20.トライ&エラー
実験開始一日目。
成長促進剤の効果が出て、すでに芽が出ていた。
緑色の葉っぱが二つに分かれているのが特徴で、鮮やかな緑色をしている……のもあれば、黄色とかすでに茶色いのもある。
それぞれ元にした素材が違うから、芽の段階で変化があるみたいだ。
「全部の経過観察終了っと。一先ずはちゃんと成長してるね」
強烈な環境でも育つように作った小麦たち。
まず芽を出す、という段階は突破出来たようでホッとする。
予想の中には芽すら出ず失敗するパターンもあったから。
「お姉さま、環境の調整はどうしますか?」
「うーん、このままで行きましょう。出来るだけ厳しい環境に設定しないと、実際に育てる時に困りますし」
「わかりました!」
イリーナちゃんのサポートもあって体制は順調だ。
「さて……」
明日はどうなっているかな?
◇◇◇
翌日。
菜園を見に行くと……
「枯れてますね」
「そんな……」
しかも全部、綺麗に枯れてしまっていた。
それぞれの環境に合わせた小麦は、二日も持たなかったようだ。
芽が出たのが昨日。
枯れるまでの間に成長した形跡はあるけど、どれも途中で萎れてしまっている。
乾燥していたり、ぐちゃぐちゃに腐っていたり。
失敗の仕方は環境によって異なるが、どれでも原因は同じだ。
「環境の強さに耐えられなかったんだ。成長促進もしてる所為で、余計に変化が早まったのかな」
「それでしたら促進剤なしで試してみてはどうでしょう?」
せっかくの提案だけど、私は首を横に振る。
「それじゃ意味がないんです。出来るだけ条件を厳しくして成功させないと。それに促進剤なしだとやっぱり時間が」
「そう、ですよね……ごめんなさい」
ショボンとするイリーナちゃんを見てハッとなる。
「あ、て、提案は良いと思いましたよ? 自分以外の意見っていつも必要だと思ってたのでありがたいです!」
「お姉さま……」
「だ、だから落ち込まないで下さい」
「……ふふっ、心配しないでくださいお姉さま。私だって、最初から全部上手くいくとは思っていませんでした」
イリーナちゃんは笑って、キッパリと言い切った。
信用していないとか、期待していないというわけではなさそうだ。
理由は続けて口に出す。
「お姉さまが今のお姉さまになれたのは、弛まぬ努力の結果だとお兄さまがよくおっしゃっていました」
「ユレン君が?」
「はい。何度も失敗を繰り返して、それでも諦めずに頑張れる人だと」
「そう……なんですね」
ユレン君がそう思ってくれている。
彼女の口から聞けて、少し口元が緩んでしまう。
「だからどんどん失敗しましょう!」
「……そうですね。錬成術はトライ&エラー! 失敗を経験にして、次へ活かしましょう」
「はい! あの……トライ&エラーって何ですか?」
「え、あ、えっと」
私はイリーナちゃんに説明しながら、自分にも言い聞かせる。
トライ&エラー。
挑戦して、失敗する。
失敗をそのままにせず、なぜ失敗したのか、どうすれば成功できたのか考え次に挑む。
何度も繰り返していけば、いつか必ず正解にたどり着ける。
天才だろうと努力家だろうと通る道。
私が何度も、進んできた道だ。
その日から改良を続けた。
素材が足りないのか。
それとも分量の問題なのか。
はたまたまったく別の可能性なのかを導き出す。
図鑑を引っ張り出して、これは使えそうという候補を見つけて、ラウラさんにお願いして集めてもらった。
「もう一度錬成します!」
「はい!」
全てを並行して実行しても中途半端になる。
一回目の失敗時点で枯れた小麦を調べて、一番長持ちした物から順に取り組むことにした。
調べた所、最も長く成長していたのは多湿に強い小麦だった。
アンスリー草という多湿に強い花を素材にしている。
二度目の実験では、同様に多湿に強い草を二種類ほど材料に加えた。
しかし失敗。
四日間は持ったのだが、穂が出来る前に枯れてしまった。
続く三度目では量を増やしてみた。
素材同士を繋ぐ液体も、水ではなく油に替えた。
すると一週間後……
「出来ましたよお姉さま!」
「はい。でもこれは……食用には出来ませんね」
「そうですね。癖が強すぎます」
栽培には成功した。
しかし錬成した時点でわかっていたけど、出来上がった小麦に元の素材が強く影響してしまったようだ。
「次は分量の調整と、代用できる素材を探しましょう」
「そうですね。次は成功です!」
失敗に落ち込まない。
それは全部終わってからで、反省より分析が先だ。
次に活かすため。
成功するために考える。
次の日も、次の日も。
宮廷で働く前からずっとやっていることだ。
ただ、今までと違うのは――
「お姉さま! これなんてどうでしょう?」
一緒に手伝ってくれる人がいて。
「よっ、アリア。頑張ってるな?」
労ってくれる人がいる。
期待してくれる人たちの声が身近に聞こえるから、頑張れる。
そして――
取り組み開始から二十日間後。
「出来……た」
ようやく一つ目。
多湿に強い小麦の種が完成した。






