第76話:最後の強敵
「どうやら、俺たちが来るのを待っていたみたいですね」
「敵は当方らに勝利する自信があると感じられる」
扉を開けると、俺たちがいた広場より大きな空間が目に飛び込む。
一番奥にはまた新たな扉があり、守るように立つモンスターがいた。
<星降り原石>が加工され強度を増した特殊な装甲に、3mほどの巨体、そして三つのモノアイ。
フィクサー・シャドーだ。
こいつは不意打ちしてこず、この広場に入ってきた者を排除対象と認識する。
俺たちを見ると、三つのモノアイがチカチカと点滅した。
俺とモニカ先輩の魔法属性を分析しているのだ。
数秒で点滅は終わり、ブゥゥン……という鈍い音が響く。
言葉を交わさずとも、俺とモニカ先輩は戦闘が始まるのだとわかった。
互いに魔力を込める。
「モニカ先輩、戦いの始まりみたいですね」
「既に承知している」
『……ハイジョスル』
フィクサー・シャドーのモノアイが煌めき、《腐壊光線》が放たれる。
通常シャドーの《腐壊光線》は一直線だったが、フィクサー・シャドーのは誘導性能がある。
しかも一度に三本も放たれるので、ゲームでも回避するのは至難の技だった。
だが、これはゲームじゃない。
現実だ。
修行を積んだ今の俺なら、十分に対処できる。
モニカ先輩と反対方向に駆け出す。
俺には二本のレーザーが後を追ってきた。
ギリギリまで引きつけたら、方向転換。
姿勢を屈めて突っ込むことでやり過ごす。
《腐壊光線》は背後で床に直撃した。
いくら誘導性能が高くても限度がある。
視界の隅では、モニカ先輩も無事に回避していた。
先ほど戦ったより何倍も素早い。
全身に風魔法をまとい、レオパル先生みたく身体を強化しているのだ。
「ディアボロ氏! 遠距離攻撃により、同時にモノアイを狙う戦術を其の方に伝達する! 「当方の都合に合わせることを所望!」
「了解です!」
モニカ先輩はフィクサー・シャドーの真横で止まると、魔力を練り上げた。
「《暴風魔人の召喚》」
彼女が両手をかざした空中に風が集まる。
瞬く間に、フィクサー・シャドーにも負けないくらいの風の精霊が現れた。
ランプの精やジンを思わせる見た目だ。
風の精霊はフィクサー・シャドーにガッシ! と掴みかかり、その巨体の動きを止めた。
モノアイが俺から見えるように動かしてくれた。
今がチャンスだ。
モニカ先輩が作ってくれた隙を狙え。
「《暗き槍》」
魔力を練り上げ、長い槍を捻出する。
モノアイ狙って思いっきり投擲した。
いいぞ、直撃コースだ。
フィクサー・シャドーは風の精霊で動きが止まっている……。
闇の槍が当たる直前、モノアイが不規則に煌めいた。
まずい!
