陰キャ、勉強=拷問の手に落ちる ーここからは保険はありませんー
放課後。
俺は文芸部の部室で、再び地獄の勉強会に参加していた。
いや、参加というより拉致監禁に近い。
「この問題、解けた?」
「……もう無理です。俺の脳みそ、完全にオーバーヒートしてます」
「甘えないの。まだ3時間しか経ってないわよ」
「3時間"も"です! "しか"じゃない!」
俺は必死に訴えたが、瀬良先輩は涼しい顔で参考書をめくっている。
この人、絶対にSだ。確信した。
「じゃあ、次は古文ね」
「古文!? もう現代語でいいじゃないですか! なんで昔の人の言葉覚えなきゃいけないんですか!」
「教養よ、教養」
「教養より睡眠ください!」
俺の魂の叫びは、瀬良先輩には届かなかった。
「はい、この文章を現代語訳して」
「……『をかし』ってなんですか」
「"趣がある"とか"風情がある"って意味よ」
「じゃあそう書けばいいのに! なんで難しくするんですか昔の人は!」
「高一くん、文句言ってないで早く訳して」
「はい……」
俺は諦めて問題に取り組んだ。
その時、部室のドアがノックされた。
「どうぞ」
扉が開くと、そこには浅葱が立っていた。
「あ、高一くん! やっぱりここにいた!」
「浅葱……助けて……」
「え、何? また拷問されてるの?」
「拷問じゃないわ。勉強よ」
瀬良先輩が訂正する。
だが俺にとっては同じことだ。
「ねぇ、瀬良先輩。ちょっと高一くん借りてもいいですか?」
「ダメよ。今勉強中だから」
「えー、でも私、高一くんに大事な話があって……」
「大事な話……?」
瀬良先輩の目が細くなる。
空気が変わった。
「ま、まさかまた借金の話じゃないだろうな?」
俺が恐る恐る聞くと、浅葱は首を横に振った。
「違うよ! 今日は本当に大事な話!」
「昨日も大事って言ってたよね?」
「あれも大事だったもん! ガチャは人生だもん!」
「人生じゃねぇよ!」
俺のツッコミに、浅葱は「えへへ」と笑った。
「それで、今日の大事な話って?」
「えっとね……」
浅葱が何か言いかけた時、また扉がノックされた。
「どうぞ」
今度は不知火先輩だった。
「やっほー。あれ、浅葱ちゃんもいるんだ」
「不知火先輩!」
「練習終わったから、高一くんの様子見に来たんだけど……」
不知火先輩は部屋の中を見回した。
机の上には参考書の山。疲れ果てた俺。涼しい顔の瀬良先輩。
「……相変わらずスパルタだね、由良」
「当たり前よ。テストまであと5日しかないんだから」
「5日"も"あるじゃん」
「「5日"しか"ないのよ(ないんです)」」
瀬良先輩と俺の声が重なった。
不知火先輩はクスクスと笑っている。
「高一くん、洗脳されてない?」
「……されてるかもしれません」
「冗談よ。でも、そろそろ休憩した方がいいんじゃない?」
不知火先輩が助け舟を出してくれた。
神か。この人は神なのか。
「そうね……じゃあ、10分だけ休憩しましょう」
「やった!」
俺は思わず立ち上がった。
※ ※ ※
休憩中。
俺は机に突っ伏していた。
瀬良先輩、不知火先輩、浅葱の三人が俺を囲んでいる。
「高一くん、お疲れ様」
不知火先輩がスポーツドリンクをくれた。
「ありがとうございます……これで生き返ります……」
「大げさだなぁ」
「大げさじゃないです。マジで死にかけてました」
俺が言うと、三人は笑った。
「それより、浅葱ちゃん。大事な話って?」
不知火先輩が聞く。
「あ、そうだった! えっとね……」
浅葱は少し緊張した顔になった。
「実は……テスト勉強、私も手伝いたいなって」
「え?」
「だって、高一くん大変そうだし。私も一緒に勉強すれば、楽しいかなって」
浅葱は笑顔で言った。
その笑顔が、妙に眩しい。
「でも、浅葱。お前勉強できるのか?」
「失礼だな! 私、結構成績いいんだよ!」
「マジで?」
「マジだよ! この前の模試、学年20位だったもん!」
「すげぇ……」
俺は素直に驚いた。
浅葱、見た目は完全に遊んでそうなのに、実は優等生だったのか。
「じゃあ、浅葱ちゃんも一緒に教えてくれる?」
