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第32話 ザ・ホース・ソルジャーズ





 屍の山を積み上げる、屍人グアール蝗人マラスの死闘。

 それを尻目に、私達五人は修羅の巷を迂回しながら、死闘の後方、そこに居る筈の元凶三人組を目指す。


 街道から外れ、普通ならば敢えて足を踏みれようなどとは、誰も思わぬ悪路を、私達は進んだ。

 カウボーイだった頃を思い出すような、そんな道である。

 先頭を走るのは道案内役の私。その左右後方をイーディスとキッドが続き、その後ろにはアラマ、最後尾は色男が務める。皆、道が悪いにも関わらずそつなくついてきてくれている。イーディスに色男は傭兵であるから馴れているだろうとは思っていたが、私としては意外なことにキッドも結構な馬さばきを見せている。


「よぉ! どぉ! ハハハ!」


 服装も小洒落ているし、どうもやっこさん、学というやつがお有りである。

 てっきりシティ・ボーイあがりかと思えば、なかなかどうして、馬の扱いには馴れているらしい。もしかすると、この男にもカウボーイの経験があるのかもしれない。


『……全く、なんでいつもこうなのだ。仕事は仕事だが、こうも危ういものばかり任される。不本意だ不本意だ不本意だ。出稼ぎの身の上だぞこっちは。危ういのはゴメンだゴメン、御免こうむる』 


 最後尾の色男が、なにやらぼやくのが聞こえる。

 振り返れば、ぼやきながらも愛用のクロスボウに矢を番えているのが見える。

 なんだかんだ言いいつつ、やっこさんも歴戦の傭兵なのだ。あの切り替えの速さは、信頼に値する。


「それにしてもだ」


 正面に向き直った私に、こう声をかけてきたのはキッドだ。


「本当にコッチであってんだろうなぁ?」


 その疑わし気な視線には訳がある。実際、私の導く道筋は道なき曠野を進むばかりなのだから。


「間違いない。連中の位置は大方解ってる」

「ホントかよ」


 私が保証しているのに、なおも疑うとは失礼な野郎だ。

 確かに、道標もなしに足跡一つない荒野を駆け、地図も見ずに幾つかも分からない丘を越えている現状には、不安を抱くのもわからなくはないが、私だって一端のガンマンなのだ。その私の言うことぐらい、信じて欲しいもんではないか。

 こちとら、前の戦争の時は斥候任務も幾つもこなしてきたのだ。この程度のことなら、朝飯前でしかない。


『キッド殿、まれびと殿の言葉は確かなのです! わたくしもそれを保証するのです!』


 アラマが強い口調で、私の確かさを保証してくれる。

 相手が女となれば、キッドは強くも出れないのか、バツ悪そうな顔をしながら、仰る通りです御嬢さん、などと小さく呟いていた。……いい気味じゃあないか。


『問題は、肝心の連中が見つかった所で、仕掛けられるか、ということだろう』

「……」


 横合いから、そう冷静な意見を飛ばしてきたのはイーディスである。

 これに対しては、私は冷水でも浴びせられたかのように何の言葉も返せなかった。

 なにせ私の作戦はプロの裏の裏を掻くことを狙う――まさに奇策といった代物で、つまりは半ば博打なのだ。成功するという、確たる保証は、何処にもありはしない。


「……ここまで来れば、あとは伸るか反るか、だ」

「なんとまぁ」


 キッドは、私の無責任な言い様に呆れたと言った顔を見せながらも、コルト45口径を左手で抜けば撃鉄を半分だけ起こし、弾倉を右腕に当てて引き空転させる。軽やかに弾倉は廻り、銃のコンディションが、早撃ちにも充分耐えうることを教えてくれる。


