11.王宮の錬成師
王座の間で話を終え、私たちは部屋を出る。
丁寧に礼儀正しくお辞儀をして扉が閉まった所で、ユレン君がニコリと微笑む。
「良かったな。これで正式にうちの錬成師だ」
「うん。ありがとうユレン君」
「俺はただきっかけを作っただけだよ。君が選ばれたのは、君がすごい錬成師だからだ」
「そ、そうかな?」
ユレン君は何度も私を褒めてくれる。
昨日と今日で、一生分くらい褒められたような気がするよ。
「そんなに自分を卑下しちゃだめだよ」
「ヒスイさん」
「ユレンも陛下も、身びいきで宮廷の役職を任せたりしないさ。ユレンの言う通り、間違いなく君の実力で選ばれているよ」
「そうそう。だからもっと自信持てって」
二人とも優しい言葉をかけてくれる。
何度も、何度も。
お陰で少しずつだけど、自信が湧いてきた気がするよ。
私たちは王城の廊下を歩く。
「あ、あの、今ってどこに向ってるの?」
「王宮だよ。君の仕事場を案内しようと思ってね」
「ここも王城と王宮で分かれてるんだ」
王城は陛下や王族が住まう場所であり、王宮は王族を含む多くの者たちが働く場所。
それぞれに役割が有り、宮廷付きが多く働いているのは王宮のほうらしい。
中でも錬成師は、王宮の端に部屋を用意されていた。
「今働いている錬成師は……確か七人だったか?」
「ああ。室長以外は全員雇って二年以内の新人だ」
「そうそう。だから言っちゃえばアリアのほうがベテランの錬成師なんだよな」
「べ、ベテランって。私も宮廷付きになったのは一年くらい前だよ?」
錬成の勉強を始めたのはもっと前だけど。
「その前から十分な実力はあっただろ? うちは人材が不足しててさ。錬成師を雇う最低条件も、錬成台が使えること、なんだよ」
「そ、それって……」
本当に最低条件だ。
錬成台が使えなければ錬成師にはなれない。
逆に使えるのなら錬成は出来る。
ただし、知識や経験が必要なこの職業で、使えるという程度はあまり意味をなさないけど。
「そういうこと。半分以上が素人で、錬成術のことなんてほとんど知らなかったんだ」
「だから室長さんが一人で指導してる。俺たちじゃ手伝えないし大変そうだったよ」
「俺は手伝ったぞ? 一応これでも錬成術は使えるし、その勉強もしてきてたからな。実はその時にアリアの話もしたんだ」
「へ、へぇ~」
つまり室長さんも私のことを知っているのか。
全く知らないよりは良いけど、今から会うのは緊張する。
前の王宮では放置され、ほぼ一人で仕事をしていたから、上司部下の関係性がイマイチわからない。
怖い人だったらどうしようとか。
気が合わなかったら……みたいなことを考えてしまって、少しだけ歩くペースが落ちる。
それにもユレン君は気づいてくれたようだ。
「安心していいぞ。あの人は気が良いから、きっと仲良くなれる」
「ほ、本当?」
「ああ」
「俺も保証するぞ。酒癖は悪いけど」
ヒスイさんはやれやれと身振りを見せる。
何か以前にお酒関係でよくない目にもあったのかな?
ユレン君は大丈夫だと言ってくれたけど、ヒスイさんの反応を見ていたらまた不安になってきた。
それから王宮に移動して、廊下を真っすぐに歩いていく。
宮廷付き錬成師室と書かれた札と、金色の枠で囲われた豪華な扉の前に到着した。
トントントン。
ノックしてから扉を開ける。
「いらっしゃーい、って殿下にヒスイちゃんじゃない?」
「邪魔するぞ」
「ちゃん付けはやめてくれよ……」
お酒を飲むという話を聞いて、私は勝手に三十代くらいの男の人を想像していた。
だから驚いてしまった。
「女の人?」
「ん? そっちの可愛い子は? 殿下のガールフレンドかな?」
「なっ……」
「はっはは! いきなり見抜かれたなユレン」
大声で豪快に笑うヒスイさん。
ユレン君は顔を赤くして彼をジト目で睨む。
私はというと、どう反応していいのかわからなくて固まっていた。
すると――
「おほんっ! 彼女は新しい宮廷錬成師だ。ほら、前に話した凄腕の」
「ああ! あの殿下がべた褒めしてた異国の錬成師か! ついに奪い取ってきたわけだね!」
「ちょっ、奪ったとか人聞きの悪いこと言わないでくれるか!」
「まぁあながち間違いじゃないだろ」
ヒスイさんがうんうんと頷く。
今更だけど、とても王子様と部下の会話には見えない。
ユレン君とヒスイさんは仲の良い友達みたいだし、室長さんも近所のお姉さんみたいな振る舞い方で。
なんだか調子がくるってしまうな。
「えーっと、確かアリアちゃんだったよね?」
「は、はい! 今日からお世話になります」
「うんうん! 聞いてた通り真面目そうで良い子だね。それに可愛いし」
「か、ありがとうございます」
そういう室長さんも綺麗な人だった。
淡いオレンジ色の長い髪に、肌は透けるような白でこまやかだ。
大人の女性、という言葉がぴったりと似あう。
「君が作ってくれたポーションは素晴らしかったよ。あれは奇跡のポーションだ!」
「き、奇跡って大げさでは?」
「そんなことないよ~ あれのお陰で何万という人が助かったんだ。私たちじゃ到底たどり着けなかった領域に君は至っている。わかるかな? 私たち錬成師にとって、君は一つの目標を示したんだ」
「目標……」
私が誰かの目標になる。
そんなこと考えもしなかった。
「そんな君と一緒に働けるなんて光栄だよ! 私は室長のラウラ、これからよろしくねアリアちゃん」
「はい!」
ユレン君の言う通り、室長さんは気の良い人みたいだ。
この人と一緒なら働いていけそうだと、出会って数分で思えて安心した。






