陰キャ、孤独の王として生きる ー何言ってんだ俺ー
この学校に文の女王と武の女王がいるなら、俺は陰キャ孤独の王として君臨してきた。好きな人などいない。
なのに俺には今、充実した日々を過ごしている。友達とも言えるような人もできて。今の俺は、あの時のリア充を罵るような俺じゃない――いや、その逆だ。今の俺は、昔の自分が罵っていた側にいる。
放課後の廊下。
窓から差し込む夕陽が、床に長い影を落としている。生徒たちの声が遠くから聞こえてくる。部活動に向かう足音、笑い声、雑談。そんな日常の音が、廊下に満ちている。
俺は窓際に立って、外を眺めていた。
校庭では、野球部が練習をしている。その横では、陸上部が走り込みをしている。どこにでもある、ありふれた放課後の光景だ。
でも――俺にとっては、特別な光景だった。
昔なら、こんな光景を見ても何も感じなかった。
むしろ、リア充どもが楽しそうにしている様を冷めた目で見ていた。
「どうせ、すぐに終わる関係だろ」
「所詮は一時の盛り上がり」
「俺には関係ない」
そんな風に、心の中で毒づいていた。
でも今は――。
あいつらの笑顔が、羨ましくない。
いや、羨ましくなくなった。
なぜなら、俺も――同じ側にいるから。
「……くそ、完全にリア充じゃねぇか」
小さく呟く。
自己嫌悪と、妙な充実感が入り混じる。複雑な感情が、胸の中でぐるぐる回っている。
「どうしたの? 深刻そうな顔をして」
ふと、俺に声をかけてきたのは、うちの担任の教師である四宮先生だった。
振り向くと、そこには優しい笑顔の四宮先生が立っている。
相変わらず純粋無垢そうな顔をしていて、俺の心が動揺する。長い栗色の髪を一つに結び、柔らかな雰囲気を纏っている。年齢は20代半ばくらいだろうか。落ち着いた物腰と、どこか包み込むような優しさがある。
そういえば、最近四宮先生と話すのは久しぶりな気がしてきた。
授業中には顔を合わせるが、こうして二人で話すのは――入学してすぐの頃以来かもしれない。
「あ、いえ……何でもないです」
俺は慌てて答えた。
「そう? でも、何か悩んでいるように見えたけど」
四宮先生は首を傾げる。
その仕草が、どこか可愛らしい。
「……まぁ、少しだけ」
「話してみる? もしかしたら、力になれるかもしれないわ」
四宮先生は優しく微笑む。
その笑顔に、俺は――少しだけ、心を開いた。
「……先生は、人が変わるって、どう思いますか?」
「人が変わる?」
「はい。昔の自分とは違う……そういう変化です」
四宮先生は少し考えるように、視線を空に向けた。
窓の外では、夕陽がゆっくりと沈んでいく。オレンジ色の光が、廊下を温かく照らしている。
「そうね……人は変わるものよ」
四宮先生はゆっくりと話し始めた。
「出会いがあれば、変わる。経験を積めば、変わる。それは、当然のことだと思うわ」
「……そうですか」
「でも、大切なのは――変わった自分を受け入れられるかどうか、じゃないかしら」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「受け入れる……?」
「ええ。変化を恐れて、昔の自分に固執する人もいる。でも、それじゃあ成長できないわ」
四宮先生は俺を見た。
「高一くん、あなたは変わったの?」
「……はい。多分」
「それは、良い変化?」
「……分かりません」
俺は正直に答えた。
「昔の自分を裏切ってるような気がして……」
「裏切る、ね」
四宮先生は少し考え込んだ。
そして――優しく笑った。
「でも、高一くん。あなた、今の方が楽しそうよ」
「え……?」
「入学した頃のあなた、覚えてる。いつも一人で、誰とも話さなくて。教室の隅で、じっと座ってた」
四宮先生の言葉に、俺は昔の自分を思い出す。
確かに――あの頃の俺は、完全に孤独だった。
「でも今は、友達もできて。よく笑ってるわ」
「……そうですか」
「ええ。だから――その変化は、良いものだと思うわ」
四宮先生は優しく微笑む。
「昔の自分を裏切ってるんじゃない。昔の自分を、乗り越えてるのよ」
その言葉が――胸に響いた。
「……乗り越える、か」
「そう。人は成長するもの。それを恐れることはないわ」
四宮先生はそう言って、俺の頭を軽く撫でた。
その手が、温かかった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
四宮先生はそう言って、廊下を歩いていった。
その後ろ姿を見送って、俺は――もう一度、窓の外を見た。
夕陽が、さらに沈んでいる。
空がオレンジから赤へと変わっていく。
「……乗り越える、か」
その言葉を、もう一度噛み締める。
俺は――変わった。
それは事実だ。
陰キャ孤独の王から、友達がいる普通の高校生へ。
昔の自分なら、絶対に認めなかっただろう。
でも――。
「……まあ、いいか」
そう呟いて、俺は笑った。
変わることは、悪いことじゃない。
四宮先生の言う通り、成長なんだ。
それを――受け入れよう。
俺は窓から離れて、文芸部の部室に向かった。
*
文芸部の部室。
扉を開けると、瀬良先輩が一人でパソコンに向かっていた。
いつものように、高速でキーボードを叩いている。カタカタカタという音が、部室に響いている。
「お疲れ様です」
「あら、高一くん」
瀬良先輩は手を止めて、俺を見た。
「今日は早いわね」
「まあ……特に用事もなかったんで」
「そう」
瀬良先輩は微笑んで、また執筆に戻った。
俺も自分の席に座って、パソコンを立ち上げる。
そして――自分の小説を開いた。
陰キャの主人公が、少しずつ変わっていく物語。
それは――俺自身の物語でもあった。
「……続き、書くか」
そう呟いて、俺はキーボードを叩き始めた。
主人公が、孤独を乗り越えていく物語。
友達ができて、笑顔が増えて、少しずつ前を向いていく物語。
それは――俺が今、歩んでいる道だった。
「高一くん」
「はい?」
「あなたの小説、進んでる?」
「まあ、ぼちぼちですけど」
「そう。楽しみにしてるわ」
瀬良先輩はそう言って、優しく微笑んだ。
その笑顔に――俺は、また少しだけ顔が熱くなった。
「……頑張ります」
「ええ」
静かな部室に、二人のキーボードを叩く音だけが響く。
窓からは、夕陽の最後の光が差し込んでいる。
その光の中で――俺たちは、それぞれの物語を紡いでいた。
陰キャ孤独の王は、もういない。
今の俺は――ただの高校生だ。
友達がいて、笑い合える仲間がいて。
そして――大切な人がいる。
それで、いい。
そう思えるようになった。
「……俺、変わったな」
四度目の独白。
でも今回は――嬉しかった。
キーボードを叩く手が、止まらない。
物語が、溢れてくる。
俺の青春ラブコメは――まだまだ続く。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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