48.王子と元王子
午後四時。
太陽が西へと傾いてくる時間。
ユレンたちは仕事をひと段落させ、部屋で休憩していた。
時計を確認したユレンは、そのまま視線を窓の外へと向ける。
「そろそろ戻ってくる頃か」
「アリアとフサキか?」
「ああ。夕刻までにとは言ったが、もう十分探索しただろう」
ユレンは窓を見ながら紅茶をすする。
「……そんなに気になるなら迎えに行ったらどうだ?」
「ぶっ!」
いきなり図星をつかれて噴き出すユレン。
むせ込みながら否定する。
「ごほっ、う、べ、別に気になってるわけじゃないぞ?」
「いやどう見ても気になってるだろ? フサキも一緒にいるんだ。よっぽど迷ったりしないだろ」
「そ、それはそうだが……盗賊の一件もあっただろう?」
「あれは彼女たちには無関係だ。というかほら、やっぱり心配してる」
図星だから言い返せないユレンは、むくれながら紅茶を一気に飲み干す。
飲み終わった紅茶のカップを少し強めにテーブルに置き、勢いよく立ち上がる。
「あーそうだよ心配だよ! だから森まで迎えに行く」
「はいはい。俺もお供するよ」
「別に一人で良い」
「そういうなって。俺も心配なんだ」
やれやれと身振りをするヒスイを無視して、ユレンはそそくさと部屋を出て行く。
ヒスイは冷静に片づけを済ませた後で彼に続いた。
二人は森の近くまで歩いていく。
道中、通り過ぎる人たちが何やらヒソヒソ声で話していた。
一人や二人ではない。
ユレンたちが進む方向を振り返り、そそくさと逃げるように去っていく。
「なんだか騒がしいな」
「ああ、何かあったのかも……って、おいあれ!」
先に気付いたのはユレンだった。
街の入り口に人が集まっている。
いや、注目すべきがそこではなく、集まっている人々が遠巻きに見ている一人。
全身泥と血だらけで、フラフラになりながら歩くフサキだ。
「フサキ!」
「でん……か……」
ユレンを見つけたフサキは膝をつく。
すぐさま二人が駆け寄る。
「どうしたんだこの傷! 誰にやられた?」
「殿下……オレより姉さんが……」
フサキはユレンの腕を掴む。
弱々しく、すがるように引っ張る。
「アリア? 彼女にも何かあったのか?」
「すみませ……ん。攫われて……」
「なっ……」
ユレンは動揺を隠せない。
青ざめる表情。
しかし、目の前で辛そうな顔をしているフサキがいる。
「い、いや先に手当だ! ヒスイ! 俺が運ぶから医者の手配を頼む!」
「ああ、ついでに街の衛兵も集めておく。必要になるだろ?」
「そうだな。頼む」
「任せとけ!」
二人はそれぞれの方向へかける。
ユレンの背に担がれたフサキは、薄れゆく意識の中で何度も謝った。
「すみません……すみま……せ」
「謝らなくて良い」
フサキを責める気持ちは一切ない。
むしろ無事だったことにホッとしているほど。
それでも不安は気持ちは隠せない。
走りとは別の理由で、心臓の鼓動が早くなる。
アリア……無事でいてくれよ。
◇◇◇
同日夜八時。
森は明かりも少なくひと際暗い。
そこには洞窟があった。
洞窟の前を二人の男たちが見回っている。
「はーあ、退屈だな」
「おい気ぃ抜くなよ。旦那に切れられてもしらねーぞ」
「別に平気だろ。どうせ誰も……なんだ?」
木々が揺れる音と風の吹き抜ける感覚。
森の中で響く音には限りがある。
故によく聞こえる。
金属が鳴り、どしどしと重たい足が地面を踏みしめる音が。
明かりが灯る。
一つ、二つ、十……さらに多く。
その先頭には、静かに怒る瞳が二つ。
「見つけたぞ。俺の国で好き勝手やってくれたな」
「て、敵襲だ!」
戦闘が開始される。
ユレンの後ろに控えていたのは、フローリアに駐在していた騎士たち。
加えて街を守っていた衛兵の一部も動員している。
圧倒的な人数で洞窟内へと突入して、道中の盗賊たちをなぎ倒していく。
ユレンとヒスイはその先頭を走る。
「どこだ? どこにいる?」
「焦るなユレン。先走り過ぎるなよ」
「わかってる。わかってるが……」
怒りが抑えられない。
アリアを攫われ、大事な部下を傷つけられた。
身近な人の血を見た時点で、ユレンの怒りは沸点を越えた。
「ああ、俺もだよ」
ヒスイも同じく怒っていた。
主が無茶をしているとわかっていながら、共に走っている。
立場を考えれば冷静な判断ではないが、二人の実力はとびぬけていた。
次から次へと現れる盗賊を、容赦なく切り捨てていく。
「キリがないな」
「盗賊たちのアジトだからな。どうする?」
「……盗賊の相手は兵たちに任せよう。俺たちは一刻も早く奥へ行くんだ」
「了解だ。お前たち! 俺と殿下は先へ進む! 賊は捕らえろ。一人たりとも逃がすな!」
ヒスイの声に反応して、兵たちが返事を返す。
二人は洞窟をかけていく。
ゴツゴツした足場を飛び越え、迷路になっている中を迷うことなく。
そして――
「アリア!」
「ユレン君!」
二人はたどり着いた。
「君とも久しぶりだね? ユレン王子」
「ラウルス……?」
元王子と王子。
異なる運命をたどった二人が、再び邂逅する。






