80.そういうことなんだ
セリカの話を聞いて安心した私は、彼女が淹れてくれたお茶を飲む。このお茶一つとっても、昔の彼女なら淹れ方すら知らなったはずだ。
環境の大きな変化が影響しているとはいえ、これも成長の証なのだろう。そんなことをしみじみ感じていると。
「お姉さまのほうはどうなさっていたのですか?」
彼女のほうから私の近況を尋ねてきた。私はお茶のカップをテーブルに置き、優しく笑うように答える。
「最近はちょっと忙しかったかな。お仕事で王都の外に出ていたから。それ以外はいつも通りだったよ」
私の言葉に嘘はない。実際に忙しかった日々を除けば概ねいつも通りだった。ただ……考えることが、やるべきことが増えただけだ。それがとても大きくて……重たい。
「お姉さま……何かお悩みのことがあるのですか?」
「え……」
不意打ちの一言に思わず声を出してしまった。私は一言も悩みなんて言葉を出していないのに、彼女は心配そうに私に尋ねてきた。
「どうして?」
「いえ、その……悩んでいるようなお顔をされたので」
「そんな顔……してたかな?」
むしろさっきは、余計な心配をかけないようにと思って、普段通り笑って振舞っていたはずなんだけど……。
「お姉さまの笑顔は何度も見てきましたから。それが本心なのか、それとも無理をしているのかくらいわかります。あとはなんとなく、です」
「なんとなく?」
「はい! そんな気がしたんです。姉妹ですから」
「……そっか」
別に忘れていたわけじゃないけど、再認識させられた。私と一緒に過ごした時間の長さは、妹である彼女が一番なのだと。姉妹だから、家族だから、当然のことなのに……。
今になって私は、それが当たり前のことなのだと実感できた。
「それで、お姉さまのお悩みとはどのようなことなのですか?」
「え、あーえっと……」
「もしかして、私にはお話しできないようなこと……なのでしょうか?」
「……う、うん。そのセリカにってことじゃなくて……」
説明がとても難しい。私が抱えている問題は、他の誰にも話してはいけない。誰にも言わないでほしいというアッシュ殿下との約束がある。だからユレン君にも話していない。
セリカにも話すつもりはない。ただ、彼女は私と同じ錬成師だ。もしかしたら、私が気付かないことに気づけるかもしれない。アッシュ殿下を救う方法は、今のところ手詰まりで何も進んでいない。
「ねぇ……セリカ。セリカは魔法のことは知ってる?」
「魔法ですか? はい。文献に記されていることなら知っています」
「じゃあその、例えば……例えばだよ? 魔法を使うためには魔力が必要で、その魔力の代わりに別のものを使っていたとしてね? その別のものと取り戻す……回復する方法って何だと思う?」
「回復ですか? うーん……」
セリカは目を瞑り唸りながら考えてくれている。抽象的な説明で、肝心な部分は伏せてあったから伝わりにくかっただろう。
「ごめんなさい。私には難しくてわかりません」
「そうだよね」
今の説明でパッと答えが出るのなら簡単だ。少し期待をしていた分だけショックを受ける。するとセリカは続けて話す。
「ただ私なら――」
彼女の口から語られたのは、彼女なりの解釈だった。私はその説明に耳を傾ける。そして最後まで話し終わり――
「そっか……そうだよね。そういう方法があるよね。なんで今まで気づかなかったのかな?」
セリカの指摘は難しいことじゃなかった。私なら、錬成師なら当たり前に出来ていて、誰もが考えつくようなことだった。
そんなことにも今まで気づけず悩んでいたなんて、我ながら恥ずかしい。
「お姉さまは深く考え過ぎなのです。私の場合は考えなしで失敗してしまいましたけど、考え過ぎるのもよくないと思います」
「そう……だね。うん、セリカの言う通りだよ。考え過ぎてたかな」
「ふふっ、お姉さまはお優しいですから。ユレン殿下のためにと、頑張り過ぎているのだと思います」
「そうかもしれない……え? ユレン君?」
私は一度もユレン君の名前なんて出していないのに。
「なんで?」
「なんとなくです。お姉さまが頑張るのはいつだって誰かのためけど、そこまで悩むことならきっと、凄く大切な人のためなんだろうなって」
「ユレン君の……」
アッシュ殿下はユレン君のお兄さんで、彼が憧れている人でもある。そんな人が苦しんでいると知って、どうにかしたいと思った。
それはアッシュ殿下を助けたいという気持ちだけで、他に理由はないと思い込んでいた。
「あれ? 間違っていましたか?」
「……ううん。本当によく気が付くね」
「もちろん姉妹ですから!」
私自身が気付いていなかったことだ。私が悩み、考えている理由の先には、いつだってユレン君の存在があった。
アッシュ殿下のことだって、ユレン君に悲しんでほしくないという気持ちが、私の胸の中にはある。イリーナちゃんよりも、国王様よりも、他の誰よりも最初に浮かぶのはユレン君のことだった。
「そっか……」
つまりは、そう……そういうことなんだ。
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