「でも、嫌いじゃないゼ。そういうの」


 不敵に、笑う。

 イーディスもまた、同様の微笑を見せる。


『おぉっ!』

『……』


 堂々たる二人の姿にあてられて、アラマもまた目を輝かせるが、色男はと言えば目頭を押さえている。

 私はと言えば、何の言葉もなく正面に向き直り、ただ先導を続けるのだった。












「――JACKPOT!」


 キッドは、口笛をひとつ吹いたあと、博打打ちらしい言い回しで、目の前の光景を評した。

 果たして、私の先導は実に正確そのものであり、目当ての車列まで一行を連れてきたのである。


 連中は、一挙に荷物を運ぶために、荷車を繋いで列車のように仕立てる策をとった。

 だが今はそれが完全に裏目に出て全く立ち往生してしまっている。

 車列を長くしすぎたが為に、街道を外れて迂回することができなくなっているのだ。そして街道は完全に死者と虫どもの切った張ったが塞いでしまっている。


「……」


 私は望遠鏡を通して、つぶさに連中の様子を観察する。

 レンズの向こうに見えるのは、先に偵察したときとまるで変わらない有様だった。

 すなわち、スツルームの魔法使いに、その両脇を固めるヘンリーそしてバーナード、さらにその周囲を屍人が1インチの隙間もなく綺麗な円を描いて囲んでいるのだ。


 しかし――。


『――少ないです。減っているのです』

「ああ」


 傍らのアラマが望遠鏡を覗きつつ言うのに、同意する。

 恐らくは、この場を守る最低限の屍生人を残して、後は全て蝗人どものほうへと回しているのだろう。

 さっきまでは列車を動かすために車輪ごとにはりついていた屍人も、鎖に大縄を曳いていた屍人も影も形もない。

 だが、だ。


「それでも、五人で仕掛けるにはちょいとな」

『ああ、数が多い』

『あれを相手にするのは、御免だぞ』


 キッド、イーディス、色男が相次いで言ったのは、まさに正しい。

 あの屍人の数はそれでも鉄壁アイアンクラッド、あるいは石壁ストーンウォールと喩えるに相応しい。しかもその裏側には邪悪な魔法使いに、狂気を宿した『 地獄の使者(ザ・プレイグ )』たちが控えているのだから。


「“その名に恥じぬ猛将マクベス、運命を物ともせず、 戦の神の申し子がごとく……”」


 不意に、キッドが呟くように言う。


「“血煙立つ剣閃かし、まっしぐらに敵中に割って入り……”」


 実に気取った、古めかしい言い回し。


「“遂に敵将に巡り合えば、握手もなく、さよならも告げず、臍から顎まで真っ二つに斬り裂き、その御首を胸壁に晒す……”」


 敵の様子を目を細め窺いながらの、歌うような言い回し。


「例の、シェークスピアとかいう野郎の言葉か?」

「……ん。まぁ、そういうふうにできれば良いなぁ、って話さ」


 キッドは得意げな微笑みで答えると、葉巻を咥え、一服して一言付け加えた。


「なにぶん、こちとら勇猛なるマクベスじゃあなくってね。人並みに命は惜しいってこと」


 確かに、やっこさんの言う通り、真正面から乗り込むのは余りにリスクが大きく、実質不可能ではある。

 いや、厳密に言えばイーディスが以前使った、あの悪魔めいて力を増す術を使えば別かもしれないが、あれを使った後、彼女はぶっ倒れて暫くは動くのもままならなかった。つまりは、切り札にしか使えない。


 ならば、別の手を考えるほかはない。


「アラマ」

『はいです!』


 私の呼び声に、アラマは爛々たる瞳とともに応える。


「もうひと仕事、頼む」

『仰せのままに! なのです!』


 そうして、次なる術へと私達は取り掛かる。 







『天にかけて、地にかけて、アクランマカマリ、アブラナタナルバ、セセンゲンバルファランゲース……マスケッリ、マスケッロー、メリウーコス、ミスラ……』


 アラマが呪文を唱え、私に青銅の杯を手渡した。

 杯の中身は、蜂蜜と水の混合物。彼女が手ずから拵えた、特別なる神への捧げ物。


『兵士より獅子へ、蜜を注ぎ捧げます。光の君の劫火を絶やさざるために』


 アラマが、左右の掌で何やら複雑な形を――イーディス曰く、『印を結ぶ』というのらしい――作りながら、呪文を唱える。それを聞きながら、私は私の仕事を着々とこなす。その様を、残りの三人は静かに見守る。


