16.一仕事
太陽の光が差し込む部屋。疲れきってヨレヨレになったショウは気が付けばテーブルに突っ伏して眠っていた。
何かの物音が聞こえた気がして顔を上げると、寝不足でしょぼつく目をこする。必死に視界をこじ開けて辺りを見回した。
その目にはもう昨日の地獄部屋は映らない。
シンクに山積みになっていた油の温床である食器は綺麗に洗われて棚の中へ。
縦横無尽、そこかしこに落ちていた衣類も回収されてランドリーバッグにまとめられた。床を覆っていたゴミはダストシュート、かつて幅をきかせてのさばっていた先住ことパンパンに詰め込まれたゴミ袋たちも、現在の玄関では居心地が悪そうにして見える。
無心で大掃除に取り組んだショウのおかげで、四〇四号室は人が住める環境へと回復した。
彼女は自分の仕事の成果を確認する前に体力の限界から倒れるようにして夢の中へと旅立ってしまっていたのだった。
「おはよう。ショウちゃん」
「お、おはようございます……リードさん、じゃなくて」
「うん。僕はライト」
眠気のせいで完全に気を抜いていたため、背後に彼が立ったことにも気がつかなかった。大袈裟なくらい体をビクつかせてしまったのを恥ずかしく感じながら、ショウはライトの顔を振り仰いだ。
「驚いちゃった。起きたら部屋が見違えるほど綺麗になっててさ。ショウちゃんはお片付けの天才だね。……あ、そだ。マカロニチーズでも食べる? それかチュロス」
発掘された冷蔵庫の前でライトが振り向いて聞いてくる。
冷凍のマカロニチーズを取り出してレンジにかけ、冷蔵庫の中も覗きながら「買い出しにいかないともうなんにもないなあ」と小さく呟いた。
チラリと見えてしまった冷蔵庫の中は、ファミリーサイズが無駄になるほどすっからかんで家主の生活力の無さを象徴していた。腐った食材が詰まっているよりはましではあるが。と、ショウは伸びをする。
「本当に助かったよ。これでコーヒーもいれられる」
「よかった。もとのライトさんなんですね……」
発見された新出のオーパーツを見るかのごとく目を輝かせながら、ライトがコーヒーメーカーにマグカップをセットする。カプセル式のドリップはいつから使っていなかったのだろう。押すボタンに少し手間取るも嬉しそうな彼の様子には、出土させた甲斐があったなあ。
彼の後ろ姿を目で追っていたショウはホッと息をついた。独り言は彼の耳にもバッチリ届いてしまったようで、
「もとの僕? あっ、あっ! そうだった……」
一旦不思議そうにライトは首を傾げたが、すぐに何のことか思い至ったらしい。
顔にデカデカと「しまった!」の文字が見えそうなほど焦ってショウの元までやってくると、ひざまずいて彼女の両手をぎゅっと握る。
「昨晩はごめんね! ショウちゃんに会えたのが嬉しくてつい、僕も説明するのを忘れちゃって時間も押してて……リードのやつになにかされたりしてない? だいじょうぶ?」
手を繋がれて嬉しい気持ちに今はなんとか蓋をして、上滑りしそうな声を必死に平坦に抑えながらショウは答える。
「え、ええ……私みたいな貧乳は守備範囲外らしいので……」
「守備? 彼と野球でも観戦したの?」
テレビでナイター中継一緒に見た? リモコンどこいったかな? と、不思議そうに首を傾げるライト。
パチパチと瞬く紫色の目には純粋な疑問しか浮かんでいないようで、自分よりも年上の男性のはずなのに、いかがわしい話題を出してしまったといたたまれなさを覚えてしまった。
「あ、そっか。とぼけてるわけじゃないんですね」
ベッドの脇に置かれたボイスレコーダーが目に入りショウは納得する。
リードとの記憶を共有できないライトは、もう一人の人格が残す記録でしか物事を把握できないのだということを昨日の二人の話を繋いで考えてみる。連想して、想像したらすこし怖い。
夜になると交替する、自分ではない自分が意思を持って自分の体で勝手に動き回っている。
それだけでも十分恐ろしいだろうに、その言動を知る唯一の方法が申告制だなんて。やろうと思えば不正もやり放題だろうに。ライトはこのことをどう思っているのだろうか。
静かな部屋に、チンとレンジが温め終了のお知らせを鳴らした。




