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魔女と魔法相続士  作者: たうゆの
人の言葉を話す猫
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第14話 神の姿

「人間は、異端者に異常なまでに厳しいですからね。移民であり、孤児でもあった私は、この島の人間に歓迎されなかったようです。幼い頃から様々な嫌がらせ……と呼ぶには生ぬるい仕打ちを受けてきました」


 朝比奈あさひなは当時のことを思い出したのか、顔を歪ませる。具体的にどういう仕打ちを受けたのかは分からなかったが、同じく孤児である直人なおとにはなんとなく想像がついた。


「数えきれないほどの悪意にさらされた私は、ほとほと愛想が尽きました。ですから、自らの頭の中に神を創ったのです。あぁ。創造主たる神を創るというのは、おかしな話ですね。神の姿を想い描いたというのが正しい」


 ついさっきまで歪んでいた顔を今度は目いっぱいほころばせながら、ゆっくりと目を瞑る。恍惚の表情を浮かべた朝比奈は、そのまま天井に向かって祈るように手を組んだ。瞼の裏には自らが想い描いた神の姿が映っているのだろう。


「えっ……。ちょっ……なに……?」


 朝比奈に映る感情変化の目まぐるしさに、冬華とうかは悲鳴にも似た声を漏らした。崩れ落ちるようにして膝立ちになり、祈り続ける姿が追い打ちをかけ、最終的に冬華は絶句する。

 朝比奈は満足いくまでたっぷりと祈ってから再び口を開いた。


「その神というのはね、シルクハットを被ってタキシードを着ているのです。それから大きめの蝶ネクタイをしている。そう。ちょうど、今の私のようにね。……あぁ、違う違う! もともと私がしていた恰好を、神の姿に投影したわけではありません。逆なのですよ。私がこの恰好をしているのは、少しでも神に近づきたいからなのです」


 言っていることは分かるのだが、その意味が分からず一同は困惑する。


「肝心なことを教えそびれていましたね。神は、猫の姿をしているのです。シルクハットとタキシード、蝶ネクタイを見に纏った猫。そう。そのお姿は、メアリーベル様そのものでした。間違ってもそこの薄汚い猫とは違いますよ」


 突然暴言を浴びせかけられた行定ゆきさだだったが、呆然とするばかりで朝比奈の言動にまったくついていけていない。それは直人や冬華も同じである。

 朝比奈は、なおも語り続けた。


「私は、長い間、私の中にだけ存在する神に祈り続けました。神の姿を意識してからは、どんな仕打ちも試練だと思って受け入れることができたのです。そんなある日、神は実態をもってその姿を現わしました。それが、メアリーベル様なのです」


 直人はそこでようやく朝比奈が自分語りを始めた経緯を思い出す。メルの質問に答えてのことだった。「なぜメアリーベルを崇拝しているのか?」とメルは尋ねていた。

 その答えを要約すると、朝比奈が勝手に想い描いた神の姿とメアリーベルの姿が瓜二つだったから、ということになる。朝比奈はメアリーベルのことを神の化身と考えたのだろう。


「ベルは魔女だヨ。神じゃない」


「そんなことは分かっていますよ。だが、人智を超えたものという意味では同じことではありませんか。正式な名称がなんであれ、私にとってメアリーベル様は神にほかならない」


「キミがそれでいいなら構わないけどサ。ベルはキミのことなんて、何とも思っていないと思うヨ」


「それも分かっています。メアリーベル様は、そのような低次元な所を生きてはおられない。むしろ、私のような者を気にかけていらっしゃるとすれば、そのこと自体が心配です」


 朝比奈の姿は、メルの目に新鮮な発見として映る。自分以外のなにかに心酔し、耽溺たんできする感覚は、メルが持ち合わせていない感覚だった。

 メアリーベルに対する心酔が相当なものであると理解したメルは、それ以上は何も言わなかった。


 ふいに空気が揺れる。

 わずかに揺れた空間から、黒猫が姿を現した。朝比奈が空想の中で想い描いた神と同じ姿をした黒猫。揺れた空気の中にメアリーベルが浮かんでいた。


「やっと戻ったようだネ。遅かったじゃないか」


 メルは黒猫の登場を予想していたのか、驚きもせず迎える。


「一度、やってしまった手続きを完全に元に戻すのはそれなりに手間なのですよ」


「そうなのかい? ボクは魔法売買なんかに手を出さないから知ったことじゃないヨ。魔法籍マジカルレジスターもしっかり持ってきたんだろうネ?」


 それなりに大変だったらしい雰囲気を醸し出すメアリーベルを気遣うこともなく、メルは証拠を求めて手を差し出す。メアリーベルはいまさら渋っても仕方がないと分かっているからか、黙って素直にそれを差し出した。

