10.囮
「あれ? 雰囲気が違う、なにか人の気配がするような……?」
「わかるのか?」
ぽつりと呟いたショウの言葉をリードが拾い上げた。
顎を引いて頷いたショウはこれまで頑なに直視を避けていた遺体の傍らにしゃがみ込んだ。
「う……」
遺体のカッと見開かれた目とぽっかり開いた口。二度と自力で閉じられることのない亡者の姿。
脳裏にショートカットの女性が浮かび上がりそうになって、ショウは慌てて頭を振り過去の記憶を追い出した。ここにはライト(の体だけで中は別人のようだが)もいるし、きっと大丈夫。今だってトラウマを追い出せたのだから。
気を取り直して遺体に向き直る。それでも死の間際に浮かべられた最期の形相は恐ろしく直視はできそうにない。怖さを必死に堪えて違和感を指さした。
「うう……ここと、ここ、なんですケド……」
化粧で綺麗に覆われている毛穴ひとつ見当たらない遺体の頬。髪で覆われているせいで気が付きにくいがファンデーションの一部が不自然に擦れて剥げてしまっている。そこを起点として線を繋げるようにすい、と指を動かしながらショウが立ち上がる。
「もし、取っ組み合って手にファンデがついたままだったら……ここと、ここ。わずかですけどあとが残ってるように見え……ます」
残滓は壁に取り付けられた手すりへと続いていく。段々と濃くなるそれの終着点を目指してショウはふらふらと歩みを進めた。
小柄なショウを先頭に、野郎三人を引き連れて辿り着いたのはポツンと寂しく建つ小屋の前だった。忘れられた物置なのか、半分植物に飲まれるようにして建つ木製の小屋は長く手入れされていないようで、大の大人が軽く体当たりしただけで崩れ落ちそうな外観をしている。見たところ鍵もないようで、犯人が潜伏するにはもってこいな環境だ。
「おあつらえ向き過ぎて逆に気がつかなかったとか、そんなのあるか?」
「ボス、ときどき抜けてるっすからねえ」
四人の間に緊張が走る。拳銃を取り出したボスが顎で新人に合図を送り、頷いた彼も同じく腰のホルダーから黒光りする武器を引き抜いた。端から腐食が始まっているボロボロのドアの両脇を陣取り突入のタイミングを図る。
「っし……!! 三、二……!」
一呼吸の後、戸を開け放って踏み込んだ。動向を伺っていたであろう犯人も同時に動き出し、刑事二人を弾き飛ばしながら突進する。その手には被害者を殺めた血濡れのナイフが握られている。
「うわ!!!!」
咄嗟に体制を立て直した新米刑事が犯人を確保しようと手を伸ばす。が、躍起になった男はそれを無理矢理ほどいてかわし、この場で一番の弱者であるショウを瞬間的に判別して掴みかかった。
ショウの眼前をナイフが閃く。悲鳴を上げる暇さえない。
その一瞬のうちにリードが殺人犯の前に割り込み、長い脚でもって脇腹を蹴り飛ばした。衝撃からナイフを手放した男が二回バウンドして動きを止める。呻き声さえ聞こえてこない数秒の出来事に目と耳の両方を疑う。
へたりこんだショウが恐る恐るリードの顔を見上げると、 身を呈して凶刃から彼女を守った意外なヒーローは冷徹な横顔で手錠をかけられる殺人犯を見つめていた。
化粧の痕跡を追ううちにショウが感じていた違和感が可視化され、今は犯人の頭上にぼんやりと浮かぶ黒い影か霧のようなものになって存在している。もしかすると同じものが彼にも見えているのだろうか。
視線を送ってみるがリードは黙ったまま首を横に振り、
「使えるじゃん、助手。囮くらいには」
「なっ! それすごく失礼なことだってわかって言ってます?」
「うん」
真剣な話をするつもりが茶化されて途切れてしまう。




