく。

 ヴィティさんは、肝が据わっているせいか、普通の女性より大胆不敵だ。豪胆な振舞いを見せることもある。それを考えれば、想像しているよりも少し遠くへ足をのばすことも考えるべきか。

 俺がそんなことを考えながら、もう何度目かの角を曲がった時、記憶に新しい香りが鼻をついた。


「……あれは」

 アパートの軒下に、転がったいくつもの瓶。割れたものから、料理があふれている。近づけば、それが先ほどヴィティさんが買っていたものだと気づく。俺は慌てて周囲を見回した。

 明らかに、ここで何かが起きている。

 よぎったのは最悪のシナリオ。ヴィティさんがここで誰かにさらわれ、そして、どこかへ連れていかれたのだとしたら……。

 どこへ? そして、誰に。

 もしも、彼女を売りに出すなら、もうこの辺りにはいない。だが、この瓶の跡。あからさまに不自然な痕跡が残っていて、それを片付ける余裕もなかったとすれば、グループではなく単独犯。しかも、手慣れていないものではなかろうか。人さらいに慣れている者は、大抵の場合、さらわれても気づかれないような貧民街の女子供を狙うか、あるいは、さらわれた痕跡を徹底的に消すことが多い。この国は、竜神様のおかげで、悪行を働く(やから)はそれ相応の力と知恵をつけねばならないと思われている。

 だとしたら、これは……。

「衝動的、かつ、こういったことに慣れていないもの……」

 ならば、まだこの辺りに潜伏しているか、もう少し探れば何か出てきそうだ。あるいは、彼女が特別な人間であると気づいて、身代金なりを要求するか。承認欲求がある者であれば、目立つところにヴィティさんを引っ張りだしてくることも考えられる。

 そうであってくれ、と願いつつ、俺は人気のない方へと足を向ける。慣れていない人が人を隠す時は、隠せそうな場所へ。この辺りは確か、住人達が共用で使用する道具を管理しておく倉庫がいくつかあったはずである。古くなって使われていないような倉庫も、確かそのままにされていたはずだ。

「まずは、そこから」


 俺は、叩き込まれた街の地図を頭の片隅から引き出して、いくつかの候補を絞りこむ。ここから、女性を担いで歩ける距離はせいぜい限られている。特に、衝動的な犯行であれば、なおさらだ。

 もちろん、売りに出されている可能性も捨てきれないので、自警団や竜騎士様たちと合流はしておきたいが……こうなってしまっては、うかうかしていられない。まだ間に合うはずだ。善は急げ。

 俺は石畳をしっかりと踏みしめて、全身全力で手と足を振る。


 ようやく見つけた大切な人を、これ以上失わないために。


 マリーチさんにとって、ヴィティは「大切な人」であるようですが、果たしてヴィティと合流することは出来るのでしょうか。

 一方、説得を試みるヴィティは、誘拐されている身にも関わらず、男の話を親身に聞いてしまうお人好しぶりを発揮しているようです……?


 次回「ヴィティ、生還する」


 何卒よろしくお願いいたします♪♪

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[良い点] マリーチさん、めっちゃ思ってる! 愛ですねこれは! [気になる点] うふふ
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