第三十四話 試食
アカシにとって大忙しだったうねりの翌朝。族民たちにとってささやかな楽しみが待っていた。
検分が終わったクロトラ族の肉が、配られたのだ。
白珊瑚と魚の歯で着飾った若い雌が、切り分けられた肉を運んできた。一緒に食べないかと誘われたが、断った。
一頭でこの肉を味わいたい。そう思っていた。
大物を仕留めたときには、止めを刺したものが獲物の最もいい部分を貰えることになっている。アカシに配られたのは、一番旨そうに見えた腹の部分の肉のようだった。
普段は触手に紛れている口を大きく開け、放り込む。牙で噛み、咀嚼した。
ほう、と驚きの声を思わず上げた。その生態から、もしかするとタラバ族に近い肉質なのではないか、と思っていた。だがその肉は、想像していたものとまったく違う。
アカシは今までに十数度、タラバ族の肉を食っている。脚からはさみ、甲羅のうちまで、ほぼすべての部分を味わっているといってもいい。マ族にとって、運よく仕留められたタラバ族の肉はご馳走だった。
アカシの感覚では、タラバの肉は太い筋の塊だ。特に脚の部分は力の強いタラバに相応しく、太く噛み応えのある筋の塊が詰まっている。その筋が口中で解けていく様は、まさに美味だった。
だがクロトラ族のそれは、まさに肉の塊という食感だった。
何より驚いたのが、甘さだ。タラバの肉にも甘みはあるが、それは噛み締めるうちににじみ出てくるような甘さだった。だがこれは違う。口に入れたその瞬間に、深みのある甘さが腹腔を満たしていく。大型の貝の柱の部分を含んだときに近い、そんな甘さだった。
そして、肉としてのしっかりとした重みもある。
これは旨い、とアカシは思った。それぞれ好みはあるだろう。だがアカシは、タラバのものよりもクロトラのものの方が好みかもしれなかった。
戦う相手の肉が旨いか不味いかは、大きな問題だ。狙われないために、わざと不味い肉や毒の肉を持っている種族もあると聞く。
マ族がタラバ族と戦い続けて来られた要因として、タラバ族が美味であったことは、大きいと思っている。タラバ族を食いたいがために戦士を目指した者も、少なからずいるのだ。
生きることとは食うことなのだな、と肉を噛み締めつつ、束の間の幸せに浸っていたときだ。
アカシの壷に訪いを入れる者があった。