 受け取ったのはたつみの母親の魔法籍マジカルレジスターだった。メルは、すぐにそれを広げて目をとおす。


 そこにはこう書かれていた。



『所有者:東条翠とうじょうみどり(魔法歴48年4月26日死亡)


 上記の者が所有する魔法の詳細——他者の思考を無制限に感知することができる(レベル5)


 魔法相続人:【実子】東条巽とうじょうたつみ



「どうなんだ?」


 直人は思わず声をかける。メルは親指を立ててそれに答えた。


「うん、大丈夫だヨ。さすがのベルも、このボクに変な小細工が通用しないことは分かっているようだネ」


 それを聞いて、直人はホッと胸をなでおろす。

 直人は魔相士としての責任感が人一倍強い。そんな直人だが、途中から自分が関知できる範囲を超えたやりとりが行われていたため、いつも以上に緊張していた。


「行定の記憶はどうなってるんだい? そっちもちゃんと手当してくれなくちゃ困るヨ」


「言われなくても分かっていますよ。そちらもすでに対処済みです」


 行定は静かにメルに向かってうなずいた。それを確認したメルが勝ち誇るのを見て、メアリーベルは「ふん」と鼻を鳴らす。


「それじゃ、さっさと出て行ってもらえますか? いつまでもいられたのでは目障りです」


「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。最後に一つだけ教えておくれヨ」


 鬱陶しそうに睨みつけるメアリーベルに、メルは遠慮なく迫る。


「なぜ私がこれ以上、貴女の言うことを聞かなければならないのですか?」


 鬱陶しそうにはしているが、先程までの身を震わせるほどの怒りは消えていた。その意外な姿に直人たちは少しばかり拍子抜けする。


 魔女には、後腐れというものが存在しない。そのときそのときで勝敗を決することはあるが、負けたからと言って相手を恨むことも呪うこともなかった。魔女は、それが余計に自分を惨めに映す愚かな行為だということをよく知っている。

 鬱陶しそうなのは、単にメアリーベルがメルを嫌っているからである。それはメルも同じなのだが、メルの場合は嫌悪する感情よりも好奇心が勝っていた。


 メルは好奇心を満たすためであれば、如何なる犠牲も厭わない。


「久しぶりにあったんだから、少しくらいサービスしてくれたっていいじゃないか。教えてくれないというのなら、しばらくここに留まることにしようカナ。第二の島(このしま)にも興味があるし……」


「やめてください。迷惑です」


メアリーベルは、すぐさまそう言ってため息を吐く。


「……仕方ありませんね。訊きたいことというのは何なのです?」


「そう来なくっちゃ!! それじゃ早速。キミが行定に売りつけた魔法は、どうするつもりなんだい?」


「あぁ……それですか。好きにしていただいて結構ですよ。私にとっては、ゴミのような魔法です。おそらく、それを返していただいたからといって元の姿に戻れるということもないでしょう」


「それはそうだろうネ。じゃあ、ありがたくいただくとするヨ。ネ? 行定?」


 半ば放心状態の行定は、ビクッと体を震わせる。

 話の流れは聞こえていたし、理解していたので曖昧にうなずくが、戻った記憶の整理と、元の姿に戻れないと二人の魔女に断言されたことで少なからずショックを受けていた。

 そんな行定の様子を気にもかけずにメルは話し続ける。


「それで、キミが売りつけた魔法っていうのはどんな魔法なんだい? 自分で調べてもいいけど、面倒だからネ」


「一つだけではなかったのですか? ……まぁ、いいでしょう。レベル1の思考リンク魔法です。対象者を一人だけ選んで、その者と術者の思考をリンクできるというものですね。一度対象者を選ぶと、解除は不能となります。使い勝手も悪ければ、効果もそれほどいいものではありません。安心してください。この期におよんで、すぐにバレるような嘘は吐きませんよ」


「なるほど。よく分かったヨ。それじゃ、お礼にボクからも教えてあげるヨ。キミは、もう魔法売買はできないと思うヨ。なぜなら、この後ここに魔法庁の小山内おさないが来るからネ。用件は、キミのパートナーの処分。どんな処分になるかは知らないけれど、魔相士の資格を奪うだけでなく、二度と魔法に関わることができなくなると思うな」


 メアリーベルのことをよく知るからこその助言だった。

 メルと違って、メアリーベルには人間を尊重する気持ちがない。メアリーベルにとって、人間はどこまでいっても下等な存在だった。そんなメアリーベルが人間とパートナーを組めていたのは、朝比奈が異常なまでにメアリーベルを崇拝していたからに他ならない。

 そんな人間は朝比奈以外にいない。


「それからもう一つ。キミは、もう少しボクたち魔女《《以外》》のことを勉強したほうがいいヨ」


 メルのその言葉を最後に直人たちは、朝比奈の事務所を後にした。直人は、メアリーベルが最後に見せた悔しそうな顔を忘れることができなかった。

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