第十九話 ヴィティ、デートする?
近づくな、と言われても、マリーチさんとの接触は避けられない。相手は竜騎士様で、私は竜の世話係。フィグ様のために尽くしている身なのだから、当然、必ずといっていいほど顔を合わせる。いくらフィグ様の命令(といっても、あれはどちらかといえば懇願に近かった)とはいえ、無理なものは無理である。
「こんばんは」
今日もいつも通り、必要意義を感じない屋敷の護衛に現れたマリーチさんに、私も挨拶を返す。
「今日もよろしくお願いします」
かごに入れたろうそくを半分手渡すのも、もう何度目か。すっかり慣れてしまったここでの生活に、今更マリーチさん抜きだなんて考えられない。マリーチさんがいなければ、二階のろうそくは誰がつけてまわるというのだ。
竜騎士様を使ってでも忙しい夕暮れ時。春に比べれば幾分か日も長いとはいえ、決して油断はできない。
一分一秒でも惜しい私たちは、いつもならこれで各自の持ち場へと直行するのだが……。
「ヴィティさん、明日のご予定は」
そう尋ねられ、私は進めかけた足を止めた。
「予定も何も、いつも通りですが」
「でしたら、少しお時間をいただけませんか。その間、家事手伝いは別の者にやらせますので」
「はぁ……」
それが出来るのなら、早く世話係の数を増やしてほしい。だが、一日だからやってくれる者がいるのであって、何日も続けるとなれば話は別、といったところだろうか。
「先日のお手紙にも書かせていただきましたが、お祝いの準備をしなければなりません」
「それは構いませんが」
「王都の方へ行こうと思うのです。色々と揃えたい物も多いですし」
王都。マリーチさんの口から出た言葉に、私は思わず目を輝かせた。
ここから一番近くの町ツェルトでも、私の村とは比べ物にならないほどだったというのに、王都ともなれば一体どれほどか。
「行ってみたいです!」
別の人が家事をやってくれるというのなら、なおさら。これも立派な竜の世話係としての仕事とはいえ、私にとっては休暇も同然だ。
私がマリーチさんの提案に飛びつくと、マリーチさんはフッと柔らかな笑みを浮かべた。
楽しみな出来事が控えていると、時間というものはあっという間に過ぎていくもので、翌朝、私はいつも以上に早起きをして身支度を整えた。いつもは屋敷の中にいるだけなので、比較的動きやすい服装を選んで仕事に従事しているが、今日は王都へお出かけ。小ぎれいにしておかなければ、おのぼり田舎娘の称号をほしいままにしてしまう。
「変じゃない……よね?」
『どこへ行く』
くるりと鏡の前で一回転していたら、案の定、というべきかシンと心に冷たさを宿す声。この突然現れる主にも慣れたと思っていたが……私は、スカートの裾を盛大に踏みつけて床へ派手に転がった。直後聞こえる嘲笑が、私の顔を赤く染め上げる。本当に悔しい。
「……フィグ様には関係ありません」
心の声を聞かれてもいいように、本題とは別のことを考える。
『貴様に休みを与えた覚えはないが』
「お休みではなく、これもれっきとしたお仕事です。それに今日は、私の代わりの方が来てくださいますので、お料理やお洗濯もご心配なく」
『誰が許可した』
「マリーチさんですよ。聞いてないんですか」
フィグ様は虚空に視線をさまよわせたのち、
『……し、しらん』
とあからさまに答えた。多分、マリーチさんは言っていたし、フィグ様も聞いていたのだろう。どうせ適当に返事をしたのだ。忘れていたに違いない。
『なっ⁉ べ、別に! 興味がないだけだ!』
「そうですか。では、私はそろそろ時間ですので、行きますね」
『ま! 待て!』
「はい?」
『そ、その……ずいぶんとめかしこんでいるようだが……』
「まぁ、外に出ますので。いつもの格好ではいけないだろうと」
とはいえ、ドレスなど豪勢なものは着方も分からないし、いくらなんでも主張が激しすぎる。庶民が着るようなものではないことは重々承知しているので、いつもよりほんの少しだけ装飾がついているものを選んだに過ぎない。
