陰キャ、最終審査に向けて ーやることはただ1つー
最終審査の結果発表まで、あと三日。
時間は、残酷なほどゆっくりと進んでいた。
俺は毎日、メールボックスを何度も確認していた。朝起きてすぐ、休み時間、昼休み、放課後、寝る前。一日に何十回と開いている。
でも結果は来ない。
発表日は、今週の金曜日。あと三日後だ。
それまでは、何も分からない。
ただ待つしかない。
「高一くん、また携帯見てる」
昼休み、空き教室で浅葱が呆れたように言う。
「あ、ああ」
俺は慌ててスマホをしまった。
「結果、気になるのは分かるけどさ」
「うん」
「でも、何度見ても来ないよ」
浅葱は笑いながら言う。
その通りだ。
何度見ても、結果は変わらない。
でも気になって仕方ない。
「大丈夫だよ。高一くんの小説なら、絶対通ってる」
浅葱は自信満々に言う。
「根拠は?」
「だって、瀬良先輩がすごく褒めてたもん」
「それは」
「瀬良先輩が褒めるって、相当だよ。あの人、めったに褒めないから」
浅葱の言葉に、俺は少し驚いた。
確かに、瀬良先輩は厳しい人だ。
その瀬良先輩が、俺の小説を褒めてくれた。
それは、もしかしたら本当に良い作品なのかもしれない。
「ありがとな」
「どういたしまして」
浅葱は笑顔で言った。
その笑顔に、俺は少しだけ救われた気がした。
*
その日の放課後。
文芸部の部室で、俺は窓の外を見ていた。
空は曇っている。今にも雨が降り出しそうな天気だ。
この三日間、ずっとこんな天気が続いている。
まるで、俺の心を映しているようだ。
「悩んでるわね」
瀬良先輩の声がした。
振り向くと、瀬良先輩がいつの間にか隣に座っていた。
「少しだけ」
「結果が気になるのね」
「はい」
俺は素直に答えた。
隠しても仕方ない。瀬良先輩には、全部お見通しだろう。
「不安なの?」
「まあ、不安というか」
俺は言葉を選ぶ。
「自信がないんです」
「自信?」
「はい。俺の小説が、本当に評価されるのか」
本音が漏れた。
瀬良先輩は、しばらく黙っていた。
窓の外を見ている。その横顔が、どこか遠くを見つめているようだった。
「ねえ、高一くん」
「はい」
「私、昔から文章を書いてきたの」
瀬良先輩が語り始める。
「小学生の頃から、ずっと。日記を書いて、詩を書いて、短編を書いて」
「はい」
「でも、誰にも見せたことがなかった」
瀬良先輩の声が、少しだけ寂しそうに響く。
「自信がなかったから。評価されるのが怖かったから」
「瀬良先輩が、ですか?」
「ええ」
瀬良先輩は微笑む。
でも、その笑顔はどこか苦しそうだった。
「ずっと、引き出しの中にしまっていたの。誰にも読まれない物語たち」
「それは」
「でもね、ある日気づいたの」
瀬良先輩は俺を見た。
「物語は、読まれるために書かれるものだって」
その言葉が、胸に響く。
「自己満足で終わらせるのは、物語に失礼だって」
「瀬良先輩」
「だから、勇気を出して、コンテストに応募したの。中学二年生の時」
瀬良先輩は懐かしそうに語る。
「結果は、二次審査落ち」
「え」
「ショックだったわ。すごく落ち込んだ」
瀬良先輩は苦笑する。
「でも、そこで諦めなかった。書き続けた。応募し続けた」
「それで」
「中学三年生の時、やっと最終審査まで行けたの」
瀬良先輩の瞳が、輝いている。
「結果は、佳作。優勝じゃなかった。でも、嬉しかった」
「そうだったんですか」
「ええ。だからね、高一くん」
瀬良先輩は俺の手を取った。
温かい手。柔らかい手。
「結果がどうであれ、あなたは素晴らしいわ」
「え」
「最終審査まで行ったことが、もう素晴らしいの。そこまで行けたということは、あなたの物語が評価されたということ」
瀬良先輩は優しく微笑む。
「だから、自信を持って」
その言葉に、俺は胸が熱くなった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
