66.戻らない部隊
「姉さん! ユレン殿下! アッシュ殿下が戻られたそうですよ!」
「兄上が!」
錬成台に向き合う私は反応が少し遅れる。
部屋に駆け込んできたフサキ君から報告を聞いたユレン君は、作業の手を止めて私に言う。
「アリア、一度兄上の所へ行こう。あの件を話しておかないと」
「……うん」
「気乗りしないのはわかるよ。でも」
「大丈夫だよ。私はまだ諦めてないから」
これまでに取り組んだ十三のパターンは、残念ながら全て目立った成果を得られていない。
一時的な症状緩和には繋がるものの、根本の完治には程遠かった。
しいて成果を言うならば、症状緩和の効果時間が伸びていることくらいだろう。
アッシュ殿下の留守を頼まれた私としては、一人でも多くの人を助けたかったけど、現実は目の前で何人も死んでいく。
だけど落ち込んではいられない。
この病気と闘うのは、私にしか出来ないことなんだから。
「行こう。ユレン君、フサキ君」
「ああ」
「了解ですよ」
◇◇◇
帰還されたアッシュ殿下は医務室にいるという。
私たちは速足で彼の元に向かった。
ユレン君がノックもなしに豪快に扉を開ける。
「兄上!」
「ん? おおユレン、アリアとフサキも一緒か」
医務室にいる、ということは怪我をしたということ。
だから私たちも急いで駆けつけたのだけど、当の本人は元気そうだ。
椅子に座り、お医者さんに包帯を巻いてもらっている最中。
見たところ全身切り傷や打撲はあるみたいだけど、大きな傷はない様子。
「兄上、怪我は大丈夫なんですか?」
「見ての通り軽傷だよ。死ぬような怪我じゃないから安心しろ」
「そうですか」
ユレン君がホッとして胸をなでおろす。
私も心配していたけど、やっぱり兄弟である彼が一番心配していたようだ。
「でも珍しいですね。兄上が怪我をして戻ってくるなんて」
「いやー今回のやつが結構暴れ回りやがってな。思ったより苦戦しちまったんだ」
話ながら自分の頭をポンポン叩き、軽い雰囲気で笑うアッシュ殿下。
魔物がどれほど恐ろしいのか知らない私でも、そんな風に笑えるとは思えない。
それだけ強い人なんだと再認識させられる。
「あの、アッシュ殿下」
「ん? なんだ?」
「もしよければこれを。傷を治癒するポーションです」
「お! 貰って良いのか?」
私はこくりと頷く。
元々そのつもりで持ってきていた。
「ありがとな。助かるよ」
「いえ」
私からポーションを貰い、アッシュ殿下が一気に飲み干す。
すると瞬く間に効果が発揮され、身体中の傷や打撲が回復していく。
「おー凄いな。俺って薬とかの効きが悪いんだけど、こいつは一瞬だな。やっぱ特別なポーションなのか?」
「いえ普通のポーションなんですが……」
効果は通常通り発揮されている。
彼の言うように、薬が効きにくい人は少なくない数いて、ポーションも同様に効果に個人差が現れたりする。
一般的に薬が効きにくい人は、ポーションの効きも悪かったりするんだけど。
見た感じその様子はなさそうだ。
「そうなのか? まぁいいや。とにかくありがとな」
「はい」
回復したアッシュ殿下は確かめるように両腕をグルグル回す。
違和感がないことを確認して、よしと一言口にした。
「そんで、そっちの首尾はどうだ?」
「そのことなんですが……」
ユレン君が私に目配せをする。
私は頷き口を開く。
「私から説明します」
「聞こう」
「はい」
その後、私はアッシュ殿下に彼が不在の間に判明した情報、起きたことを話した。
具体的には死者数、新たなポーション開発の難航、そして……
「魔物……か」
「はい。亡くなられた方が口にしていた言葉です」
「そうか」
アッシュ殿下は俯きながら考え始める。
意識不明瞭な状態での寝言。
あまり信憑性の高い話ではないが、魔物という単語が出て来た以上ありえない話でもない。
今の話を聞いて、アッシュ殿下はどう考えるだろう。
代表してユレン君が尋ねる。
「どう思いますか? 兄上」
「……そうだな。魔物が関係してるってことならゼロじゃない。前にも話したが、ここのところ魔物の凶暴化が目立つ。無関係じゃないとしたら……」
殿下は話し途中で口を紡ぐ。
まだ考えがまとまっていないのだろうか?
私たちは彼の回答を待つ。
「……実はな? 今回の探索中に行方不明になった部隊があるんだ」
「行方不明? どういうことです?」
「偵察目的で部隊を分けたんだ。選りすぐりのメンツだったから、魔物と遭遇しても逃げきれる想定があった。だがある方向へ向かった部隊は未だ戻らない」
アッシュ殿下の話によると、構成人数は八人。
いずれもベテランの騎士たちで、魔物相手でも連携で対応できる強さを持っていたという。
だからこそ信頼して偵察を任せた。
結果的に別の部隊が魔物を発見して、殿下はそちらの対処に向かったそうだ。
しかし、一方の部隊は戻らなかった。
「それもあってすまん。魔物の死体も用意する暇がなかったんだ」
「いえ、仕方ありませんよ」
そんなことをしていられる状況じゃなかったみたいだ。
私のお願いよりも、いなくなった人たちが心配だな。
「俺も探しに行きたかったんだが、不甲斐なくも負傷しちまってな。部下たちに止められたんだよ」
「そうだったんですか。いや、部下たちの判断は正しいですよ」
「わかってるよユレン。だが放ってもおけない。これから確認にいく予定なんだが、もし魔物がこの病に関係してるのなら……」
私はこの時点で、殿下が何を考えているのか察した。
殿下は強い。
魔物にも負けないくらいに。
だけど強いだけじゃ、病気には勝てない。
病気に対抗できるのは……その術を持っているのは。
「アリア。お前にも同行してもらえないか?」
「――はい」
私だけなんだ。
だから質問の回答は「はい」しかない。
元より私も、断るなんて選択肢は選ばなかっただろう。






