陰キャ、文化祭とかいうリア充イベント参戦! ー帰っていいか俺ー
それから数日が経った。
秋の気配が、少しずつ近づいてきている。朝晩は涼しくなり、セミの声も少なくなってきた。代わりに聞こえてくるのは、秋の虫の音だ。
校内では、文化祭の準備が本格的に始まっていた。
廊下を歩けば、ポスターを作っている生徒たちの姿が見える。教室からは、出し物の相談をする声が聞こえてくる。学校全体が、少しずつ活気づいていた。
俺のクラスでも、文化祭の出し物が決まった。
定番の演劇だ。
クラス委員が中心になって、台本を選んでいる。配役も決まり始めている。当然、俺は裏方を希望した。舞台に立つなんて、陰キャの俺には無理だ。
そして――文芸部でも、文化祭に向けて動き出していた。
※ ※ ※
放課後、文芸部の部室。
今日は珍しく、四人が揃っていた。
瀬良先輩、不知火先輩、浅葱、そして俺。
不知火先輩は本来バスケ部だが、文化祭の話し合いということで特別に参加してくれている。部活の練習前に顔を出してくれたらしい。
パソコン室の机を囲んで、四人で座っている。テーブルの上には、ノートとペンが置かれている。ホワイトボードには、誰かが書いたであろう「文化祭企画」という文字が残っている。
窓の外からは、運動部の掛け声が聞こえてくる。秋の風が、カーテンを揺らしている。
「それで、文芸部は何をするの?」
不知火先輩が聞く。
「うーん、まだ決まってないのよね」
瀬良先輩が少し困った顔をする。
「去年は、部誌を発行したんだけど……今年は何か違うことをしたいと思って」
「違うこと……?」
「ええ。もっと、みんなが楽しめるような」
瀬良先輩は窓の外を見た。
その横顔が、どこか真剣だった。
「朗読会とか?」
浅葱が提案する。
「それも考えたんだけど……地味かなって」
「じゃあ、演劇は?」
「それはクラスでやるでしょう?」
「あ、そっか」
浅葱は頭を掻いた。
しばらく沈黙が続く。
誰もアイデアが浮かばないようだ。
俺は――黙って聞いていた。
こういう時、陰キャの俺が意見を言っても、的外れなことを言いそうで怖い。だから、黙っている方が安全だ。
でも――。
「高一くん、何か案ない?」
瀬良先輩が俺を見た。
「え、俺……?」
「ええ。あなたの意見も聞きたいわ」
三人の視線が、俺に集中する。
プレッシャーだ。
「え、えっと……」
俺は頭を必死に回転させた。
文芸部らしくて、でも地味じゃない。みんなが楽しめて、でも文学的な要素もある。
そんな都合のいい企画なんて――。
「……あ」
ふと、アイデアが浮かんだ。
「どうしたの?」
「その……もしかしたら、ですけど」
俺は恐る恐る口を開いた。
「謎解きゲーム、とか……どうですか?」
「謎解きゲーム?」
瀬良先輩が興味を示した。
「はい。部室を使って、謎解きの部屋を作るんです。来た人に問題を解いてもらって、クリアしたら景品を渡す、みたいな」
「面白そう!」
浅葱が目を輝かせる。
「でも、謎解きって……どうやって作るの?」
「それは……俺たちで考えればいいんじゃないですか。文芸部なら、文章を使った謎とか、作れると思うんですけど」
俺の提案に、瀬良先輩は少し考え込んだ。
そして――微笑んだ。
「いいわね、それ」
「本当ですか?」
「ええ。文芸部らしいし、参加型だから盛り上がりそう」
瀬良先輩は満足そうに頷いた。
「私も賛成! 面白そう!」
不知火先輩も賛成してくれる。
「じゃあ、これで決まりだね!」
浅葱も嬉しそうだ。
こうして、文芸部の文化祭企画が決まった。
俺の提案が――採用された。
「……良かった」
小さく呟く。
少しだけ、嬉しかった。
※ ※ ※
それから、準備が始まった。
謎解きの問題を考える。部屋のレイアウトを決める。装飾を考える。やることは山積みだ。
放課後、四人で集まっては、ああでもないこうでもないと議論する。時には意見が対立することもあるが、それも楽しかった。
瀬良先輩は文章問題を担当している。さすが文の女王、出題のセンスが抜群だ。難しすぎず、簡単すぎず。絶妙なバランスで問題を作っている。
不知火先輩は装飾を担当している。意外にも、絵が上手い。ポスターや飾り付けのデザインを次々と提案してくれる。
浅葱は全体の進行役だ。みんなの意見をまとめて、スケジュールを管理している。その明るさで、場を盛り上げてくれる。
そして俺は――謎解きの仕掛けを考えている。
どういう順番で問題を出すか。どこにヒントを隠すか。クリアした時の達成感をどう演出するか。
考えれば考えるほど、アイデアが湧いてくる。
「……楽しいな」
ふと、そう思った。
みんなで一つのものを作り上げる。
こんな経験、今までなかった。
陰キャの俺には、縁のないものだった。
でも今は――。
「高一くん、この謎、どう思う?」
瀬良先輩が紙を見せてくれる。
「あ、いいですね。でも、ここをもう少し……」
「なるほど。じゃあ、こうしましょう」
二人で問題を練り上げていく。
その時間が――とても充実していた。
「ねえ、ポスターできたよ!」
不知火先輩が自慢げに見せてくれる。
「すごい! めっちゃ上手!」
浅葱が感嘆の声を上げる。
「でしょ? 頑張ったんだ」
不知火先輩は照れくさそうに笑う。
そんな光景を見て、俺は――笑っていた。
自然に、笑っていた。
※ ※ ※
準備を始めて一週間が経った頃。
俺たちは、ほぼ完成形が見えてきていた。
部室には、謎解きの仕掛けが設置されている。壁には不知火先輩が描いたポスターが貼られている。机の上には、瀬良先輩が作った問題が並んでいる。
「……できたね」
浅葱が満足そうに言う。
「ええ。後は本番を待つだけね」
瀬良先輩も微笑む。
「楽しみだな」
不知火先輩もワクワクしている様子だ。
俺は――部室を見回した。
自分たちが作り上げたもの。
それが、目の前にある。
「……ちゃんとできるかな」
少しだけ不安になる。
「大丈夫よ」
瀬良先輩が俺の肩に手を置いた。
「みんなで作ったんだから」
その言葉に――俺は、頷いた。
「……そうですね」
「じゃあ、本番、頑張ろうね!」
浅葱が元気よく言う。
「おー!」
不知火先輩も拳を上げる。
俺も――小さく、拳を上げた。
陰キャの俺が、文化祭の準備をしている。
みんなと一緒に、何かを作り上げている。
昔の自分には、想像もできなかった光景だ。
でも――今の俺には、それが当たり前になっている。
「……変わったな、俺」
五度目の独白。
でも、もう――迷いはなかった。
この変化を――受け入れよう。
そう決めた。
窓の外では、秋の風が吹いている。
夏が終わり、新しい季節が始まろうとしている。
そして――俺の青春ラブコメも、新しい章に入ろうとしていた。
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