38.目指す先は同じ
「君は私の意向を理解したのか?」
「はい」
「その上で、先の発言を口にしたということか?」
「はい。私は今の、殿下との関わりを変えるつもりはありません」
聞き間違えのないように、私はハッキリと宣言した。
不敬、不遜は覚悟の上。
それでも譲れないものだから、隠さず真っすぐに伝える。
「それは殿下のご意志か?」
「殿下ではなく、私自身の意志です」
「そこまでして殿下と交友を続けたいか?」
「はい」
声を大にして言おう。
怖くとも目を逸らさずに。
ここで逃げたら、私は守られるだけの人間のままだ。
「何か目的でもあるのか? 殿下に言い寄って、褒美でも頂こうとしているのではあるまいな?」
「褒美なんて、殿下からお褒めの言葉を頂けるだけで十分です」
良くやった。
頑張っているな。
そんな程度の言葉で良い。
ユレン君から貰える言葉なら、それだけで良い。
「お金も、地位も、名誉も必要ありません。私はただ、私に期待してくれている殿下に応えたい。必要としてくださるから、その思いに応えたいだけです」
「心意気は素晴らしい。だが、それで君の素性や身分が変わるわけでもないだろう?」
「はい。だからこそ、錬成師として成果を残して、皆さまが望む未来に貢献していきます。一つで足りないなら二つ、まだ足りないなら三つ。私の出来る全てをかけて、この国を理想に近づけます」
あの丘で、ユレン君は私に語ってくれた。
セイレムという国の美しさを。
この国に生きる人々の幸福を願い、より美しい国へと変えていきたいという思い。
私もそれを手伝いたい。
錬成師として、一人の友人として。
「私は錬成師です。殿下に選んでいただいた身として、その期待に見合った……いえ、以上の働きを示してみせます。殿下の目が確かだったと証明するために、私が殿下の傍にいても、恥ずかしくないように」
そうして私は歩き出す。
道を塞ぐ公爵様を横切り、前へと進む。
公爵様を越えた先にはユレン君が執務をこなしている部屋があった。
後になって気付いたけど、公爵様は最初から、引き返せという意味でここに立っていたのかもしれない。
でも、私は彼の隣を越えていく。
もう立ち止まったりしないのだと、覚悟を決めて。
パチパチパチ――
公爵様の隣を通り過ぎてすぐ、どこからか拍手が聞こえた。
私は立ち止まり、廊下の窓へ視線を向ける。
「いや~ すごいね姉さん! 旦那を前にして堂々と喧嘩を売った奴なんて初めて見たよ~」
廊下の窓が開いていた。
そこに腰を下ろし、陽気に話す黒髪の少年。
「よっと」
彼は身軽に窓から廊下に跳び入って、宙返りをして着地した。
「えっと、君は?」
「貴様、なぜ勝手に姿を現した」
「すみませんね旦那! つい面白くて出てきちゃいました」
「勝手なことを」
少年は公爵様の知り合いのようだ。
しかも親し気に話す。
見た目は十二、三歳くらいで、動きやすさ重視の安っぽい服を着ている。
あまり言いたくないけど、公爵様には似合わない相手だった。
「こんにちは姉さん! オレはフサキ! これを見れば誰かわかるんじゃないかな?」
「あ!」
彼はくるんと刃物を取り出す。
見覚えのある形状に驚く。
私も同じナイフを二本持っている。
「わかってくれた? 姉さんにナイフを投げたのも、手紙を差し向けたのもぜーんぶオレなんだ」
「ふっ、間違うな。私が殿下のためを思って指示したことだ」
「あーあーお堅い人だな~ 一応オレから弁明しとくとね? 最初っから絶対に傷つけるなって言われたんだぜ?」
「そう……なんだ」
言われて納得する。
そうか。
だから不安は感じても、最後まで恐怖は感じなかったんだ。
「危ないことしたのは事実だけどさ~ 旦那は殿下一筋だから! 殿下が不利益を被りそうなら、自分が処罰されても、嫌われてでも取り除くっていう心情の持ち主なんだ」
「勝手にペラペラとしゃべるな」
「いいじゃないですか~ 旦那が悪者になるのはオレも嫌なんすよ~」
「はぁ、お前を連れてきたのは失敗だったな」
呆れる公爵と、能天気に笑う少年フサキ。
一体どういう関係なのか気になる。
しかしお陰で場の空気も穏やかになった。
彼は場を和ませるためにおちゃらけた態度をとっているのかな。
「アリアと言ったな」
「え、はい」
「先ほどの言葉……偽りはないな?」
真剣な眼差しを向ける公爵様。
怒りや疑いではなく、純粋に見定めている。
私は偽らず、飾らず、ただ一言で返す。
「はい」
私の思いは変わらない。
ユレン君を支えること、彼の助けになること。
それはきっと、公爵様も同じなんだ。
私たちは互いに、別々の視点から同じ未来を目指している。
「そうか。ならば励むと良い。君を選んだ殿下の目が、決して誤りではないと証明するために」
「はい! 頑張ります!」
「オレも応援してるぜ~」
「お前は少し黙っていろ! 後で説教だ」
「えぇ~」
公爵様とフサキ君が去っていく。
私は二人が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送った。
「……はぁ~」
緊張した。
最後まで心臓はバクバクだった。
でも良かった。
公爵様がただ怖いだけの人じゃなくて。
ユレン君を信頼してくれている人だから、ちゃんと話も聞いてくれた。
最後の言葉は、期待しているという意味でいいよね?
「応えなきゃね」
新しい期待にも。






