78.ちょっぴり不安
双葉社Mノベルスfより第一巻が発売されます!
イラストレーターは『ぽぽるちゃ』先生!
3/14発売ですので、ぜひぜひお楽しみに!
行き交う人々の流れに逆らわず、賑わう王都の街を散策する。ユレン君と別れた後、自分の部屋に戻ってから着替えをして街に繰り出した。
王宮では身分がわかるように制服を着ている。仕事とは無関係に街へ出るなら、制服じゃないほうがいい。制服で行くと変に注目されてしまう。
「さてと……」
街に来たのはいいけど、この後はどうしようかな?
特に目的があって街に繰り出したわけじゃないし、こっちに来てしばらく経つけど、王宮以外のことってあまり詳しくないんだよね。
よく行く場所とか、馴染みのお店とかもないし……。
「あっ、あった」
ふと思い出した。行きつけでも馴染みのお店でもないけど、一カ所だけ行きたいお店が。ずっと行きたいと思っていて、忙しさで後回しになっていた。
ちょうどいい機会だし、今から様子を見に行くとしよう。
「頑張ってるかな……セリカ」
ラウルスの一件に関わっていたセリカは今、王都でお店を営んでいる。ラウルスに脅されたとはいえ、自らの生み出した物で多くの人が傷ついた事実を悔やんだ。そして自らの命で罪を償おうとした彼女を、私は引き留めた。
死が償いになるなんて間違っている。償いたい気持ちが本物なら、苦しんでも生きて償うべきだと私は言った。それに賛同してくれたユレン君の計らいもあって、彼女はこの国で居場所を得た。
お店の場所は商店街の一角。大通りに面した二階建ての建物に彼女がいる。歩くことに十分、私はお店の前に到着した。
街へ繰り出した時間が遅かったから、到着した頃にはちょうど日差しがオレンジ色に変化し始めていた。夕日に照らされた看板を見て、私は複雑な気持ちになる。
「うーん……やっぱり恥ずかしいなぁ」
看板には私の名前、アリアとおしゃれな文字で書かれていた。ここはセリカのお店で、私は関係していないのだけど……。
お店の名前を決める時、セリカが絶対この名前がいいと言ったそうだ。自分のお店なのだから、付けるなら自分の名前で良かったのに。
自分はまだまだ未熟だから。お姉さまの名前をお借りして、いつかその名に恥じない錬成師になりたい。そう言っていたらしい。
私がその場にいたら、恥ずかしいから別の名前にしてと言っていたと思う。でも直接聞いていたユレン君は、だったら頑張るしかないなと笑って言ったそうだ。
「イジワルだよね」
彼のことだから悪気なんてないだろうし、きっと前向きな理由で承諾したのだろうけど。それでも私が恥ずかしがることくらい予想してほしかったよ。わかった上で笑ったのなら、やっぱりイジワルだ。
そんなことを考えながらため息をこぼし、私はお店の扉に手をかける。だけど、すぐには開けられなかった。
セリカとはあの一件以降会っていない。避けていたわけじゃないし、単に忙しくて顔を出せなかったからだ。それでも、今までに起こったことを思い出すと躊躇してしまう。私たちは普通の姉妹とは違うから。
二人きりでちゃんと話せるか不安だ。私は大きく深呼吸をしてから、思い切って扉を開ける。
カランカラン――と、来客を告げるベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ!」
するとすぐ、元気よく挨拶が聞こえてきた。店頭に立つ彼女を見ると、にこやかな表情をしている。視線が合い、彼女は私に気付いた。
「お姉さま!」
途端、嬉しそうに声をあげて、慌てて私のほうへと駆け寄ってきた。まるで大好きな主人を見つけて駆け寄る子犬のように。
「来てくださったのですね!」
「うん。お仕事中なのにごめんね」
「そんな! お姉さまが来てくださって私は嬉しいです。ずっと来てくださる日を待っていましたから」
「そうだったの?」
「はい!」
元気いっぱいの返事がお店の中に響き渡る。彼女の声は何度も聞いてきた。だけど、こんなにも元気よく話す彼女は初めて見た。
彼女の笑顔はいつも見ていた。誰に対しても笑顔で明るく接していた。それでも心から笑っている姿を見たことがなかった。それが今、初めて見られた気がする。
「今日はお休みだったのですか?」
「うん。お休みだよ」
「でしたらこの後ゆっくりお話しできますね!」
「え、お店はいいの?」
「夕方になるとお客様が減るんです。だからちょうど閉めようと思っていましたから」
ほんの少し前まで、彼女から向けられる視線はチクチクして痛かった。笑顔で丁寧な話し方をしていても、私のことを快く思っていないことが伝わってきた。だから正直、彼女と話すのは好きじゃなかった。
それが今は少しも感じない。今の彼女から感じるのは、温かさと優しさだ。私のことを心から歓迎してくれている。そう思える。
「二階でお話しましょう! 案内しますね」
「うん。ありがとう」
扉を開けるまで不安だった。ちゃんと話せるかどうかわからなかった。そんな不安が一瞬にして消えていく。私を二階へ案内する彼女の背中を見つめながら、一人小さく笑う。
どうやら不安になる必要なんてなかったみたいだ。
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