『こいねがう、こいねがう。われは、こいねがう。広き牧場まきばにありて、よく武装せるミスラへと。武装せる者のなかで栄光をもつこと第一、武装せる者のなかで勝利を博すること第一なる、不敗の太陽へと』


 私はアラマに言われた通りに、杯の中身を細く零し、円を描き、その中に八芒星を描いた。

 アラマは星の真ん中に入って跪き、さらに印を結び、仕上げとなる呪文を声高く叫ぶ。


『不敗の太陽が輝き、新しき光よそそぐ。みのりおおき大地テルスによりて、屠られたる牛、万物を産む。注がれし蜜によりて、獅子よ――いづれ、いづれ!』


 この儀式を行うのは既に二度目。それも前回と違って一切妨害もなく、故に最速で完了させる。

 描かれた星と円は白く輝き、地面から湧き出るように、 獅子たちがその姿を現した。


 全く、実に見事な獅子たちである。

 以前、サンフランシスコでサーカスの見世物で対面したライオンとは、体格も風格も段違いで、黒いたてがみは胴にまで達するほどである。


「まるでバーバリライオンだな。昔、博物学雑誌で読んだぜ」


 またキッドが何やらわけのわからない文句を吹聴している。

 獅子たちのほうはと言えば、そんなキッドの講釈など気にするでもなく、アラマが杖の指す方へと向けて、一斉に走り出す。砂埃を立て、その四足で地面を強く踏んで蹴って、群れ一丸となって突き進む。


「続くぞ」

「よしきた」

『応とも!』

『行きましょう!』

『やれやれ』


 続けて、私達も一斉に馬を駆けさせ、標的を目掛けて走り出す。

 獅子たちに続き、丘の稜線を登り、頂きを超えて、その先を目指す。


 案の定、丘を超え車列目掛けて襲いかかるライオンの群れには、連中も肝をつぶしたらしい。慌てて屍人たちをぶつけて、猛獣の進撃を食い止めんとしている。

 屍体の壁を抜けて、スツルーム野郎の陣取る荷車に食らいつく獅子もいるが、ヘンリーが得物のレバーを閃かせれば、釣瓶撃ちの銃撃に次々と斃され、光の粒となって亡骸も残さず消え失せていく。


 銃声。

 咆哮。

 呻き。


 それらが混じり合い、獅子が屍者を喰い、屍者が獅子を喰い、異界のガンマンが死を撒き散らす阿鼻叫喚を彩る。その地獄を、私達は真っ向駆け抜ける。


「ウォロロロロロロロロロロゥォォォォォォー!」


 獅子や屍者の声に負けぬよう、銃声すらも上書きするように、私は叫ぶ。

 復讐の女神(フューリー ))のような甲高い雄叫び、 「反乱の雄叫び」と北軍の連中が呼んでいた南部の叫び。


「TALLY-HOOOOOOOOOOOOO!」


 キッドも負けじと絶叫するのは、謎めいた鬨の声。

 私には意味が解らなかったが、なにかの由緒があることだけは解る叫び。


『剣神よ照覧あれ!』

『不敗の太陽の差すままに!』

『ええい! こうなりゃヤケだ!』


 イーディスも、アラマも、色男すらもが私達に唱和し、声ごと一塊となって突き進む。

 ようやく私達に気づいたヘンリーにバーナードは慌てて銃口を向けてくるが、私もキッドも既に銃を抜き放っている。


「DUCK YOU SUCKER! /  失せろ、糞ったれ!」


 私の左手に輝く、海賊版コルトの真鍮ブラスフレームに気づくや否や、バーナードは身を伏せる。

 野郎の影を私は射抜き、さらに右手にもコルトを握れば、引き金を弾いて追い打ちをかける。

 撃ち斃すなど、最初から考えてはいない。強力な一撃を持つ、ヤツを封じるための攻撃。私は左右のコルトの引き金を交互に弾き続け、戦列射撃よろしく弾幕をはる。

 

