陰キャ、恋の渦に巻き込まれる ー昼休みの空き教室、告白未遂ー
次の朝、俺はいつも通りに登校していた。
入学式の翌日。出会いやこれからの青春に胸躍らせるやつも多いだろう。
“青春ラブコメ”なんてジャンルがある限り、なおさら学校生活に求められるのは出会い――なのかもしれない。
そんなことをひとりごちながら、机の上を整理していると、クラスがざわつき始めた。
ざわつきの原因――教室の扉の前に瀬良が立っていたからだ。
「瀬良先輩だ……」
「マジかよ、何の用だ?」
「うわ、可愛すぎる……」
周囲の声なんてお構いなしに、俺は整理を続ける。
「何してんの? 高一くん?」
「あぁ、ちょっと机を整理……うぇぇぇ!?」
顔を上げた瞬間、目の前に瀬良先輩。
視界いっぱいに豊満な胸。白いブラウスの胸元が目に入り、顔が勝手に熱くなる。
あわてた俺は椅子から転げ落ちた。
ドタン!
視線が一斉に俺と瀬良先輩へ集中。
「な、なんですか? もしかして、俺を殺しに来たんですか?!」
俺の早口に、瀬良先輩はため息をついた。
「別に高一くんを殺しに来たんじゃないの……その、入部届けをもらいに来た、の」
もぞもぞ言う瀬良先輩に、俺はハッとカバンから入部届を取り出し、手渡す。
「確かに受け取った。部活動は週3回、月水金の3日。今日は水曜だからよろしくね、高一くん」
「は、はい……」
ウインクを残して、瀬良先輩は優雅に去っていく。
……天使がこの世界から一時退場したみたいな儚さ。やめろ、心臓に悪い。
直後、俺に突き刺さるのは怒りと憎悪の視線。
「あいつ誰だよ……」
「新入生のくせに瀬良先輩と……」
「マジかよ、羨ましすぎる……」
……あれ、俺のときだけ空気悪くね?
などと思いつつ、午前の授業をなんとかこなし、ついに高校生初の昼休みが来た。
※
孤高を極めし陰キャ――つまり俺は、弁当を手に席を立つ。
教室をぐるりと見れば、すでに全員がグループ飯。俺以外、な。
「フッ、素人平民が」
と、小声で吐きつつ、俺はある場所へ歩き出した。
教室を出ていく俺を、浅葱がしれっと見ていた。
※
俺が選ぶのは屋上でも個室トイレでもない――三号棟の、誰も使っていない空き教室。
静かな空間。上げられた椅子を下ろして、弁当を開く。
スマホを見ながら黙々と食べていると、背後から気配。気づかない俺。
「スマホ見ながらの食事は行儀悪いよ、高一くん」
聞き覚えのある優しい声。振り返れば、赤みのある茶髪の浅葱。
活発そうな笑顔で俺を見下ろしている。
「あ、浅葱さん」
「浅葱でいいよ、高一くん」
浅葱は隣の椅子を下ろし、俺のすぐ横に座る。距離、近い。
「ぼっち飯ってやつ? 私も混ぜてよ」
「ぼっち飯に他人が混ざったら、それはぼっち飯じゃないが」
「細かいこと気にしないで。たまには人と関わるの大事だよ?」
「まるで、俺が今までまともに人と関わってないみたいな言い分だな」
不満を漏らすと、浅葱はニコッと笑い、自分の弁当を机へ。
「一緒に食べよう」
「……友達と食ってただろ。そいつらはいいのかよ」
「うーん、あのグループは私抜きでもイケてるから大丈夫。――それより! 高一くん凄いね!」
「何がだよ」
「瀬良先輩とあんなに仲良くなってるからさ。びっくりしたよ!」
……見られてたか、あの公開処刑。
唐揚げをつまみつつ、俺は口にする。
「なんで俺に構うんだよ」
ずっと思っていた疑問だ。
授業で助けてくれたり、体育でペアを組んでくれたり、寝落ちしそうなとき起こしてくれたり――。
正直、ありがたい反面、“なぜ俺に”が拭えない。
「うーん、あれだよ。偽善行為ってやつ」
「は? てか、お前彼氏いるだろ。俺に構ってたら怒られないのかよ」
鋭めに聞くと、浅葱はぽかん。
「彼氏? 私いないけど?」
「へ?」
「いないよ? 高一くん」
「いや、優斗ってやつが――」
「あー、優斗は幼なじみで親戚。特別な感情はないよ」
……マズい。ますます浅葱の本音が分からない。
困惑する俺に、浅葱は口角を上げる。
「私が高一くんに構ってるのは、私のため。言ったでしょ? 偽善で貴方に構ってるって」
「いわゆる好感度上げってやつか」
「近いけど、ちょっと違う。私が高一くんに構う理由――高一くんが“気になる”から、かも?」
突然の直球に心臓が跳ねる――が、すぐ理性がブレーキを踏む。
嘘だ、試してるだけだ。平静を装って返す。
「俺に固執する必要ないだろ。好感度上げなんて、クラスの目立つやつにやれば効率いい。なんで不向きな俺に構う?」
「まあ“だけ”ならそう。でもね、今日の朝――高一くん、校内で一番可愛い女の子と仲良くしてたでしょ? あれ、周りから見たら誰よりも“目立ってた”よ?」
……言われて、瀬良先輩とのやり取りが蘇る。納得度が上がるのが悔しい。
「そういうことか……それなら納得だ」
「だから――」
「でも、好感度上げは“見られてる”前提で成り立つ。なのに、なんでこんな誰もいない空き教室で俺に構う?」
「うわ〜、高一くん、性格相当悪いね?」
「それはどうもありがとう!」
浅葱は観念したように、不敵に微笑むと、俺の手をそっと取った。
柔らかくて、あたたかい。
「私が高一くんのこと好きなら、違和感ないよね?」
「……は?」
何言ってんだこの女……。
頭がこんがらがる俺に、浅葱は顔を近づけてくる。
吐息が触れる距離。大きな瞳が俺の瞳を覗き込む。
「もう一度言うね? 私は君が好きなのかもしれない」
「ちょ、ちょっと待て……」
「待たない」
さらに距離が詰まる。
心臓が暴れる。やばい、本当にやばい。俺、どうすれば――
――ガラッ。
「あ、高一くんいた――」
不知火先輩だった。
俺と浅葱の距離に、彼女は一瞬固まる。
「……あれ? お邪魔だった?」
「ち、違います! 誤解です!」
慌てて浅葱から離れる俺。
浅葱は少し残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔。
「あはは、不知火先輩、こんにちは」
「あ、うん、こんにちは。えっと……二人は付き合ってるの?」
「違います!!」
全力否定。
不知火先輩はクスクス笑った。
「冗談だよ。でも、高一くん、モテるね〜」
「モテてないです! 絶対モテてないです!」
「そう? じゃあ私も混ぜてもらっていい?」
不知火先輩は俺の反対側に座る。
こうして俺の昼休みは、予想外のトリオ飯に突入した。
※
昼休みが終わり、午後の授業。
席へ戻りながら、さっきの出来事を反芻する。
浅葱の言葉。あれは本気なのか? それとも冗談か?
分からない。まったく分からない。
ただ一つだけ確かなのは――俺のぼっち生活は、完全に終わったということだ。
「高一くん、次の授業は数学だよ」
隣から浅葱の声。
俺は少し顔を赤くしながら教科書を取り出す。
「あ、ああ……ありがとう」
「どういたしまして」
浅葱はニコッと笑う。
その笑顔が、さっきより眩しく見えた。




