21.昼下がり、死の香り
昼下がり。
私は昼食を終えて身支度を整えた。
小さなカバンにお金を入れて、宮廷付きの服から普段着に着替える。
準備が出来たら部屋を出て、そのまま王城の出入り口まで歩いた。
出入り口に差し掛かるタイミングで声がかかる。
「アリア」
「ユレン君?」
振り返ると彼が駆け足で私のほうへ向かってきていた。
私は立ち止まり、彼が来るのを待つ。
「どこか出かけるのか?」
「うん。ちょっと街のほうへ出ようかと思って」
「ふぅーん、今日は休みだったか? 午前中は普通に働いてたのを見かけたけど」
「ううん、休みじゃなくて仕事。街へ行くのも、錬成に必要な材料を集めるためなんだ」
私が答えると、ユレン君は首を傾げる。
錬成の素材は申告すれば準備してもらえる。
わざわざ自分で集めに行く必要はないのだけど、私は違う考え方を示す。
「昔から素材はよく自分でとりに行ってたからね。準備してもらうのも有難いけど、自分で探すと新しい発見があったり、違う発想が浮かんだりするから」
「あぁーなるほど。それじゃもしかして、街の外にも出るつもりでいるのか?」
「え? うん、森とかもあるし、一度は何があるか自分の目で確かめたいと思ってたの」
ラウラさんにもすでに了承は得ている。
イリーナちゃんも今日は王女様としてのお仕事があるらしく、手伝いに来られない。
依頼も一先ず区切りが見えて少し心の余裕も出来たところだ。
だからタイミングとしては丁度良い。
「夕方には帰ってくると思う」
「そっか。うーん、よし! じゃあ俺も一緒に行くよ」
「え? ユレン君も」
「何だその顔は? 俺が一緒は嫌か?」
ムスッとしたユレン君に、私はぶんぶんと首を横に振る。
「嫌じゃないよ」
ただ驚いただけだ。
ユレン君は仮にも王子様だし、簡単に城を出ていいものかと。
しかしよく考えてみれば、今までも頻繁に抜け出していたことも思い出す。
「大丈夫なの?」
「別に平気だ。ちょうど予定も空いてたところ――」
「ユレーン! どこ行った~」
大きな声でユレン君を呼ぶ声が聞こえてきた。
ヒスイさんの声だ。
ユレン君はビクッと小さく反応して、嫌そうな顔で目を逸らす。
「呼ばれてるけど?」
「いや、気にするな。さぁさっさと街へ出るぞー!」
「え、ちょっ」
「いいから急げ! あいつに捕まると面倒なんだ」
捕まるって、まさか逃げ出してきたの?
と、私が聞くより早くユレン君に手を握られ、そのまま引っ張られる形で王城を出て行く。
駆け足で風を感じながら。
王城から続く坂を下り、王都の街並みが近くに見える辺りまで駆け下りて立ち止まる。
「ふぅー、ここまで来れば探せないだろ」
「はぁ、はぁ……」
「ん? 大丈夫か?」
「ユレン君が、い、いきなり走るから」
息が上がってしまった。
ユレン君は平気そうにけろっとしている。
「これくらい森を走り回ってた頃は平気だったろ? 宮廷勤めでなまったんじゃないか?」
「そ、そうかも……でも良かったの? ヒスイさん探してたよ?」
「良いんだよ。いつものことだからな」
「いつもなんだ……」
要するに普段から今のように城を抜け出していると。
一国の王子がそれで大丈夫なのかと、純粋に疑問を感じた。
「護衛もつけなくて平気?」
「俺は剣の腕もあるから護衛とかいらないの。むしろ護衛が必要なのはアリアのほうだぞ?」
「え?」
「期待の新人錬成師に何があったら困るだろ? だから今日は俺が一緒にいて、アリアを護衛するよ」
そう言って自分の右胸をトンと叩くユレン君。
任せておけ、という意思表示なのだけど、王子に護衛されるなんて恐れ多いと思ってしまった。
ただ、この時から少しだけ……嫌な視線は感じていた。
◇◇◇
街を一通り巡った後、私たちは森を残りの時間をかけて探索することにした。
ちなみに街では良い発見は得られなかった。
「面白そうな素材はいくつかあったんだけどな~」
「うん。でも小麦の素材には向いていないかな」
「もう次を見据えてるのか。凄いな」
「そんなことないよ。まだ完成したのは一種類だけだしね」
多湿に強い新品種を開発したのが五日前。
現在は実際の環境に種を植え、順調に育ってくれることを祈るばかりだ。
実験では成功していたし、特に問題はないだろう。
他の新品種に関しては難航している。
今日の素材集めも、小麦作りに使えそうな物がないか探すのが目的だったわけで。
「他にもやることはあるし、まだまだ頑張らないと」
「根詰めすぎるなよ? それで倒れられたら困るんだ」
「うん。わかってるよ」
「本当? そう言って知らない間に無理してそうな感じだけどなぁ。昔から頑張り過ぎるところあるし」
ユレン君に疑いの目を向けられる。
そう言われるとちょっと弱い。
私は笑って誤魔化しながら、別の話題を振る。
「そういえば街の人、ユレン君が一緒なのに落ち着いてたね?」
「そりゃそうだ。いつものことだからな」
「いつも……どんな頻度で抜け出してるの?」
「大体三日に一回くらい」
思ったよりも高頻度だった。
これはヒスイさんも大変な思いをしているんじゃないか?
「何で――」
抜け出すの?
と聞こうとした時だった。
私は背中が凍るような寒気を感じる。
それが殺気だと気づいた時には、目の前に矢が飛んできていた。
「え――」
「伏せろっ!」
ユレン君の手が私の頭を押さえる。
咄嗟にしゃがみ込み、矢が頭上を掠めていく。
ユレン君が腰の剣を抜き、私を庇うように立つ。
状況が飲み込めない。
混乱した頭でなお、私は死の恐怖を感じた。