「下がってください、モニカ先輩!」
「予期せぬ攻撃!」
フィクサー・シャドーの装甲の隙間から、雷をまとった水が噴射される。
水の物量で強引に風の精霊を消し飛ばし、激しい雷で俺の槍は破壊された。
これは《雷流一破》。
水と雷の複合魔法だ。
属性と属性を掛け合わせることで、何倍もの威力となる。
『シンニュウシャ……ハイジョ……』
フィクサー・シャドーは右手を俺に、左手をモニカ先輩に向けた。
俺には火と水の龍が、モニカ先輩には水と雷の龍が襲い来る。
《双龍の教義》。
動物をモチーフにした魔法の一種だが、龍ともなれば魔力の消費量は桁違いだ。
それを一度に二つ、しかも複合属性で発動できるのだから、フィクサー・シャドーはやはり別格の強さだと感じる。
基本的にプレイヤー側は単属性なので、複合属性の魔法にはゴリ押しされやすい。
バリアでどうにか防ぐか、回避するのが定石だが……。
「《闇の剣》」
魔力で剣を作りだし、龍の攻撃に挑む。
敢えて、真正面から突っ込むことにした。
自分がどれだけ強くなったのか確かめたいのだ。
魔法龍を一刀両断するつもりで勢いよく突く。
濁流の直撃を喰らったような衝撃だ。
闇の剣で魔法龍は切り裂かれるが、少しでも油断すると飲み込まれそうだ。
負けじと足を一歩ずつ踏み出す。
モニカ先輩を操っていたシャドーには魔力の質で押されたが、今度はそうはいかない。
最後の戦いだからな。
出し惜しみせず魔力を込める。
十秒も耐えると、魔法龍は消え去った。
視界の隅では、モニカ先輩が風魔法で空中を飛びながら魔法龍を避けていた。
「ディアボロ氏、当方の魔力は限界だ。今後の戦闘は其の方に要請する。最後に敵の体勢を崩す一撃を加える所存……《風霊》!」
モニカ先輩が突き出した両手から、剣を持った風の精霊が二体現れた。
疾風のごとく駆け抜け、フィクサー・シャドーの両足の付け根を切断する。
すごい精度だ。
装甲のわずかな隙間をピンポイントで狙い撃ちした。
足を失ったフィクサー・シャドーは、床に落ちる。
俺との身長差が……ほぼなくなった。
モノアイが煌めくが、《腐壊光線》が放たれる前に闇の剣を突き刺す。
「これで終わりだ!」
金属を無理やりこじ開けるような鈍い感触がして、闇の剣はフィクサー・シャドーの頭部を貫いた。
モノアイの光が徐々に弱くなる。
『シンニュウシャ……ハイ……ジョ……』
ガガガ……と全身が震えた後、フィクサー・シャドーは完全に沈黙した。
……勝った。
グリンピア最後の敵を倒した。
喜びとともに、自分の成長をじわじわと実感する。
モニカ先輩もまた疲れた様子で俺の近くに来て、フィクサー・シャドーの残骸を眺めていた。
「勝ちましたね、モニカ先輩。一緒に戦ってくれてありがとうございました」
「讃美。当方単独では討伐不可能だったろう」
モニカ先輩を握手を交わす。
最初はどうなるかと思ったが、仲良くなれてよかった。
「扉を開ける前に、みんなが戻ってくるまで待ちますか?」
「賛成の意を示す」
ということなので、アプリカード先生やシエルたちが戻るまでしばし待つことにした。
ひと息吐く間もなく、モニカ先輩に目が釘付けになる。
「モ、モニカ先輩っ。身体が傷だらけじゃないですかっ」
「この程度大事ではない」
なんと、全身に切り傷や擦り傷が刻まれていた。
さっき全回復したのに。
こうしちゃいられん。
「今治しますからね! 《闇の癒やし》!」
「んんっ……あああ~!」
身をよじるモニカ先輩と響き渡る嬌声。
やましいことは何もしていないのだが、不思議と恥ずかしくなる。
何はともあれ、シエルとマロンがいなくて……。
「「……ディアボロ(様)?」」
「なんでぇ!?」
振り返る間もなく叫んでしまった。
どうしていつも、このタイミングで二人が来るのだろう。
いや、別に悪いことは何もしていないのだが……。
□□□
「ディアボロさん、モニカさん、無事にフィクサー・シャドーを倒したのですね。お見事です」
シエルとマロンに謝罪を重ねながら待っていると、みんなが戻ってきた。
迫りくるシャドーやモンスターをあらかた倒してしまったようだ。
だいぶ消耗しているだろうにすごいな。
でも、まったくおかしくはない。
"エイレーネ聖騎士学園”と"オートイコール校”、国内でも有数の学園の教師と生徒なのだから。
誰が最初に扉を開けるのか、という議論が始まると、リオン先生が言った。
「せっかくですから、ディアボロ君とモニカさんに扉を開けてもらったらどうでしょう。彼らのおかげで僕たちはグリンピアを攻略できたようなものですから」
リオン先生の意見にみんなも賛同してくれ、俺とモニカ先輩が扉を開けることに決まった。
「じゃあ、いっせーのせで開けましょうか」
「承知」
力を合わせて扉を押す。
ゴゴゴ……という重い音を出しながら、扉が少しずつ開かれる。
いよいよ、五大聖騎士の伝説について描かれた石版とのご対面だ。
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