第十七話 ヴィティ、気に入られる?
『おい、待て! まだ終わってないだろう!』
すっかりたくさんの荷物を抱えて大満足な私に、フィグ様が声を上げる。帰る気満々だった私の肩をがっしりと掴んだフィグ様が、薄青の瞳をカッと見開いた。
『忘れたのか』
「何をです」
『や、約束しただろう! 外套を買ってやると!』
「ですが、私も、今日は持ってきたお金のほとんどを使ってしまいましたし、外套は今のものがありますから」
『買ってやると言ってるんだ! ついてこい!』
有無を言わさず、フィグ様はそのまま私の手をぐいと引いて、ドカドカと歩き出す。道の真ん中をこれでもかと踏みつけて歩く姿は、傍若無人な男そのものだ。実際は、私にどうしても外套を買わせたい謎の優しい男なのだが。
少しばかりフィグ様への恐怖心が消えた町の人たちに、見た目だけで再び恐怖を植え付けてしまうのではないか。私はハラハラしながらその背中を追う。
「フィグ様、どちらへ?」
『仕立て屋だ』
「それは、あちらの道では?」
『と、遠回りしたい気分だっただけだ!』
だめだ。フィグ様も方向音痴だ。私も村から出たことがないせいか、大概方向音痴の自信があるが、フィグ様も同じらしい。
『行くぞ!』
ふんと鼻息荒く方向転換したフィグ様は、今度こそ、きちんと仕立て屋の看板を下ろした店の方へと歩き始めた。
ツェルトの仕立て屋は、決して大きくはないが、綺麗に整っていた。仕立て屋のおじいさんは、フィグ様を知っているのか、驚いた様子もなくのんびりと「いらっしゃいませ」と声をかける。
「今日は、竜騎士様はご一緒でないので?」
『世話係がいる』
フィグ様も、そっけなくはあるがきちんと会話をして、私の方へとその視線を向けた。つられて私の方をみたおじいさんが、なぜか目を見開いている。フィグ様登場よりも、私に驚愕とはこれ一体。
「……竜神様が、世話係の方をこちらに……」
天変地異の前触れじゃろうか、と呟かれた言葉は聞かなかったことにした。ここ数日、季節外れの吹雪に見舞われていた身としては、これ以上の天変地異もご遠慮したいところだ。
「初めまして。竜の世話係として、先日からお世話になっている、ヴィティと申します」
第一印象は良くしておきたい。私が出来る限りの誠意で挨拶をすれば、おじいさんは何度となく相槌のような、呆けたような声でうなずいて、やっぱり目を丸くしたままだった。
固まったままのおじいさんに、フィグ様が何やらボソボソと告げる。私には聞こえないくらいの小さな声だが、ささやかれているおじいさんの顔は、ますます驚きに満ち溢れていった。
一体どんな会話をしているのだろうか。というか、人間ってあんなに驚けるのね。
「そ、それではすぐに取りかからせていただきます!」
おじいさんは言うや否や、その老骨にムチを打つように、キビキビと動く。それは、初日に体験したあの出来事のごとく。なすすべもなくマリーチさんからいただいた外套をはぎとられ、巻き尺で体のあちらこちらを測られていく。ウェストの数値を見てしまった時には、思わずおなかに力をこめてしまった。もちろん、おじいさんに静かな声で諭された。計測が終わると、今度はいくつもの布地やボタン、刺繍糸を当てられ、フィグ様がそれに首を振る。大抵は横に、時折、縦に。
「それでは、こちらで……」
最後におじいさんがボソボソとやはり私には聞こえないようフィグ様にささやくと、フィグ様は満足したようにうなずいて、
『三日くれてやる』
と横柄な返事。だが、おじいさんは気を悪くするどころか、どこか嬉しそうに微笑んでうなずく。商談がまとまったのだろうか。
フィグ様はそんなおじいさんを一瞥すると、礼もなく、店を颯爽と後にした。代わりに私が懇切丁寧にお辞儀をしておく。
フィグ様を追いかけようと踵を返せば、おじいさんから呼び止められた。
「差し出がましいとはわかっておりますが、その……」