瀬良先輩が聞く。
「うん! 任せて!」
「助かるわ。じゃあ、明日から四人で勉強会ね」
「四人……ですか?」
「ええ。私、優花、浅葱ちゃん、そして高一くん」
瀬良先輩は満足そうに微笑んだ。
「……俺、完全に監視体制じゃないですか」
「監視じゃないわ。サポートよ」
「サポートという名の監視です!」
俺のツッコミに、三人はクスクスと笑った。
「でも、みんなで勉強した方が楽しいよ」
浅葱が言う。
「そうだね。一人より、みんなでやった方がいいよ」
不知火先輩も同意する。
「それに、高一くんが一人で勉強してたら絶対サボるでしょ?」
瀬良先輩が鋭く指摘した。
「……ぐ」
図星すぎて何も言えない。
「じゃあ、決まりね。明日からみんなで勉強会」
「「「はーい」」」
三人の声が重なった。
俺は一人、頭を抱えた。
「……俺のぼっち生活、完全に終わったな」
そう呟くと、浅葱が笑顔で言った。
「いいじゃん! ぼっちより、みんなでいる方が楽しいよ!」
「楽しいのかな……」
「楽しいよ! ね、先輩たち!」
「ええ、楽しいわよ」
「うん、楽しい」
三人は口を揃えて言った。
その笑顔を見て、俺は――少しだけ、心が温かくなった。
「……まぁ、悪くないかもな」
「え、今なんて?」
「何でもないです」
俺は照れ隠しに顔を背けた。
※ ※ ※
休憩が終わり、再び勉強会が始まった。
今度は四人での勉強会だ。
「じゃあ、この数学の問題――」
「はい! 私が説明します!」
浅葱が元気よく手を挙げた。
「お、浅葱。頼むぜ」
「任せて! えっとね、この問題はまず公式を使って……」
浅葱が説明を始める。
その説明が、めちゃくちゃ分かりやすい。
「……浅葱、お前教えるの上手いな」
「でしょ? 私、将来教師になりたいんだ」
「マジで?」
「うん! だから、こうやって人に教えるのって好きなの」
浅葱は嬉しそうに笑った。
「へぇ、浅葱ちゃんって将来の夢あるんだ」
不知火先輩が感心したように言う。
「先輩たちは?」
「私は……まだ決めてないかな」
「私もよ。でも、小説に関わる仕事がしたいとは思ってるわ」
瀬良先輩が言う。
「高一くんは?」
三人の視線が俺に集まった。
「俺は……まぁ、とりあえず生きていければいいかなって」
「夢がないね!」
「うるせぇ! 陰キャに夢を求めるな!」
俺のツッコミに、三人は笑った。
「でも、高一くん。小説書いてるじゃん」
「それは……まぁ、趣味だし」
「趣味が仕事になったらいいのにね」
浅葱が言う。
その言葉に、俺は少しだけ考えた。
「……まぁ、そうなったらいいな」
「じゃあ、頑張らないとね」
「ああ……頑張る」
俺は素直にそう答えた。
「よし! じゃあ、続き頑張ろう!」
浅葱が元気よく言った。
「おう!」
俺も気合いを入れて、教科書を開いた。
賑やかで、うるさくて、疲れる。
でも――悪くない。
むしろ、楽しいかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は勉強を続けた。
※ ※ ※
勉強会が終わり、夜も遅くなった頃。
四人で部室を出る。
「今日も頑張ったね」
「ああ……もう限界です……」
俺はフラフラになりながら歩く。
「明日も頑張ろうね!」
「明日も……ですか……」
「当たり前でしょう? テストまであと4日よ」
瀬良先輩が笑顔で言う。
その笑顔が、悪魔に見える。
「……俺、生きて帰れるかな」
「大丈夫だよ! 私たちがいるから!」
浅葱が励ましてくれる。
でも、それが一番怖い。
「じゃあ、またね」
「うん、また明日」
「お疲れ様」
三人と別れて、俺は一人で帰路につく。
「……なんだかんだ、楽しかったな」
そう呟いて、俺は笑った。
ぼっち生活は終わった。
でも――それでいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は家路についた。
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