51.自分の価値
第三章もよろしくお願いします!
「すみませんでした!」
アトリエに響く少年の声。
フサキ君は私に向って、深々と頭を下げて謝罪した。
「もういいよフサキ君、謝らないで」
「いえ、オレが不甲斐ないばっかりに姉さんを危険な目に合わせました」
「そんなことないよ。フサキ君がいてくれたお陰で、ユレン君たちがすぐにかけつけられたんだよ?」
「……ただ運が良かっただけです。助けたのは殿下たちで、オレは何も出来なかった」
フサキ君は頭を下げたまま否定する。
このやりとりは何度目になるだろうか。
重傷だった彼は、つい先日までベッドから出られなかった。
それがようやく歩けるようになって、真っ先に私の所へやってきて。
開口一番が今みたいな謝罪だった。
私は気にしていない。
むしろ彼が元気になってくれて良かったと心から思っている。
きっと他のみんなだって同じだ。
だけど……
「役に立てなかった分、今日から身を粉にして働きます! なんでも言ってください」
「怪我が治ったばかりなんだし、もう少し休んでた方が……」
「大丈夫です。これくらい痛くもないので」
「フサキ君……」
嘘を言っているのが私にもわかる。
彼は本当に重傷だったんだ。
一時は生死を彷徨ったとお医者様もおっしゃっていたほど。
歩けるようになって二日しか経っていない今、傷は完治していないはずだ。
動けば痛みが走る。
現に、フサキ君は時折、走る痛みに耐えているような顔をする。
隠しているつもりみたいだけど、私にバレている時点で相当な痛みなのだろう。
休んでいてほしいと思う。
「やっぱり休んでて。無理をして倒れたら大変だよ」
「でもオレなら」
「駄目。せめて座って出来ることにしよう」
「……わかりました」
本当はベッドで寝ていたほうが良い。
だけど彼は引き下がらないから、妥協して一緒に仕事はすることに決めて。
なんとなく、目を離すといなくなってしまいそうな気もしたから。
時間は流れ夕刻。
仕事が終わる時間だ。
「お疲れ様、フサキ君」
「はい」
「ちゃんと休んでね? 無理しちゃだめだよ?」
「わかってます。それではまた明日」
本当にわかっているのだろうか?
アトリエを出て去っていくフサキ君の後ろ姿を見送る。
どこか悲しそうで、寂しそうな後ろ姿。
見ているとこっちまで不安になるようで、追いかけたくなった。
だけど気づけばいなくなっていて、追いかけることも出来ず、私はため息をこぼす。
「はぁ……」
「お疲れか?」
「え? わっ! ユレン君?」
「そんなに驚くなよ」
いつの間にか隣にユレン君が立っていた。
毎度のことだけど、神出鬼没過ぎて心臓に悪いよ。
「いつからいたの?」
「つい数分前からだよ。様子を見に来たんだ。今日はあいつの」
そう言ってユレン君が目を向けた先は、フサキ君が歩いて行った方向だった。
「ユレン君も心配してたんだ」
「そりゃな。部下のことだ。まぁ予想通りみたいだけど、かなり気にしてるみたいだな」
「うん。私は平気だって言ってあるんだけど」
「俺も伝えたんだがな? フサキの迅速な行動のお陰でアリアを救出できたし、賊も捕らえられた。こっちが有利な状況で突入できたのはあいつのお陰だ」
ユレン君たちが私を見つけ出せた理由。
それは、フサキ君が私に糸を絡めて、道筋を示してくれていたからだ。
あの時すでに、彼は重傷を負っていた。
毒の影響で痺れてもいたはずなのに、彼は自分の身よりも私のことを優先したんだ。
それだけもう、十分に仕事は果たしていると思う。
私もユレン君も認めているのに、当の本人は自分を責め続けている。
「君を守れなかった。不甲斐ない護衛ですみません。オレにはこれくらいしか出来ないのに、これじゃ無価値だ。とか言い出してさ。子供のセリフじゃないよな」
「……うん。でも」
「ああ、大人でもない。落ち込んで、ふさぎ込んでいるだけだ。大人になろうと頑張ってる子供……みたいな感じなのかな?」
「そうだと思う。きっとフサキ君は今までも……」
こんな風に、自分を追い込み続けてきたのかな?
「ユレン君は知ってるの? フサキ君が私の護衛、じゃないか。イリーナちゃんの護衛になる前のこと」
ふと気になった。
彼は今もなお幼いけど、以前から働いていたという。
ずっとこの王宮にいたのだろうか?
それとも別の場所にいたのか。
「うーん、実は俺も詳しくは知らないんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。あいつを連れてきたのってガーデン公なんだよ。子供だけど優秀な人材だって説明されて、それ以上は特になかったかな」
「公爵様が……確かにそんな話してたかも」
今更だけど公爵様って、私のことを部外者とか危険って言えない立場なんじゃ……
やっぱりあの時は最初から、私の覚悟を試していただけなんだろう。
私がここに残る意志さえ示せば、あの方は認めてくれた……気がする。
「俺もガーデン公のことは信用してるし、彼が推挙した人材にこれまで間違いはなかったからな。でも一応聞いておくか。どっかで」
「うん。もしわかったら私にも教えてほしいな」
「ああ、アリアにも知る権利があるよな。これからも一緒に仕事するわけだし」
「うん」
彼は私の助手で護衛だ。
今もその関係は変わっていない。
これからも。






