第百二話 タコワサ
六頭を連れ戦場を離れたタコワサは、ミズ族の集落へと向かっていた。
高台の方からも二頭が少し遅れてやってくる。一頭は貝殻の甲を纏い、一頭は珊瑚や海藻をあちこちに身に付けた舞い装束だ。
雌の戦士であるマリネと、ナムルだった。
「どうなっている、タコワサ」
マリネが横に並び、泳ぎながら問いかけてきた。
「ワモン族からの伝令で、敵の一群が北壁を越え、集落を迂回して別の侵入口を探っているらしい。まだ見つかってはいないが、ミズ族の集落が発見されるおそれがある」
「それまでに、群れの脚を止めねばならないということか」
タコワサは頷いた。
タコワサとマリネ、ナムルというのはなかなか常にない組み合わせだ。連携もしたことがない。マリネにはアヒージョとジェノベーゼの方に合流し、指揮を執ってもらった方がよいだろう、と考えた。
「我々はワモン族に従って、敵の群れを食い止める。マリネは集落の取りまとめを頼む」
いや、とマリネは否定した。
「集落の守りはジェノベーゼに任せる。あれは、頼れる戦士だ。私も一群を指揮して、合流する。ワモン族の案内を一頭寄こしてくれ」
「だが」
「雌の戦士を危険な場所に出せない。などとお前も言うのではないだろうな、タコワサ。そんなのは、あのわからずやだけで充分だ」
僅かに怒りを露わにして、マリネは言い放った。そう言われてはもう、タコワサに返す言葉はない。
「それまで、敵を頼む」
ナムルを引き連れて、マリネはミズ族の集落へと向かった。タコワサはそれを見送りつつ、己は南門へと泳ぎ向かった。
また何も言えなかったな。そのようなことを、タコワサは考える。
もとより口数の多い方ではない。だがそれでも、どちらかといえばタコワサは己の考えをはっきりと述べる方であるし、それが認められてアカシの副官という位置にいる。アカシとは違う考えを面と向かって言うことは、大事な役目なのだ。
だがマリネと話をするときにはいつも、言いたいことを満足に言えぬ己がいることに、タコワサは気付いていた。
タコワサもまた、マリネに対して特別な思いを、抱いていたのだ。そしてそれは、マリネのタコヤキ降しの舞いを見てからというもの、一層強くなった。
アカシと意見を異にすることが多いタコワサだが、これだけは共通している。
「私はあなたに、戦に出て欲しくはないのだ」
そのつぶやいた言葉は泡に混じり、解けて消えていった。




