62.お仕事開始!
奇病に感染した人たちは、アッシュ殿下が所有する建物に隔離している。
隔離と聞けば押し込められているように思うけど、実際は少し違う。
医療の提供はもちろんのこと、衣食住に娯楽など、快適な生活が送れる体制が整っていた。
少しでも不便がないようにという配慮。
すべてアッシュ殿下の心遣いだ。
私たちにも仕事用に部屋を貸してくれたり、錬成に使えそうな素材を一通り準備してくれたり。
細かな所で気を利かせてくれている。
「アッシュ殿下って見た目はごっついのにマメですよね~」
「そういう人だよ、兄上は」
私は二人と一緒に街を歩いていた。
街の散策、というわけじゃなくて、ある場所に向っている。
綺麗な街だし、せっかくなら観光したいという気持ちはゼロではないけど。
「……誰もいないね」
「ああ」
殺風景な景色を見せられたら、遊んでいる気分にはなれないよ。
私たちは歩みを速める。
向かった先は、アッシュ殿下が所有する建物の一つ。
ここには奇病になった方で、比較的時間が経過している方々が暮らしている。
中はとても綺麗で白く、殺風景な街中よりも静かだった。
お部屋が一つずつ用意されていて、中で彼らは生活を送っている。
「こんにちは」
返事はない。
亡くなられているわけではないが、危険な状態なのは明らかだった。
呼吸は浅く短い。
発熱が続き、急激に体力が消耗されていく。
茨の紋様はすでに全身を覆い隠そうとしていた。
「酷いですね」
「ああ。アリア、他も確認しに行こう」
「……うん」
この場で何かしてあげたい。
そんな気持ちを押し殺して、次へ次へと病室をまわっていく。
重篤な症状の出ている方々ばかりで、まともに会話をすることも出来ない。
「次で最後の部屋だ」
「ちょっとでも話が出来るといいですね」
「うん、でも……」
難しい気はしている。
フサキ君も期待薄でただ口にしただけだった。
私たちは最後の扉を開け、挨拶をする。
「こんにちは」
すると――
「いら……しゃい」
返事が返ってきた。
病室のベッドで横になっている彼が、虚ろな眼差してこちらを見ている。
私たちは急いでベッド横に駆け寄った。
「突然失礼します。私は王宮から派遣されてきました錬成師のアリアと言います」
「……錬成師……さんかぁ」
「はい! 少しだけお話を伺えませんか?」
「……ああ、いいよぉ」
彼は虚ろなままに答える。
あまり意識がハッキリしているとは言えない状態だ。
今にも寝入ってしまいそうなほど瞼も半分閉じている。
長く難しい質問には答えられないだろう。
そう理解した上で、私は一つだけ大まかな質問をしてみることに。
「この病気になって何か変わったことはありませんでしたか? 気付いたことでもいいので何かあれば教えていただきたいです」
「気づいたこと……熱くて、怠くて、暗いんだ」
「暗い?」
発熱と倦怠感からくる発言はわかる。
だけど暗い?
そんな症状は聞いていない。
視覚にも何らかの症状が出ているということなのか。
私が考えていると、彼は続けて語り出す。
「夢を……見るんだ」
「夢?」
「そう……夢だ。暗い森の中で、真っ黒な塊が居座ってる……そいつが……ゆっくり近づいてくるんだ。あれは……魔物……」
「魔物?」
それを最後に、男性は眠ってしまった。
声をかけたが目を覚まない。
どうやら体力の限界が来てしまったようだ。
当分は目覚めない。
いやもしかすると、このまま最後まで目覚めない可能性も……
「ありがとうございます」
私は彼にお辞儀をして部屋を去る。
それから急いで屋敷に戻り、彼が話してくれたことをアッシュ殿下に伝えた。
「魔物か……そう言ったんだな?」
「はい」
「俺たちも聞いていました。間違いありませんよ兄上」
「そうか、魔物……」
アッシュ殿下は難しい顔で考えだす。
所詮ただの夢だと言ってしまえばそれまでだが、私は直感的に無関係ではなさそうだと思ってしまった。
たぶん私だけじゃなくて、ユレン君やフサキ君も、
そしてアッシュ殿下も、彼が残してくれた言葉を材料に頭を捻る。
「魔物がこの病に関係してるって可能性があるってことなのか?」
「はい。私もそんな気がします。実際に魔物が原因で広まった病はいくつもあります」
「なるほどな。確かに魔物の数が増えた時期とも重なる。最近ますます凶暴化してるのも無関係じゃないのかもしれねーな」
そう言ってアッシュ殿下は椅子から立ち上がる。
「俺はこれから魔物の対処に行ってくる。お前たちは引き続き頼む」
「魔物の対処っていうのは倒しに行くんですか?」
「ああ、倒してもキリなく増えやがる。まったく困ったもんだぜ」
やれやれと両手を振るう殿下。
日に日に数が増し、凶暴化しているという話が気がかりだ。
「あの、もし可能なら倒した魔物の死体を持って来ていただけませんか?」
「ん? おういいぜ。それくらいお安い御用だ」
「ありがとうございます」
「気を付けてくださいね、兄上」
「おう」
そうしてアッシュ殿下は魔物退治に出て行った。
私たちは用意してもらった部屋に向かい、錬成台と向き合う。
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