『交わす剣は刃鳴散らし、敵打ち破る陣太鼓! 百邪斬断万精駆逐! 疾く道あけよ、亡者共!』


 イーディスは馬の背を踏み台に宙を跳び、獅子たちに混じって屍人を斬り伏せる。

 その素早い動き、煌めく刃、さらには獅子たちの猛迫に、ヘンリーの照準が定まらない。

 さらに色男のクロスボウが、アラマが久方ぶりに取り出した短弓が、それぞれ矢を放ち、ヘンリーの動きを乱す。


 スツルーム野郎への道が、一直線に拓かれる。


「――父と子と」


 キッドが馬に拍車をかけて、ギャロップで突っ込んでいく。

 コルト・シングル・アクション・アーミーが抜き放たれ、7.5インチの銃身が真っ直ぐに、獲物へと向けられる。


「聖霊の御名において!」


 慌ててヘンリーとバーナードが壁にならんと動こうとするが、もう遅い。

 狙われる当人も棒立ちであり、避ける素振りも見せない。


「AMEN!」


 奴の心臓目掛けて、キッドは引き金を弾く。

 45口径、装薬量40グレインの強力な弾丸は、狙いを過たず空気裂いて走り――魔法使いが胸元に掲げた鏡に突き刺さった。


「DAMN IT! / チクショウ!」


 キッドが毒づく。

 野郎の棒立ちは動けなかったのではなく、動かなかったからのようだった。

 事実、着弾の衝撃に魔法使いはよろめきこそすれ、血は一滴も垂らしていない。

 いったいどういう強度なのか、銃弾が突き立った鏡は、ひび割れこそすれ砕けてはいない。


 キッドは騎上故に、得意のファニングショットができていなかった。

 故に素早く右片手のスタイルのまま、撃鉄を親指で起こし、次弾で標的を仕留めようとした。


 だが、それは果たせない。

 キッドは銃をスツルーム野郎に向けたまま、唖然とした顔になる。


 魔法使いは、キッドのほうへと鏡を向けていた。

 そこには、ひび割れたキッド自身の姿が映っていた筈である。


「――」


 しかしキッドの表情は、明らかに違う何かを見たが故の表情だった。

 軽口もなく、獰猛な微笑も、皮肉げな眼差しもない。引用も、キザな台詞もない。

 まるで、亡霊にでも出会ったかのような、そんな表情。そんな表情のまま、動きが止まる。


「馬鹿野郎!」


 私の放った警告に、キッドは正気を取り戻し、馬上から地面へと跳んだ。

 ヘンリーの放った銃撃がキッドの影を、そして彼の馬をも撃ち抜き、哀れ主に捨てられた馬は断末魔と共に崩れ、斃れる。


「くたばれ!」


 私は地面を転がり逃れるキッドへの援護と、左のコルトでバーナードを追いつつ、ヘンリーへと右のコルトを大雑把にぶっ放した。ヘンリーの銃撃を一時中断させれば、スツルーム野郎へも視線を向ける。


 ヤツはキッドへと鏡を向けて見せたときと、全く同じ体勢のままであった。

 銃弾の突き立った鏡を掲げ、広い庇の黒帽子の下は、長い嘴をもつ鳥の顔のような灰色の仮面に隠され、他のスツルームの魔法使い同様、表情は全く窺えない。


 ヤツが私のほうを見た。

 両目を覆う紫のレンズの向こうで、ハッキリとは見えないが、ヤツの双眸が細まったようだった。


 ――嗤っている。


 私はその気色の悪い仮面にコルトを向けようとして――肝を潰す。

 ヤツの掲げた鏡から、毒々しい煙が吹き出し、生き物のように素早く動き出したのだから。




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