瀬良先輩は、まだ俺の手を握っている。
その温もりが、心に染み渡る。
「先輩」
「ん?」
「俺、頑張ります」
「ええ」
瀬良先輩は微笑んだ。
その笑顔が、とても綺麗だった。
*
翌日、木曜日。
結果発表まで、あと一日。
学校は、いつも通りの日常が流れていた。
授業を受けて、昼休みに友達と話して、部活動をする。
でも俺の心は、ずっと落ち着かなかった。
明日。
明日、結果が出る。
受賞するのか、落選するのか。
それが分かる。
「高一くん、上の空だね」
放課後、部室で不知火先輩が心配そうに言う。
今日は珍しく、不知火先輩が部室に来ていた。
バスケ部の練習が休みらしい。
「あ、すみません」
「いいよ。明日が結果発表なんでしょ?」
「はい」
「緊張するよね」
不知火先輩は優しく微笑む。
「私も、大会前は毎回緊張するから、気持ち分かるよ」
「不知火先輩も、緊張するんですか?」
「当たり前だよ。人間だもん」
不知火先輩は笑う。
「でもね、緊張するってことは、それだけ本気だってことだから」
「本気」
「うん。どうでもいいことなら、緊張しないでしょ?」
確かに、その通りだ。
緊張するということは、それだけ大切にしているということ。
「だから、緊張してもいいんだよ。それは、頑張った証拠だから」
不知火先輩の言葉が、心に響く。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
不知火先輩は笑顔で言った。
その時、扉が開いて、浅葱が入ってきた。
手には、コンビニの袋を持っている。
「みんな、お疲れ〜!」
「浅葱ちゃん」
「差し入れ持ってきたよ!」
浅葱は袋から、お菓子を取り出す。
チョコレート、ポテトチップス、グミ。
「明日、結果発表でしょ? だから、今日はみんなで応援会しようと思って」
「応援会?」
「うん! 高一くんを応援する会!」
浅葱は元気よく言う。
「そういうことなら、私も協力するわ」
瀬良先輩も笑顔で言う。
「じゃあ、始めましょうか」
こうして、即席の応援会が始まった。
四人でお菓子を食べながら、他愛もない話をする。
学校のこと、部活のこと、最近あったこと。
そんな会話の中で、俺の緊張は少しずつほぐれていった。
笑い声が、部室に響く。
温かい空気が、部屋を包む。
こんな時間が、幸せだった。
「ねえ、高一くん」
浅葱が言う。
「どんな結果でも、私たちは高一くんの味方だからね」
「そうよ。結果がどうであれ、あなたが頑張ったことは変わらないわ」
瀬良先輩も続ける。
「私も応援してる! ずっと!」
不知火先輩も笑顔で言う。
三人の言葉に、俺は胸が熱くなった。
こんなにも、応援してくれる人がいる。
支えてくれる人がいる。
それが、何よりも嬉しかった。
「みんな、ありがとう」
俺は素直に言った。
「おう、言えたじゃん!」
浅葱が嬉しそうに笑う。
「素直になったわね」
瀬良先輩も微笑む。
「ふふ、可愛い」
不知火先輩も笑っている。
俺は、少し恥ずかしかった。
でも、悪い気分じゃなかった。
窓の外を見ると、曇っていた空が少しだけ晴れていた。
夕陽が、雲の切れ間から顔を覗かせている。
その光が、部室を照らしている。
明日。
結果が出る。
でも、もう怖くなかった。
どんな結果でも、受け止められる。
そんな気がした。
なぜなら、俺には仲間がいるから。
支えてくれる人がいるから。
一人じゃないから。
「さ、もっと食べよ!」
浅葱が明るく言う。
「ええ、そうしましょう」
こうして、応援会は夜まで続いた。
笑い声が絶えない、温かい時間。
その時間が、俺にとって何よりの宝物だった。
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