『……ワタシが、ついていってやる』
「どうしてそうなるんです。今日はお迎えもありますし、大丈夫ですよ」
マリーチさんが用意してくださった馬車がそろそろ玄関先へと到着するはずなのだ。いつまでもフィグ様に構っていては、約束の時間に遅れてしまう。
「それよりも、どうですか? 似合ってます?」
私がくるんと身をひるがえせば、フィグ様は口をもごもごと動かして、動かした結果、
『知らん!』
と顔をそむけた。ここで、お世辞でも似合ってるなどと言ってくれるような神様でないことは分かってはいるが、やはり悲しいものがある。何を期待して、こんなことを聞いてしまったのだろう。
私は、呆れをため息とともに吐き出して、では、と頭を下げた。
「フィグ様、行ってまいります。何かおいしそうなものがあったら買って帰りますから、フィグ様はいつも通り、ゆっくりお休みになられてくださいね」
フィグ様も、私が相当頑固なことはこの数か月で学んでいる。何か言いたげではあるが、その言葉を飲み込むようにして、小さくうなずいた。
しゅんとして見えるのは気のせいだろうか。
『してない!』
そうですか、すみませんね。後ろから聞こえた声に謝罪をつけて、私は玄関へと急ぐ。
「お待たせしました」
「いえ。ちょうど今着いたところです。むしろ、もっとゆっくりしていただいても良かったのに」
バタバタと玄関を抜けると、マリーチさんが爽やかな笑みで私を出迎えた。
マリーチさんも、当然私服。いつもの竜騎士様の制服とは違って新鮮だ。シンプルながら、上質な布であることは一目で見て取れる。深い緑に、ところどころ金の刺繍がほどこされていて、マリーチさんのピンクブロンドの髪にも、新緑の瞳にも良くあっていた。
「なんていうか……その、素敵ですね」
私が本心からマリーチさんを褒めると、
「ヴィティさんも、よくお似合いですよ。いつも素敵ですが、今日はいつも以上にお美しい」
マリーチさんから、サラリと褒め返された。照れ臭そうにはにかむあたりが、また乙女心をくすぐるわけで。これを素でやってのけているのだとしたら、なんと罪深い男なのだろうと思う。私の場合は、やっぱり、少し自分に似ているところがあるせいか、異性としての好意よりも、家族に抱く親愛に近いようなものを抱いてしまうけれど。
「では、行きましょうか」
当然のように私の手をとって、エスコートする様は、おそらく、私のようによっぽど変わった乙女でなければ、王子様に見えていたことだろう。
彼との馬車旅に良い思い出はないが、今日はなんだか良い思い出が出来そうだ。
王都へと向かう道のりは、それこそ石畳で舗装されている場所が多くて、村の周辺に比べても揺れはかなりマシだという。それに、長い時間乗っているわけではない。初めての馬車が地獄だったおかげか、今日は全く苦にならない。舌を噛むことに変わりはないので、道中の会話はないけれど、それでも、マリーチさんとも打ち解けたからか、気まずいとさえ思わない。いつも小うるさいフィグ様がいなくて、むしろ気分としては晴れやかだ。
馬車の揺れが収まった数瞬で、マリーチさんに、ふと笑みを投げかけられた。馬車の揺れにあわせて左右へと踊るピンクブロンドの髪が楽しそうだ。
「デートみたいですね」
セクハラですよ、と言いかけて、馬車がガクンと揺れ、私はガチンと歯を鳴らした。
(こうなるってわかってて、話しかけてきたのね⁉)
今までの誉め言葉、全て撤回。この男、やっぱり完全には好きになれない。
私がジトリと視線を送ると、マリーチさんはクツクツと笑みをかみ殺した。
フィグ様のお誕生祝いの準備と称して、マリーチさんとデートすることになったヴィティ。
残されたフィグ様というと……。次回は、お留守番を任されたフィグ様がモヤモヤを抱えることに?
次回「フィグ、違和感を覚える」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




