31.脅迫状
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何気ない日の朝だった。
私は途中経過の報告のため、アトリエを出てラウラさんの研究室に足を運ぶ。
アトリエの位置が庭の真ん中で、道という道に出るためには大回りする必要がある。
私はそれが面倒だったから、木々が生い茂る間を通って抜ける。
いつものことだった。
アトリエにはイリーナちゃんが待っているし、早く済ませて作業に戻ろうと考えていた。
その時だ。
危ないよ?
「え?」
小さな声が聞こえた気がした。
私は咄嗟に立ち止まる。
立ち止まって正解だったと、目の前を掠めた銀色の刃が語っていた。
ストン、と木に突き刺さる一本のナイフ。
あと少し、止まるのが遅れていれば頭に刺さっていた。
「え、え?」
意味がわからなかった。
ここは王宮の中で、私にとって一番安全な場所のはずだ。
命の危険なんてあるはずがない。
そんな安心感があったから、目の前をナイフが掠めていった瞬間、全身から冷や汗が流れ落ちる。
「わ、私また……」
狙われてる?
でも、どうしてだろう?
あの時みたいな恐怖は感じなかった。
普通ならその場からすぐに立ち去るべきなのに、私は周りを見渡す余裕があった。
周りには誰もいない。
人の気配もない。
ふいに突き刺さったナイフに視線がいく。
「白い……紙?」
ナイフの柄の部分に白い紙が巻き付けられていた。
おそらく手紙か何かだろう。
私はゆっくりとナイフを木から抜き、巻きつけられた紙を開いた。
そこに書かれていたのは……
ユレン殿下に近づくな。
お前は相応しくない。
「こ、これ……」
脅迫状、と呼ぶべきなのだろうか。
それで正しいと思った。
書かれている文字から、私に対する恨みや怒りが感じ取れたから。
私がユレン君と仲良くしているのが気に入らない人がいる。
一体誰が……と考えていた所で時間の経過に気付く。
「さ、先に報告にいかないと」
私はナイフと手紙をしまい込んで、急いでラウラさんの研究室に向った。
駆け足で向かう。
息を切らしながら駆け込んで、ちょっと強めに扉を開く。
「遅くなりました!」
「うーんお疲れーってどうしたの? 汗だくだけど?」
「あ、えっと走ってきたので」
「そう? 別に急がなくていいのに」
呆れるラウラさんを前にして、私は乾いた笑い方をする。
定期的な連絡と研究報告をしながら、頭の中で別のことを考える。
さっきの手紙の内容だ。
ラウラさんに見せて相談に乗ってもらうべきだろうか?
手紙の内容的に、差出人がラウラさんというのは考えにくい。
いやでも、もしもって可能性もゼロじゃ……ありえないか。
「どうしたの? 何か悩んでる顔だね?」
「え、あ……そうなんですよ。新しい素材が足りないなと」
「小麦の話?」
「はい」
私は頭の中にあった別の話題に逸らした。
相談するべきだったのかもしれないけど、ラウラさんは研究で忙しい。
他事を考える余裕はないだろう。
そうなると……
報告を終えて、私はアトリエに戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいお姉さま! 報告は無事済みましたか?」
「……はい。研究の続きをしましょう」
ユレン君の妹に相談する、というのもなしだ。
きっと彼女は凄く心配してくれる。
親身になって話を聞いて、行動にもおこしてくれそうだ。
それはそれで大事件になりかねない。
王宮内が騒がしくなるのは、私だけじゃなくて他の人たちにも迷惑がかかる。
「ユレン君に……」
私は消え入りそうな小さな声でぼそりと漏らした。
イリーナちゃんには聞こえなかったようで、彼女は黙々とお手伝いを続けている。
手紙の内容はユレン君に近づくな、だった。
ユレン君が差し出し人ということは確実にないし、彼にも関係することだから相談するのは間違っていない。
ただ……ユレン君に近づいてほしくない誰かが、私たちを見ているとして。
私がユレン君に相談してしまったらどうなるのだろう?
最悪、ユレン君にまで被害がいかないだろうか?
それは嫌だ。
私の所為で、ユレン君が傷つくのは絶対に嫌だ。
となると、残る相談相手は……一人いる。
仕事を終わらせたその日に、私は彼を探して王宮内を歩き回った。
そして廊下を歩く彼の後姿を見つけ、声をかける。
「ヒスイさん!」
「ん? あーアリアか、お疲れさん」
ヒスイさんは陽気に挨拶を返してくれた。
ユレン君の側近であり、友人のような関係なヒスイさん。
彼のことはユレン君たちと同じくらい信用している。
何しろ、ユレン君が最も頼りにしている人だから。
「あ、あの、実は相談したいことが」
「相談? 俺にか?」
「はい。ちょっとその……ここでは……」
「わかった。場所を変えよう」
私の反応を見て察してくれたのか、人がいない部屋に案内してくれた。
部屋に入って一呼吸おいて、私は事情を説明する。
「なるほどな……」
驚かれるかと思ったけど、彼は落ち着いていた。
冷静に話を分析して、可能性を口にする。
「十中八九、王宮内にいる誰かの仕業だろうな~ もしくは頻繁に出入りする奴で、ユレンとも交流がある。どこかの貴族か?」
「あの……私はどうすればいいでしょう?」
「一先ずは普段通りで良いよ。変に怯えてると、他のみんなから心配される。相手も王宮の中で事件は起こしたくないだろうし」
「そ、そうですよね……」
ホッとしたような、不安なような感情が胸を支配する。
結局、差出人は誰なのだろうか。
ヒスイさんにもわからないと言われてしまった。
「俺のほうで調べておくよ。一応、心当たりがなくもない」
「え、そうなんですか?」
「ああ、でも相手が相手だから、下手な予想では口に出来ない。しばらく待ってほしい」
ヒスイさんの口ぶりからして、それなりの身分の人なのだろう。
「わかりました」
「おう。しっかし驚いたな、ユレンじゃなくて俺に相談に来るなんて」
「す、すみません。ユレン君に相談したら……彼も危険な目に合ってしまう気がして」
「あーそれはどうだろうな。まぁでも、俺の立場からしたら正解だよ。王子に余計なストレスはかけたくない。あいつに話したらきっと怒るからな」
私もそう思う。
ユレン君は優しいから。
「ユレンのことだし、俺に相談して自分になかったら、それはそれで怒りそうだがな。終わったら自分の口から話してやってくれ」
「はい」
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