どうしても何かを言わずにはいられない、と切羽詰まった顔が語る。話を断る理由もない。しいて言えば、方向音痴でせっかちなフィグ様が一人、店の外へ出たことが気になってはいるものの、そんなに長くかかる話でもなさそうだ。
「お気になさらず、なんでもおっしゃってください」
私が続きを促せば、おじいさんは安堵したような、柔らかな笑みを浮かべた。
「竜神様は、誤解されやすい方で……色々と、悪いお噂もあると聞きますが、それだけがあの方の全てではないのです。それだけは、どうしてもお伝えしておきたくて……」
これは驚いた。先ほどのおじいさんほどではないけれど、私の顔も大概のものだろう。
まさか、フィグ様のことを怖がるどころか、誤解のされやすい方だなんてフォローをしてくださる方が現れるなんて。
フィグ様、良かったねぇ……なんて、そんなことを考えていると、
「特に、あなた様は気に入られているようですから」
突然、おじいさんから爆弾発言が飛び出した。気がする。気がするだけだ。まさか、こんな温和なおじいさんが、爆弾などという物騒なものを扱ったりはしない。多分。
フィグ様がいくら不器用でも、だ。仮に、毎日浴びせられているあの罵声を愛と名付けたとしたら、それこそ神様に怒られそうなくらいには、フィグ様からの扱いは酷い。
気に入られているなんて、信じられない。何か勘違いしているのではなかろうか。便利な世話係くらいが関の山である。
「世話係の方が、ここへ来られることはおろか……竜神様が女性にプレゼントを贈るだなんて、初めて聞いたものですから。きっと、とてもあなた様のことを大切にされているのだと思います」
ニコニコと柔和な笑みで、とんでもないことを語るおじいさんに、私が呆然としていると、仕立て屋の扉が大きな音を立てて開いた。真っ赤な顔をしたフィグ様が、鋭い目つきでこちらを睨みつけている。
『おい! 早くいくぞ!』
「お引止めして申し訳ありません。それでは、世話係様……どうぞ、これからもよろしくお願いしますね」
『おい! 貴様! いつまでもワタシを待たせるな』
今日何度目か、フィグ様にぐいと腕を引かれて、私はその場から引きはがされる。おじいさんになんとかお礼を告げれば、おじいさんはどこか楽しそうに私たちを見つめた。
仕立て屋から強制退場させられ、私が何事かとフィグ様を見つめれば、彼は麗しい顔を赤く染めていた。
「フィグ様、お顔が赤いようですけれど、もしかして待っている間に冷えてしまいましたか? お熱なら、薬屋によってから帰りましょう」
春とはいえ、つい先ほどまで吹雪いていたのだ。この町は影響を受けていなさそうではあったが、とはいえ、気温が低いことに変わりはない。
私がそっとフィグ様のおでこに手を伸ばそうとすると、フィグ様はフイと顔をそむけた。
『熱などない!』
「ですが……」
『うるさい! 竜は風邪などひかぬ! 人と違って、ワタシは強いのだ!』
それよりもさっさと帰るぞ、とフィグ様に再び手を引かれる。しかし、耳まで真っ赤に染まっているフィグ様を見て、なんでもないと言われても違和感しかない。ここで彼に従って、結局熱が出ました、なんてことになっては、私の仕事も増えるのだ。譲るわけにはいかない。
「ダメですよ! すぐにすみますから、薬屋に行きましょう! 備えあれば、憂いなしです!」
『いらぬ!』
「行きますよ! お薬が苦手なら、飲みやすいよう工夫しますから‼」
往来でいつものごとく口喧嘩を始めた私たちが薬を買って帰ることになったのは、結局、それから半刻後のことだった。
まさかのフィグ様から外套のプレゼントをいただいたヴィティですが、外套以外にも店主からの爆弾発言をもらい、あっけにとられてしまったようです。
フィグ様との仲も縮まってきたところで、ヴィティは次なる「相談ごと」を受けることに?
次回「ヴィティ、相談される」
何卒よろしくお願いいたします♪♪




